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極嬢ハープをDSD11.2MHzで、聴く

2017/08/30
トラッド~昭和特撮の巨人~気鋭の新作まで、日本ハープ史80年を総括。ハープ一台で紡ぐ、極嬢の一大絵巻を、極嬢の録音でお届けする。中村愛本人による豊穣な楽曲解説は、その才媛ぶりをいかんなく発揮している。


『風と愛 日本のハープ音楽80年』/中村愛



録音 : 2015年9月24日、10月19日、11月18日
2016年1月26日、2月26日/キング関口台第1スタジオ
使用楽器 : Minerva, Appolo, Donegal (Salvi)
MERGING Technologies : Pyramix DSD Recording


マスタリング使用機材
・Equalizer:Focusrite[Blue 315]
・DAW:MERGING Technologies[Pyramix ver 9.1.8]
・A/D Converter:MERGING Technologies[Horus]
・D/A Converter:MERGING Technologies[Horus]
・Master Clock:Antelope Audio[ISOCHRONE 10M with Trinity]



伊福部昭:ビルマの竪琴組曲
 伊福部昭は20世紀の日本を代表する作曲家。1914年釧路に生まれ、アイヌ文化に触れて育った。林学を専攻するかたわら作曲を独学し、1933年に「ピアノ組曲」を書き上げた。21歳で最初の管弦楽曲「日本狂詩曲」を書き、パリで催されたチェレプニン賞第1位に入選し、36年に来日したロシアの作曲家でピアニストのチェレプニンからじきじきに作曲を学んだ。
 第2次世界大戦後194 6年、東京音楽学校(現・東京藝術大学)作曲家講師に招かれ、芥川也寸志、黛敏郎、矢代秋雄など錚々たる作曲家を育てた。その翌年に東宝の依頼で初の映画音楽「銀嶺の果て」(谷口千吉監督)を手掛け、以後250以上の作品を残し、なかでもゴジラの音楽は並外れた知名度と人気を誇っている。
 1974年に東京音楽大学作曲家教授、76年に同学長に就任し87年まで務めた。オペラ以外のあらゆるジャンルに作品を残したが、本質的にオーケストラ作曲家で、線の太い民族色とエネルギーに満ちている。

「ビルマの竪琴」は竹山道雄の児童文学で、1947年3月から翌2月まで雑誌「赤とんぼ」に連載された。終戦時にビルマ(現ミャンマー)の部隊にいた水島上等兵が、戦死した日本兵の亡骸を弔うため僧となり同地に残る物語で、昭和時代は小学生の必読書だった。1956年に市川崑監督が日活で映画化し、伊福部昭が音楽を担当した。竪琴の音色が映画の核を握り、音楽が主役となっている。劇中には誰もが知るさまざまな歌唱曲が現れ、観客と登場人物の感情の一体化を図っているが、伊福部はそれら全曲を書き直している。
 安井昌二扮する水島上等兵は琴型のビルマの民俗楽器サウン(ツァウン)を奏するが、専門の音楽教育を受けていないことをふまえ、西洋和声法を無視することでリアルさを出している。当時これらを弾きこなせる奏者がいなかったため、伊福部は阿部よしゑに頼み、彼女がフランスから持ち帰ったエラール社のグランドハープを用いて録音された。
 既存曲の多さで伊福部昭の映画音楽としては異色の存在だが、第11回毎日映画コンクール音楽賞、ブルーリボン音楽賞を受賞し、彼の映画音楽の代表作のひとつとなっている。

