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ブラジル音楽の女王ジョイスの最新作『Fiz Uma Viagem~ある旅をした』は 先達ドリヴァル・カイミのカヴァー集

2017/10/06
ブラジルを代表するシンガー・ソング・ライターとして日本でも絶大な人気を誇るジョイス・モレーノさん。前作『Palavra e Som ~言葉と音楽~』に次ぐ彼女のニュー・アルバム『Fiz Uma Viagem〜ある旅をした』は、やはりブラジル音楽界の至宝であり、「私の幼少期の音そのもの」と語るドリヴァル・カイミの音楽をフィーチャー。アントニオ・カルロス・ジョビンらにも影響を与えたと言われるドリヴァル・カイミを巡る今回の“旅”とはどのようなものだったのでしょうか。来日公演のために訪れていたブルーノート東京でお話しを伺いました。

取材・文◎北村昌美 通訳◎荒井めぐみ 撮影◎山本 昇


『Fiz Uma Viagem ~ ある旅をした』/ Joyce Moreno



■ノルウェーへの移動と内省的な過去に戻る旅

 約半世紀に渡り、ブラジル音楽の世界において一線で活躍してきたジョイス・モレーノ。最新作『Fiz Uma Viagem~ある旅をした』は、彼女が幼少時代から親しんできたドリヴァル・カイミの曲を集めたカヴァー・アルバムだ。2017年9月、サンバ100周年を祝うツアーで来日したジョイス・モレーノにアルバム・コンセプトやドリヴァル・カイミの音楽に対する熱い想いを尋ねた。

-- まずは最新アルバム『Fiz Uma Viagem ~ ある旅をした』のコンセプトから教えてください。

ジョイス・モレーノ 今回のアルバムで採り上げているドリヴァル・カイミ(1914年~2008年)は、ブラジル音楽を1930年代から牽引してきた偉大なアーティストなの。ドリヴァルの作った曲はこれまで、いろんなアーティストが採り上げて歌ってきたけど、その先駆けは「O que é que a baiana tem?(バイーア娘が持っているものは?)」を歌ったカルメン・ミランダ(1909年~1955年)と言われているわ。ドリヴァルはブラジル音楽のオリジネーターとして、私も含めブラジル音楽に関わっているミュージシャンなら誰もが少なからず影響を受けてきたの。1960年代にはジョアン・ジルベルトも歌っているし、近頃は若い世代のミュージシャンにも歌われて、彼はまさに世代を超えて愛されているアーティストね。

-- ジョイスさんは子供の頃、ドリヴァル・カイミの家の近所に暮らしていたそうですね。

ジョイス そうなの。ドリヴァルのレコードは両親がよく聞いていて、幼少時代から親しんできたわ。私の家族はコパカバーナとイパネマの境にあるポスト・セイスという地域に住んでいたんだけど、ドリヴァル一家も偶然その近くに住んでいたの。子供の頃は、彼がよく近所を歩いているのを見かけていたわ。実際に私がドリヴァル本人に会ったのは、プロのミュージシャンになってからのことだけど。

-- どうして、このタイミングでドリヴァル・カイミの曲を集めた作品集を創ったのですか?

ジョイス 偶然が重なったのよ。そもそもベーシストのホドルフォ・ストロエテルと私の夫でもあるドラマーのトゥッチ・モレーノ、ピアニストのアンドレ・メマーリ、そしてサックス奏者のナイロール・プロヴェッタの4人がノルウェーのオスロにあるレインボウ・スタジオで、ドリヴァル・カイミの曲を録音していたの。そうしたら、ホドルフォから「オスロに来ない?」って誘われて、私のアルバムを録音することになって……。ホドルフォ、トゥッチ、そしてピアニストのエリオ・アルヴェスと私の4人で、ドリヴァル・カイミの作品集を創ることになったのね。スタジオのエンジニアはホドルフォの友人で、とても親しいのよ。私は初めて使ったスタジオだったけど、とても気に入ったわ。

-- それは面白い話ですね。ところで本作の2曲目に収録されている、アルバム・タイトルにもなっている「ある旅をした」という曲が、本作のコンセプトの根幹にあるのですか?

ジョイス アルバム・タイトルに『ある旅をした』と付けたのはそういう訳ではなくて、二つ理由があるの。一つ目は、ブラジルからノルウェーまで遠路はるばる出掛けたことが私にとってまさに旅だったこと。二つ目は、ドリヴァル・カイミという幼少期から親しんできた音楽家を振り返ることは、私にとって内省的な過去に戻ること=(イコール)旅だったのよ。

-- アルバム・タイトルの由来がとてもよく分かりました。本作に収録された曲の選定はどのような基準で選んだのですか?

ジョイス 先にも言ったようにドリヴァルの音楽にはレコードやラジオで本当に身近な存在として長いこと馴染んできたから、子供の頃を思い出しながら、すぐに頭に浮かんできた曲を中心に選曲したの。だから、選曲自体にはあまり時間を費やしていないわ。

最新作『Fiz Uma Viagem~ある旅をした』について語るジョイス・モレーノさん。ブルーノート東京の楽屋にて

■ECMの拠点スタジオで行われたレコーディング

-- そうなんですね。ところで、レコーディングは現在の主流となっているDAW(デジタル・オーディオ・ワークステーション)のProToolsを使っているのですか?

