PC SP

ゲストさん

NEWS

日本のメロディアスなハープ音楽の魅力を俯瞰する『風と愛~日本のハープ音楽80年』がDSD11.2MHzで登場!

2017/09/14
80年にわたる日本のハープ音楽の系譜から、メロディを感じる親しみやすい楽曲を集めて録音された『風と愛~日本のハープ音楽80年』は、ハープ奏者として第一線で活動する中村愛(なかむら・めぐみ)さんが昨年リリースした注目作です。そのハイレゾ版がDSD11.2MHzなどの高音質で配信スタート。知られざるハープの魅力を伊福部昭、早坂文雄、清瀬保二らの楽曲で堪能できる本作は、あらゆる音楽ファンに聴いていただきたい作品です。e-onkyo musicでは早速、その中村愛さんにインタヴュー。ハープという楽器の特徴や本作の録音などについて、たっぷりと語っていただきました。

取材・文◎北村昌美 撮影◎山本 昇


『風と愛 日本のハープ音楽80年』/中村愛




 ハープ奏者・中村愛が日本人作曲家のハープ曲を集めた『風と愛~日本のハープ音楽80年』を発表し、話題を集めている。本作はキングインターナショナルのハイレゾ・ファイル配信第2弾のアルバムとなる。ここでは彼女にアルバム制作の背景、選曲、レコーディングなどについて興味の尽きない話を伺った。コメントの端々から、彼女が想い描いているハープ音楽への深い愛情が滲み出てくる。

■録音で使用した3種類のハープとその特徴

--まず、中村さんがハープを始められたきっかけから教えてください。

中村 4歳の頃からピアノを始めたのですが、母親の影響もあって12歳の時にハープに転向したんです。

--中村さんの『風と愛~日本のハープ音楽80年』のCDのライナーノーツを拝見すると、3種類のハープが使われていると記載があります。それぞれのハープの特徴や音の傾向を教えてください。

中村 一つ目のドネガル(Donegal)はアイリッシュ・ハープで、比較的小型なのが特徴です。半音装置が装備されておらず、音を半音下げることができません。アルバムに収録した清瀬保二の「小品三章より第1曲」が、アイリッシュ・ハープで弾くことと指定されているので使用しました。小型サイズで持ち運べることから吟遊詩人が愛用してきた種類のハープで、軽快な音が特徴といえます。  二つ目のミネルヴァ(Minerva)というハープは音がとても豊かで包み込まれるような特徴があります。音色が総じて暗めなので、曲のイメージを膨らませてくれるんです。どんなに明るい曲を演奏しても、陰のある表情が醸し出されてきます。本作でメインに使用したハープで、例えばアルバム冒頭に収めた伊福部昭の「ビルマの竪琴組曲」で描かれている水島上等兵が日本に帰りたいと願う気持ちを、的確に表現してくれています。  三つ目のアポロ(Apollo)は、ミネルヴァとは対照的に元気な音が大きな特徴として挙げられます。音色の深みこそ控え目なんですが、一つ一つの音がストレートに伝わる傾向があるので、明るいタイプの曲に適しているんです。本作では福田幸彦の「新道 前篇朱実の巻より」で使用しています。倍音が少なく直接音の響きで聞かせる傾向があり、『風と愛~日本のハープ音楽80年』に続いて私がリリースしたアルバム『クリスマス・ファンタジー』では全曲をアポロで演奏しているんです。

--一言にハープといっても、さまざま種類があるんですね。ハープの種類によって弾き方は変わるのですか?

中村 はい。それぞれのハープはサイズがそもそも異なり、先ほど述べた通り出音や音の表情に違いがあるので、弾き方はそれぞれの楽器で変わってきます。

ハープとその音楽への想いを語ってくれた中村愛さん。「ハープの魅力は聴いていて疲れないところですね。自己主張が控えめで、包み込むような音がするのも、癒しの楽器と言われる所以でしょう」

■日本のハープ音楽が身近に感じられる構成に

--本作のコンセプトを教えてください。

中村 そもそものアイデアとしては「ハープ音楽の敷居を下げて、聞き手の裾野を広げたい」という強い想いが私の中にありました。ハープの奏でる音楽はどうしても高貴なイメージが強くて、残念ながら日常的に親しむ音楽とはなっていません。