第1曲 No.4(A)
映画では未使用。4分の11拍子と4分の9拍子を基本としており、短いなかにも明瞭な「伊福部節」が感じられる。
第2曲 埴生の宿
自筆譜にはM22と記されている。ヘンリー・ビショップ(1786-1855)作曲の“Home Sweet Home”に里見義が訳詞を付けた。「ビルマの竪琴」のテーマともいえる曲で、劇中さまざまな形で用いられている。
第3曲 荒城の月
自筆譜にはM26と記されている。瀧廉太郎作曲。行方不明と成った水島を探す仲間たちが、巨大な寝釈迦像の前で「荒城の月」の合唱を始める。像の内部に隠れていた水島は、望郷の念に我を忘れて竪琴を奏でるという印象深い場面の1つ。この曲を弾いているといつも、頭の中で「水島!いるんだろ、出てこい水島!」という声が聞こえ、辛い気持ちになってしまう。
第4曲 斥候(せっこう)
斥候とは軍隊における偵察・攻撃・追跡の任務。自筆譜にはNo.6と記されている。曲は中山晋平作曲の「コガネムシ」で、劇中では偵察の際に「安全」を知らせる暗号として用いられている。伊福部色が濃厚で、よく知られたメロディの後は完全にオリジナルの世界となり、重いオスティナートやfff のグリッサンドが渦巻く。ハープからオーケストラの響きを引き出している。
この曲はオリジナルの譜面では2台のハープで演奏するように為に書かれていたが、今回どちらの譜面にも書かれていた音を消すことなく、1台で弾けるように1つの譜面に集約して演奏させて頂いた。劇中では音数が多くなり複雑になる後半の前に水島の演奏は終わっている。
第5曲 仰げば尊し
原曲は文部省唱歌。部隊が帰国する前日、収容所前に姿を現す水島。一緒に日本へ帰ろうという仲間たちの呼びかけに、黙ってうなだれ、返答の代わりにこれを奏して森の中へ去っていく。シンプルながら感動的な編曲。この曲のみ自筆譜が現存しないが、映画では最初から最後までを完全に弾いていたため、そちらを頼りに私が聴き取りで楽譜を起こした。この組曲を演奏する時、私はいつも水島になりきるつもりで演奏しているのだが、他の4曲を演奏した後にこの仰げば尊しを弾くと、やはり胸に込み上げてくるものがある。

モスラ宇宙へ
 1964年の東宝映画「モスラ対ゴジラ」(本多猪四郎監督)で、ミクロネシアの架空の地インファント島で双子の妖精が、島の守護神モスラと島民のためデュエットした歌「聖なる泉」。当時人気だったザ・ピーナッツが歌ったが、伊福部作品中でも白眉のメロディで人気が高い。
 1992年に26年ぶりに製作された「ゴジラ対モスラ」(大森一樹監督)では、キャストが大幅に変わり、小林昭二や黒部進、篠田三郎など、むしろ円谷プロのウルトラシリーズでお馴染みの顔ぶれが並んでいる。ラストでモスラが羽化し、宇宙へ旅立つ際に「聖なる泉」がハープ独奏で現れる。神聖かつはかなげに美しい。ゴジラシリーズが好きで、こちらのリメイク版は私も小学校の夏休みに観たのだが、あの時映画館で聴いた曲を今自分が演奏させて頂けるとは、なんと有り難いご縁かと非常に感慨深い。

石田一郎:牧歌
 石田一郎は1909年秋田生まれ。中学で上京して田中規矩士にピアノを学ぶ。16歳のとき、フランスのピアニスト、ジル=マルシェックスの来日公演を聴き作曲家を志し、高折宮次にピアノを、大沼哲と宮原禎次に作曲を師事した。作品には管弦楽曲もあるが、むしろ小編成の室内楽や器楽曲に優れた所を見せ、フランス風なセンス香る詩的で繊細な世界を創りあげている。南仏の作曲家セヴラックに私淑し、その影響を受けている点で日本音楽史上異色の存在となっている。文学の造詣も深く、作家の山本周五郎や詩人の北園克衛は親友だった。
〈牧歌〉は1936年7月に作曲され、雨田光平に献呈された。同年10月発行の雑誌「音楽新潮」(十字屋楽器店刊)に掲載・発表されたが、邦人によるハープ独奏曲の第1号とされる。モデレ(中庸の速さで)、変イ長調、4分の4拍子。五音音階の、どこか田舎の雰囲気を感じる主題に始まる。明るく活気があるが、淡白な味わいが独特。繊細な分散和音やハーモニクス(フラジオレット)など、名手雨田光平の腕前を想定したハープならではの奏法を多用している。
 ただ、やはり当時はまだ日本音楽界においてハープという楽器の認知度はあまり高くなかったため、ピアノ的に考えられて書かれている箇所が多く見受けられる(例えば冒頭の右手和音の連続など)。そのため、ピアノで演奏する分には全く難しくない箇所でも、ハープとなると非常に弾きづらくなってしまい、譜面の見た目からはあまり伝わってこないのだが、なかなか難易度が高い曲である。