ジョイス そうね、ProToolsは確かに使っていたわ。レインボウ・スタジオは天井が高いのが特徴で、仕切られていない空間でメンバーと顔を付き合わせながらレコーディングしたの。私にとっては初めてのスタジオだったけど、ギターを弾きながら歌ってもとてもいい響きが感じられるスタジオだったわね。楽器や歌はパート毎にProToolsで別々のトラックに録音したけど、音楽はステージで一緒に演奏する感覚がいちばん大切だと考えているの。だから、今回のレコーディングでもメンバーがいっせいに演奏したものを同時録音して、細かいミックスの調整は最小限に抑えることにしたわ。私はギターでいつも曲を作っているし、アレンジもギターで考えていて、レコーディングでもギターの音が心地よく響くことが重要だと考えているのよ。

 彼女の発言に登場する「レインボウ・スタジオ」は、ジャズ・レーベルの「ECM」がメインに使ってきたレコーディング・スタジオとして知られる。180㎡の空間に大きなスタジオと二つの小さいブースが備わり、日中は大きな窓から陽の光が燦燦と降り注ぐ開放的な環境だ。アルバムのレコーディング・エンジニアは同スタジオの創設者でもあるヤン・エリック・コングスハウグが担当。また、彼女がドリヴァル・カイミの音楽に古くから親しんできたことは紛れもない事実で、彼女が2014年にリリースしたアルバム『ハイス~私のルーツ』でも、「カイミ・メドレー」として「ボレロのドレス」と「踊ってごらん」の2曲が採り上げられている。

-- ジョイスさんはマスタリング作業にも立ち会ったのですか?

ジョイス いいえ。マスタリングの立ち会いはベーシストでプロデューサーでもあるホドルフォに任せたわ。彼は本作でレコーディングとマスタリングを兼任したヤン・エリック・コングスハウグと本当に親しいのよ。

 補足するとベーシストのホドルフォ・ストロエテルは同じくベーシストのスティーヴ・スワロウの大ファンとして知られ、彼のアコースティック・ベースの音が本人のリファレンスになっている。ホドルフォはそのスティーヴ・スワロウが多くの作品をレコーディングしてきたECMレーベルの音にも並々ならぬ興味を抱いてきたと思われる。それはホドルフォがプロデュースを手掛けてきたPau Brasilレーベルの作品で、ECMの主要スタジオであるレインボウ・スタジオで幾度となくレコーディングを行なってきたことからも明らか。厳密にいうとスタジオは移転し改装されてはいるものの、これまでのレインボウ・スタジオにおける経験とノウハウが今回のジョイス・モレーノのアルバム『Fiz Uma Viagem~ある旅をした』でも活かされているのは間違いないと考えられるのだ。もちろん、ジョイスとホドルフォの交流は長く、1998年のジョイスのアルバム『Astronauta-Canções De Elis』を筆頭に、近年はコンサートでもパーマネント・メンバーとして共演してきたので信頼関係も厚い。



■奏者4人の息遣いまで感じられるハイレゾ版

 インタビューの後半はジョイス・モレーノが愛用している1969年製のディ・ジョルジオのギターの話におよんだ。

ジョイス アコースティック・ギターはご存知のように、湿度の変化によって音色はさほど変わらないけど、パーツ自体のコンディションがかなり変わるの。このアルバムをレコーディングしたのは昨年(2016年)の12月だったんだけど、オスロの気候はあの時かなり乾燥していて、ギターのコンディションを整えるのが大変だったわ。

-- 最後に、ハイレゾで音楽を楽しんでいる日本のファンに向けてメッセージがあればお願いします。

ジョイス 視覚・映像の分野がさらなる高解像度の世界を目指しているのと同じように、音・音楽の分野も日々進化を遂げていることは実感しているわ。ハイレゾを通して、私の音楽の魅力を身近に感じてもらえると嬉しいわね。

 ジョイス・モレーノへのインタビューでとりわけ共感を覚えたのは、スタジオ録音においてもコンサートやライヴ会場と同じように一発録音に近い演奏スタイルを貫いていること。そんな彼女のアルバム『Fiz Uma Viagem~ある旅をした』をハイレゾで聞くと、オスロのレインボウ・スタジオの広さや響きのよさがCDよりも確実に感じ取れる。4人の奏者が繰り広げる演奏は、その息遣いまでが享受できる。
 ブラジル音楽を牽引してきた彼女が、ホドルフォ・ストロエテルというECMレーベルの信奉者を介してジャズ録音の聖地であるスタジオの扉を開けたことも見逃せない。彼女のルーツであるドリヴァル・カイミの作品集を創り上げたことは偶然が重なったとはいえ、次なる何かを示唆しているような気がしてならない。それはブラジル音楽が回顧趣味とは異なり、常に前進し続けているコンテンポラリーな音楽であることの証ともいえそう。オスロというブラジルとはかけ離れた地で、バイーアの故郷に思いを馳せながら創られたアルバムは、リスナーにも音楽の冒険を見るような旅をした気分を味わわせてくれる。

「もうたくさん撮ったでしょ?」と言いながら、笑顔で撮影に応じてくれたジョイスさん



◆ジョイス 関連作品


『Palavra e Som ~言葉と音楽~』/ Joyce Moreno