--ハープの音色はイージー・リスニングにも通じる、聞き手をリラックスした気分にしてくれる癒し効果がありそうです。

中村 そんなふうに感じてくれると嬉しいのですが、本作はハープの敷居を下げることを前提に、日本人に身近な、日本人が創ったハープの曲をまとめる構成ありきで曲を探し始めたんです。ただ、実際には候補曲がとても少なくて、本作にはそれらを全部収めているといっても過言ではありません。現代音楽まで枠を広げれば候補曲はもっと増えるのですが、今回はメロディックな曲に限定して選曲したんです。
 ハープのために書かれた伊福部昭の曲は本作に収めた曲しか存在しませんし、長い間世に知られず芸大の図書館で埋もれていた露木次男の曲や、福田幸彦の「新道 前篇朱実の巻より」は、戦前の作品で楽譜が見つからず、楽譜を起こしてレコーディングに取り組みました。本作のサブタイトルに付けた「日本のハープ音楽80年」は、日本におけるハープ音楽の歴史を文字通り総括する形となったので、そう付けています。先ほどミネルヴァというハープをメインで使用していると話しましたが、日本の音楽は総じて暗く、湿った側面が強いので、ミネルヴァの陰影感のある音色ととても合っていたんです。

中村愛さん所有のハープ。写真のモデルはSALVI HARPS(イタリア)のペダル・ハープMinerva
[写真提供:キングレコード]

■ハープの複雑な音色を捉えたレコーディング

--ミネルヴァのハープをメインで使用している理由がよく分かりました。ちなみに本作のレコーディングで印象的だったことはありますか?

中村 これまでのレコーディングは比較的狭いスタジオで、ハープの共鳴板に近い位置にマイクを設置し、全体の響きよりも直接音を捉える手法が大半でした。けれども、私が普段聞き馴染んでいるハープの音は、直接音だけではなく、スタジオや部屋の壁に響いた間接音を含む、もっと複雑な音色なんです。“録音”とはそういうものなのかと認識し、ある意味で諦めていた部分もあったのですが、本作のレコーディングは大きな空間のスタジオの中央にハープを置いて行なったので、楽器を弾いた瞬間に、これまでの録音とは勝手が違い、期待と不安が入り混じったような印象を抱きました。マイクのセッティングもある程度離れた位置に複数本が用意され、これなら間接音もきちんと録れるだろうと確信したんです。でも私、プレッシャーに本当に弱くて、レコーディングは緊張の連続でした……。

--中村さんの話を伺っていると、ハープという楽器の音をきちんと捉えることはなかなか難しいことが伝わってきます。同時に本作のレコーディングは基本に立ち返り、ハープそのものの楽器を直接音のみならず、間接音までしっかりと収めようとしたことが理解できます。

中村 本作をレコーディングしたキングレコードの関口台スタジオ(広さ174㎡、天井高は10m)の床は固めのフローリングだったと思いますが、そこにハープを置いて弦を爪弾くと共鳴板が鳴ります。その直接音と左右前後の壁面はもとより、スタジオの高い天井に響いた音に私自身が包まれる感覚が、これまでのレコーディングとは明らかに違っていたんです。響きのいいコンサート・ホールやライヴ会場で感じる安心感と言えば、この感覚が伝わるでしょうか。絨毯が敷き詰められた部屋や畳の上だとハープ本来の音色を奏でるのは、かなり難しいんです。ハープという楽器が初めに作られた時代背景を考えると、演奏に理想的な環境はおそらく大理石の床で、教会のように高い天井があり、倍音がよく聞こえるような響きの豊かな空間が相応しいんです。ハープは大き過ぎる空間では原理的に音が届かないので、サロンのような200名程度のお客様が入れるホールが理想的だと思います。

--本作のレコーディングはMerging TechnologiesのPyramix+HorusというDSDレコーダーで収録されているとクレジットにありますね。

中村 はい。私はキカイのことは詳しくありませんが、今日スタンダードといわれているProToolsと違って、DSDはより高品位な音で録音できる機材だと伺いました。実際にレコーディング中、コントロール・ルームでプレイバックされたモニターを聞いても、ハープそのものの音色はもちろんのこと、周囲の空気感まで感じられるのに驚いたんです。



■ハイレゾで聞こえてくるもの

--CDリリースに続いて、今年の8月末からハイレゾ・ファイルの配信が開始されましたが、中村さんご自身がハイレゾを聞かれた印象は?

中村 このインタヴューの前にマスタリング・スタジオでCDとハイレゾ・ファイルを聞き比べる時間がありましたが、ハイレゾはレコーディングの時の記憶がまざまざと蘇ってくるようでした。  ハイレゾは料亭などで出される美味しいお料理をステキな器に盛られた状態でいただく感じで、一方のCDは料亭の折り詰め弁当をいただくイメージでしょうか。どちらでいただくお料理も同じように美味しいのですが、食感やこちらが想い描く気持ちに違いが生じてきます。

--その喩え話、とてもよく分かります。先ほどマスタリング・スタジオでちょっと困ったような表情をされていたのはどうしてですか?