福田幸彦:新道 前篇朱実の巻より
「新道 前篇朱実の巻より」は、1936年11月に公開された五所平之助監督の松竹映画。原作は菊池寛、脚本は小津安二郎との名コンビで知られた野田高梧。田中絹代、川崎弘子、佐野周二、上原謙に当時12歳だった高峰秀子のオールスターキャストで、東京と軽井沢を舞台に昭和初期の上流階級のモダンな生活ぶりが描かれている。
 五所平之助監督は、1931年に日本初の完全トーキー映画「マダムと女房」を手掛けたが、「新道 前篇朱実の巻より」では録音技術も不完全な黎明期ながら、ハープ独奏を採り入れている。音楽担当の福田幸彦は、後 に尺八の名手として人気を誇った福田蘭童(1905 -1976)の本名。夭折の天才画家・青木繁の息子で、クレージーキャッツのメンバー石橋エータローの父にあたる。作曲家としては「笛吹童子」の歌で知られている。
 ハープ独奏は、田中絹代扮する朱実と佐野周二扮する一平が、湖畔で知り合う重要な場面の背景を成す。演奏者として篠野静江(ささのしずえ)の名がクレジットされ、全盛期の彼女の演奏と、ドイツから持ち帰った高 価なハープの音色に接することができる。
 劇伴音楽ではあるが、ハープの書法が自然なのは篠野が身近でアドバイスしたことによるのであろう。こうした音楽が、ハープを見たこともない当時の日本人にその音色と美しさを知らしめ、普及に一役買った意義は決し て小さくない。

露木次男:花
 露木次男は1902年神奈川県湯河原生まれの作曲家。東洋大学文学部でインド哲学を専攻するかたわら、小松耕輔、清兄弟に作曲を学んだ。  彼はドイツ的な音楽よりもロシア音楽を好み、1925年に結成された日本プロレタリア芸術連盟にかかわるが、後に脱退。1934年から秋田に住み、1955年に秋田大学学芸学部講師、63年助教授を経て、68年から聖霊女 子短大音楽科長を務め、92年に没した。
 1 9 2 9 年に萩原朔太郎の詩による歌曲「天上縊死」「猫」「蛙の死」で作曲家デビュー、自身の独唱で発表した。彼の声楽曲は藤原義江(戦前から戦後にかけて活躍したテノール歌手で藤原歌劇団創設者)も愛唱し録音している。39年に管弦楽のための「ロンド」がワインガルトナー賞2等に入選した。
 彼は1935年1月に「フルート、ヴァイオリンとハープのためのトリオ」を作曲したが、その3年後の1938年暮れにはハープ独奏のための組曲「花」を完成した。東京藝術大学の荻野綾子文庫所蔵自筆譜には献辞が記されていないものの、明らかに荻野のために書き、送られている。原譜を見ると、荻野は「月見草」にのみペダル指示を書き込んでいるが、公開で演奏された記録はない。「月見草」「三色すみれ」「虞美人草」の3曲から成 る。
 こちらの曲も、ハープという楽器の当時の認知度の低さもあいまって、楽器の特性を考慮して作曲されてはおらず、いささか弾きづらい。このことから荻野綾子は公開での演奏に踏み切らなかったのではないかと思われる。
第1曲 月見草
 レント、4分の4拍子。形式らしいものはない。ミ♭・レ・ドという動機を5度繰り返す間に経過的なエピソードを加えている。
第2曲 三色すみれ
 アレグロ、4分の2拍子。明らかにギターを模しており、アルベニスやファリャを思わすが、スペイン的な脂気はなく淡白。このCDに収録されている曲の中でも、私の好きな曲の1つである。

第3曲 虞美人草
 アンダンテ、4分の2拍子。都節音階(ド-レ♭-ファ-ソ-ラ♭)で始まるが、主部は変ト長調となり、プロコフィエフ風の綺麗なメロディが奏でられる。

雨田光平:初夏草心抄
 20世紀前半の日本を代表する彫刻家のひとり。「母と子」(1930)、「蚤の歌」(33)、「岡倉天心像」(62)などで知られる。1892年福井に生まれ、東京美術学校(現・東京藝術大学美術学部)を卒業。同時に京極流宗家・鈴木鼓村に箏を師事し、平安朝風に衣冠束帯しての演奏も有名で、後には同流二代目を襲名した。1973年には無形文化財指定を受けた。
 1920年に彫刻の研鑽のため渡米し、同時にハープの基礎を学んだ。そこでラフマニノフ、パデレフスキ、パハマンら当時一流の演奏家、さらにサルツェードやサルヴィ一世などハープの大家の実演に接し、音楽的見聞 を広めた。雨田はアメリカで貯めた金でライオンヒーリーのグランドハープを1台購入、それを携え、さらなる勉学のため25年にパリへ渡った。ハープの正式な勉強を希望していた彼は、マルセル・トゥルニエに直訴し、弟子入りを許され、2年にわたり厳格な教えを受けた。29年帰国。 「初夏草心抄」はNHK福井の委嘱で作曲し、自身の演奏でラジオ初演された。一聴して箏を思い出させる純邦楽調で、ハープと箏双方の機能と効果を活用しユニークな音世界を創りあげている。ヨーロッパで自作自演した際、「東洋のエスプリと西洋のテクニックの見事な融合」と絶賛された。アンダンテ、4分の2拍子。静かで厳しい調子に始まる。これが箏の奏法を模倣しつつテンポと装飾を変え展開され、クライマックスを迎えた後、モデラート、4分の4拍子となり、歌謡風なメロディが歌われる。
 この曲を演奏するにあたり、雨田光平から直接演奏の師事を受けたアイリッシュハープ奏者・園部幸子氏から数々のご助言を頂いた。例えば「グリッサンドは松風のように徐々に激しく」、「この箇所は弦の下の方で弾いてお箏のような音で」など、楽譜上に記載はされていないが、雨田氏が演奏に対して望んでおられたことをたくさん伺えた。彼女の助けがなければとてもこのような演奏はできなかったと思う。本当に感謝である。

●作曲のなりたち
 昭和23年(1948)6月23日、私は福井の大震災に会った。翌日ある禅寺に難をさけたが、虚脱状態の中から箏の絃をたよりに、初夏の自然に愛情をよせながら、蘇生の思いで書いたのがこの曲である。
 初めは自作の童謡と叙事詩を語り弾きしたが、1933年以来アイリッシュ・ハープの普及につとめてから、その特質に添うて書き改め、独奏曲の形にした。
 曲の解釈、調子の作り方、ドアテに就いては予備知識が必要なので、教師から学んで頂きたい。