中村 気付かれてしまいましたか……。注意深く聞いてもCDではそれほど感じなかったのですが、ハイレゾはちょっとした弦の擦れ音や倍音成分まで聞こえてくるので、演奏者としては身が引き締まるんです。正直なところここまで録られてしまうと、さらに精進しないといけないと考えてしまいますね。

--そんなふうに感じていらしたのですね。ところで、中村さんは自宅では普段、どんな環境で音楽に接しているのですか?

中村 近頃、自宅ではオンキヨーのブルートゥース・スピーカーで音楽を楽しんでいます。電気店の店先でスマホに次々とつないで、何機種もスピーカーの音を試し聞きして、最終的にそのスピーカーに決めたんです。とても響きのよい音を聞かせてくれます。  話は変わりますが、本作を制作してからCDを購入する機会がグッと増えたんです。最近はいろんな音楽をきちんと聞いて吸収していかないと、次の新しい音楽が創れないと感じています。本作で初チャレンジしたDSDレコーディングが、私の創作意欲と奏者としてのモチベーションを高めてくれたんだと思うんです。

--本作のなかで中村さんが特にハイレゾ音源で聞いて欲しいと思うのはどの曲ですか?

中村 全曲楽しんで欲しいのですが、特にお薦めしたいのは早坂文雄の「雨月物語より№13」でしょうか。早坂が一音一音に込めた想いや音が実際には鳴っていない静寂の「間」までが、本作のレコーディングではきちんと捉えられていると感じています。そこをハイレゾで聞いてもらえると嬉しいですね。

--今後のご予定などあれば、教えてください。

中村 9月29日(金)、「仙台クラシックフェスティバル」でアルバム収録曲をメインに披露するコンサートが開催されますので、お近くにお住まいの方はぜひいらしてください。ハープ音楽の魅力を存分に感じてもらえると思います。

--今日はありがとうございました。

 ハープ音楽を日本人の聞き手にもっと訴求したいと、本作を制作した中村愛さんのコメントに偽りはない。それは一曲一曲に注ぎ込まれた情熱が、音としてきちんと伝わってくることからも理解できる。耳を澄ますと曲ごとに弦を爪弾く力加減がすべて異なり、結果的にハープからの出音や表情がまるで異なって響き渡る。その違いはまさに驚くほど。本作を通じて、ハープ音楽の魅力に開眼する聞き手はいることだろうし、中村愛さんのファンになる方も少なくないだろう。あるいはまた、日本人ならではの作曲家の繊細な感性に興味を抱く向きもきっといることだろう。どんな視点から掘り下げて繰り返し聞いても飽きることがない、聞く度に新たな発見のある奥深い作品集だと強く感じる。そして、アーティストの創作意欲まで掻き立ててしまう、DSDレコーディングの可能性も計り知れない。本作に込められた中村愛さんの真意は、ハイレゾ・ファイルできっと感じられるに違いない。





取材に同席してくださったプロデューサーの宮山幸久さん(キングインターナショナル)。
「ハープの演奏を収録した日本の作品と言えば、これまでは現代音楽を中心としたものはけっこうあるんですが、今回のアルバムのように親しみやすい曲を揃えての作品化は恐らく初めての試みです。本人もお話ししましたように、曲によっては音が鳴っていない“間”に音楽が感じられるところもあります。ハイレゾでは、そんなイマジネーションをかき立てられる部分も含め、ぜひお楽しみいただきたいですね」

インタヴューに先がけ、キング関口台スタジオのマスタリング・ルームで本作を試聴。「ハイレゾをこれほどじっくり聴いたことはなかったので、CDとの違いにびっくりしています」と中村さん

本作のマスタリングを手掛けた吉越晋治さん(キング関口台スタジオ)。 「基本的にはレコーディング・スタジオで仕上がった音を損なわずに、また、先行発売されているCDの印象を崩さないようにしながら、CD特有の平面的な感じは払拭できるようなマスタリングを心掛けました。今回はコンプレッサーを使わず、FOCUSRITEのBlue 315というイコライザーを通していますが、DSDのスタジオ・マスターと音的にはほとんど変えていません。ハープという楽器は、DSD録音に合っているような気がしますね。琴や三味線もそうなのですが、奥行き感を出せたり、音がまろやかになったりするんです」

今回の録音で使用されたキング関口台スタジオのDSDレコーディング・システム(Merging Technologies Pyramix, Horus、ANTELOPE AUDIO Isochrone 10M, Trinityなど)

マスタリングではFOCUSRITE Blue 315(Isomorphic Equalizer)を使用

[写真提供:キングレコード]

[写真提供:キングレコード]


◎ライヴ情報

9月29日(金)
仙台クラシックフェスティバル
「荒城の月、仰げば尊し~ハープで奏でる〈日本のこころ〉」
時間/会場◎11:30?12:15/エル・パーク仙台(スタジオホール)
*詳細はこちらをご参照ください。