奥まった禅寺の一室に午睡をむさぼっていると、こどもの唄がきこえてくる。ここに難をさけたのは震災の翌日であった。まだひねもす広野を彷徨った後の疲れにも似て、見はてぬ夢がつづいているような気がする。本堂の 奥から木魚の音が聞こえてきて、立ちさわぐきびの葉風に交って、ひぐらしが山かげらし い涼しさを送ってくる。
 こどもが清水をくみに来ているらしい。私は水がめを抱いた少年の姿になる。この寺のそばで生れた私は、いつもこの清水をくみにきた。今もしだの葉かげから、こんこんと流れる清水、流れるいのち。
 眼もあざやかな紫陽花の一枝、壁にたてかけた箏が一面、絵具箱が一箇、なんという生々しい現実であろう。この現実も亦、夢であれかしと願われてならない。
 陽はかげって遊びくたびれたこどもは帰ってゆく。私はうとうとしながらこどもの足おとを聞いていた。

1965年7月 雨田光平

モルナール:さくらさくらによる変奏曲
 ヨセフ・モルナールは1929年にウィーン郊外のゲンザンドルフ生まれのハープ奏者兼声楽家で、日本ハープ界の先駆者である。ウィーン少年合唱団を経て、ウィーン音楽アカデミーでハープをフベルト・イェリネクに、声楽をフェルディナント・グロスマンに師事した。1952年にNHK交響楽団の招きで来日、一旦帰国するも、東京藝術大学で教鞭をとるため再来日し日本に定住した。64年から上野学園大学や桐朋学園大学でも教鞭を とった。日本のハープ奏者の大半が彼の弟子筋にあたる。また1958年11月28日に、ジャン・フルネの指揮で行われたドビュッシーの歌劇「ペレアスとメリザンド」の日本初演では、ゴロー役で出演するなどバリトン歌手としても活躍した。日本ハープ協会会長を務める。
 日本古謡「さくらさくら」による変奏曲は、モルナール著「実用ハープ教本1」の終盤に収録するため、1963年11月25日に作曲された。ハープ学習者が最初に挑戦する大曲である。序奏、主題と5つの変奏およびコーダから成り、箏の要素も採り入れつつ、ハープの効果を駆使して美しい日本情緒を浮かび上がらせている。

清瀬保二:小品三章
 清瀬保二は1900年大分生まれ。21歳の時に作曲を志し、上京して山田耕筰に2ヶ月間和声を学ぶ。しかし西洋楽理に違和感をおぼえ帰郷し、ピアノを独習した。1928年に作曲家デビューし、旺盛な活動を繰り広げた。1932年から3年間クラウス・プリングスハイムに理論を師事し、36年にチェレプニンが来日した際には指導を仰ぎ、高く評価された。また1937年に来日公演を行ったフランスのピアニスト、ジル=マルシェックスが清瀬のピアノ曲「琉球舞踊」を世界初演している。
 小品三章は、三村勉の主宰する三村ハープ・アンサンブルの第300回演奏会を記念して委嘱され、1971年10月に作曲、同月22日に新宿朝日生命ホールで初演された。日本の伝統的な五音音階(ド-レ-ミ-ソ-ラのみを使 う。四七抜き音階とも言われる)を用い、邦楽器「箏」とハープとの類似性を考えて作曲されている。三村ハープ・アンサンブルはこの曲を国内外で愛奏した。アイリッシュハープとグランドハープの重奏もしくは合奏用に書かれているが、当録音では両パートを多重録音している。
 晩年の作ながら、おおらかで明るいエネルギーに満ちている。第1曲はアレグロ・モデラート。五音音階による華やかな音楽で、旋律自体はわらべ歌風である。両パートは対位法的に充実した音響を生み出している。今回は先にグランドハープのパートを録音し、後日その録音を聴きながらアイリッシュハープで音を合わせて演奏した。自分の演奏を聴きながらその演奏に合わせて演奏するという経験をしたことがなかったこともあり、今回の CDで最も苦労した録音である。

早坂文雄:雨月物語
 早坂文雄は1914年仙台に生まれ、札幌で育つ。少年時代からの友人である伊福部昭や評論家、三浦淳史らと音楽活動を行った。その後、雑誌「音楽新潮」の中心人物であった清瀬保二にピアノ曲「君子の庵」を送り、認められて交流が始まった。36年に上京しチェレプニンに作曲を学んだ。
 1939年より映画音楽の仕事を初め、短い生涯の間に81作を手掛け、日本を代表する映画音楽作曲家となった。とりわけ黒澤明とのコンビが有名で、1948年の「酔いどれ天使」を皮切りに、「羅生門」「白痴」「生きる」「七人の侍」など名映画音楽を残した。
 彼の音楽も日本的だが、雅楽を研究し繊細な音世界を作り上げている。晩年には「西洋の模倣や影響を受けず、純粋に東洋の伝統の中に生き、東洋の審美によって作曲する」ことを目指す「汎東洋主義」を掲げるが、結核のため41歳で没した。彼の思想と美学は芥川也寸志や武満徹に受け継がれた。
「雨月物語」は溝口健二監督による1953年大映作品。上田秋成の原作で、16世紀安土桃山時代を舞台に「浅茅が宿」と「蛇性の婬」の2篇にモーパッサンの「勲章」を加え、川口松太郎と依田義賢が脚本を手掛けた。森雅之扮する貧しい陶工の源十郎が、織田信長に滅ぼされた朽木氏の娘若狭の屋敷に招かれる。若狭は蛇(映画では死霊)で、一夜をともにしたと思わせる朝、目覚めの場面でハープ独奏のナンバーが奏される。箏を意識しており、おどろおどろしさというより落ち着いた雅を感じさせる。旋律よりも、その後の余韻、あるいは無音の部分に無限のイマジネーションが広がる。「雨月物語」は早坂円熟期の代表作で、同年第13回ヴェネツィア 国際映画賞銀獅子賞を受賞した。
 楽譜上にはテンポの記載が一切ないのだが、実際に映画で使われていた音源を聴くと、著しくテンポが揺れ動いているのがわかる。これは早坂が録音の現場に立ち会い、そこで奏者に演奏の指示を出していたためである。本録音もそのテンポ感を参考に演奏させて頂いている。

中村愛


作曲者によるコメント

冬木透:かがりの風と愛/姉と弟/赤とんぼ/もみじ/グリーンスリーブス
 私にとってハープとの最初の出会いは、学生時代にラヴェルの「序奏とアレグロ」に接したことだった。当時周囲にハープなどなかったが、それ以来気になっていたところ、曲は忘れたが名手グランジャニーのレコードを聴き、さらにその美しさと可能性に啓蒙された。
 劇伴音楽に携わるようになり、ハープが予想以上に表現のダイナミックな幅を持つ楽器だと気付いた。歴史的には最古の楽器のひとつであり、吟遊詩人が手にしていたなど、いろいろなイメージの表現が可能である。時代劇にハープを用いるのは、挑戦だったと言えるが、昔に連れ戻すのも、未来に連れて行くのも自在だということが示せただろうか。当時NHK交響楽団のハーピストだった山畑松枝さんに機能や効果を教えていただいた。
 テレビドラマ「風」はTBSと松竹が制作し、1967年10月から翌年9月まで全41話が放映された。天保の改革期を舞台に、栗塚旭扮する義賊・風の新十郎が活躍する。飯島敏宏、実相寺昭雄、佐々木守、石堂淑朗らウ ルトラセブンのスタッフによるため、時代劇らしからぬ新鮮さで現在でも熱心なファンが多いという。
「かがりの風と愛」は、第5話「脅迫者」(1967年11月1日放映)のために書いた。「かがり」はもうひとりの主役、土田早苗扮するくの一。可愛い娘ながら任務に忠実で、いざとなると男勝りの大立ち回りや、忍者ならではの曲業を見せる。その顔をがらりと変える様を同じハープで表現したら面白いと思った。最初のアダージョは、かがりの新十郎へのほのかな思いの告白をハープにしっとりと歌わせた。かがりの可憐で優雅な面を示している。しかし事件が起こり、彼女の眼にもとまらぬ速さの立ち回りなど、ハープの運動性を駆使してみた。空中回転や木へ飛び移る様は、グリッサンドが効果的だった。
 「姉と弟」は、第15話「見ろ、言え、聞け」(1968年1月10日放映)のために書いた。江戸の町で油の値が高騰。そんな折り、岡っ引きの殺害現場を目撃したことで、健気に生きる飼葉屋の四人姉弟(小林千登勢、前田吟、金井由美、杉田康)が事件に巻き込まれる。弟妹のことを思い、自分が犠牲になろうとする小林千登勢扮する姉・お勝のテーマとして書いた。原曲は弦楽が加わるが、ここではハープ独奏にした。
「赤とんぼ」「もみじ」「グリーンスリーヴス」の編曲は、ハーピストの松岡明美さん編纂の楽譜集「ハープ ポピュラーアルバム」(全音出版社)のために依頼された。1968年の初めのことで、「風」や「ウルトラセブン」と同時期の作である。「赤とんぼ」では、銀の羽を輝かせて飛び交う姿を高音域のグリッサンドで描いてみた。「もみじ」ではオルゴールの、「グリーンスリーヴス」ではリュートの響きに想いを馳せた。楽譜は長らく絶版 になっているが、今回日の目を見るのは嬉しいことだ。
 このアルバムに収録された5曲について言うことができるのは、ハープは歌う楽器だということだ。47本の弦すべての太さの違いが、歌の表情を豊かにしている。その点でギターの音域を広くした世界を作り出せていると思う。

●冬木透(本名 蒔田尚昊)
1935年生まれ。1959年国立音楽大学卒業。安部幸明、高田三郎、市場幸介に師事する。1956年から62年までTBS音響効果団にてテレビ・映画音楽の世界で活躍した。とりわけ「ウルトラセブン」以降の円谷プロの劇伴音楽を数多く手掛け、同社の音楽的イメージを固めた。今日でも特撮ファンの神様とみなされている。1964年から桐朋学園大学にて教鞭をとり、教授も務めた。

平田智暁:アンティークの首飾り 中村愛女史の依頼によるCollier Gracieux, pour harpe; le travail en commission de Madame Megumi Nakamura
 秋、曲の構想を練りながら蚤の市に出かけたのですが、そこで古雅なネックレスを目にしました。海を渡ってこの赤坂に来たとのこと。どんな歴史があるのだろう...。それはどのように贈られ、どのような人が身に付け、どこで煌きを放ち、どれほど大切にされ、そして、主あるじの元を離れて行ったのだろう。
 それらを知る術はもうないが、手入れされ、古色を帯びながらも輝く佇まいは、言葉以上の出来事を物語ってくれます。
 そのようなものを目にした時に、依頼の曲が浮かびました。
 技法は、メロディのあるもので、ということで、ちょうどその「首飾り」が身につけられていたであろう、19世紀後半のフランスの和声法を使用しています。

●平田智暁
1974年宮崎生まれ。鹿児島大学法文学部法学科(当時)に進学するも、音楽に転向。作曲を長谷川勉・浦田健次郎両氏に師事。指揮を橋本久喜氏に師事。2009年全日本吹奏楽コンクール課題曲を作曲。近代の手法から現代のものまで、幅広く作曲している。

江原大介:Harp Dreams(ハープドリームズ)
 ハープという楽器に対して、夢想的なイメージを持たれることはないでしょうか。この曲ではそのイメージをアイディアとし、ハープならではの甘美なる絃の響きを味わえるような曲を目指しました。1つ1つの音にあらゆる情景や記憶が垣間見え、それらの連なりが旋律としての形を成している。進んでいく時間を見つめているのか、あるいは過去を思い出しているのか、あるいは今を感じているのか、聴き手によって様々なものを思い浮かべてみてください。ハープとともに音楽の夢の世界へといざなう、そんな時間を提供できればと思います。この曲は中村愛氏の委嘱により作曲され、同氏へと捧げられた作品です。

●江原大介
東京音楽大学作曲指揮専攻(芸術音楽コース)を卒業後、桐朋学園大学研究科を経て、東京芸術大学大学院修士課程作曲専攻を修了。2008年第1回全日本吹奏楽連盟作曲コンクール第1位受賞。主にオーケストラや吹奏楽などの譜面を書くことを得意とするが、元々は13歳よりエレクトリック・ギターを弾き始めた事をきっかけにし、音楽の道を志した。ジャズ・ポップスの音楽理論を学んだ後に、クラシックの作曲法とオーケストレーションを学ぶ。活動分野はクラシック、現代音楽、邦楽、ポップスまで多岐に渡るが、特に吹奏楽の分野では、2009年度全日本吹奏楽コンクール課題曲の作曲や、各地の吹奏楽コンクールの審査員を多く務めている。作品は国内外演奏され、その多くは各社より出版・録音されている。

薮田翔一:Selēnē
 この曲は、ハープ奏者の中村愛氏の委嘱により、約3分間の調性がある曲として作曲しました。
 曲名のSelēnēはギリシャ神話に登場する月の女神の名です。中村氏は、私の大学の先輩でした。私自身、副科でハープを習っていた為、氏の演奏を約4年間、度々、近で聴く機会がありました。ハープを演奏する美しい姿、美しい音色は、私を含め後輩たちの憧れの存在でした。私は、そんな中村氏の美しい演奏をイメージしながら、この曲を作曲をしました。
 曲は2部からなっています。
〈1部〉
 月の光が、キラキラと天から舞い降りてくるようなイメージの序奏から始まります。その後、この曲のテーマが提示され、次々と転調されながら音楽は進んでいきます。その2つの楽想が交互に展開されていきます。キラキラ光る音楽と、力強く前へ進んでいく音楽は、私が学生時代に氏から感じた印象を音楽にしています。
〈2部〉
 旋律線をゆったりと歌う音楽です。2部では、穏やかに落ち着いた氏の美しい雰囲気を音楽にしました。

●薮田翔一
1983年兵庫県生まれ。2011年東京音楽大学大学院作曲科修了。第70回ジュネーヴ国際音楽コンクール作曲部門グランプリ。ウィーンコンチェルトハウス100周年作曲賞最優秀作品賞。2013年SORODHA国際作曲コンクール一位入賞2013年カジミェシュ・セロツキ国際作曲コンクール3位入賞。第3回クロアチア国際作曲賞 NEW NOTE 2位入賞。第78,79,80,81回日本音楽コンクール4年連続2位入賞。トロンボーンピース・オブ・ザイヤー2011作曲賞。京都フランスアカデミーメシアン賞。2014年第3回高松国際ピアノコンクール課題曲委嘱作曲家。2014年龍野アートプロジェクト舞台監修。2015年龍野アートプロジェクト音楽監督。たつの市文化賞。2016年文化庁長官表彰(国際芸術部門)、第26回出光音楽賞受賞。作曲した曲は、スイス、オーストリア、ベルギー、フランス、ポーランド、クロアチア、スペイン、ポルトガル、アメリカ、フィリピンなど世界各国で演奏されている。



◆プロフィール
中村愛(なかむらめぐみ)

千葉県出身。4歳よりピアノを始め、12歳よりハープを始める。ハープをヨセフ・モルナール、木村茉莉、篠崎史子の各氏に、室内楽を故・島崎説子女史に師事。第9回大阪国際音楽コンクールハープ部門第3位。
2011年2月にはすみだトリフォニーホールにて初リサイタルを開催、好評を博す。ソロ・室内楽の演奏会を中心に、群馬交響楽団、ベトナム国立交響楽団、中国・武漢管弦楽団等と共演から、ブラス、オペラなどでの演奏活動も行う。最近は講演会や講義を行うなど、活動の幅を広げている。東京音楽大学大学院科目等履修修了。

◆中村愛オフィシャルブログ「ハープの弦は47本です。」