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大賀ホールを知り尽くしたUNAMASレーベルの最新作は7人編成によるチャイコフスキーの弦楽六重奏曲『フィレンツェの思い出』

2017/08/04
ジャズやクラシックを中心にオリジナリティ溢れる作品を多数発表し続け、いまや国際的にも高い評価を獲得しているUNAMASレーベルから、またも注目の最新作が届けられました。『P.I.Tschaikovsky op-70 Souvenir de Florence(フィレンツェの思い出)』は、同レーベルのクラシック作品としてはこれが4回目の大賀ホール録音です。チャイコフスキー晩年の作品として知られる本作の聴きどころなどについて、e-onkyo musicではお馴染みUNAMASレーベルのミック沢口さんに伺いました。(本文中は敬称略)

取材・文/写真◎山本 昇



■7人編成で臨む弦楽六重奏曲

 肌寒い12月の軽井沢。澄んだ空気の中、誰もいない大賀ホールのステージで手を叩いてみれば、美しく減衰していく様子に思わず息を飲む。満席時で1.6~1.8秒と公表されている残響音は、5角形という特異な形状や、天井に設えたやはり5角形の音響反射板、さらに地元長野県産の落葉松材を使用したという壁面が作用し合って独特の感触をもたらしている。
「響きが均一で、どこにいてもきれいに聞こえるというのはとてもいいこと。マイクを立てる位置で悩むことはありません。大きさもちょうどいい。小さすぎると響かないし、大きすぎると今回のような編成だと空気に負けてしまうんです。これくらいの中規模のホールは、僕のレーベルにはとてもよく合うんですよ」
 大賀ホールの響きをこう評価するのは本作『P.I.Tschaikovsky op-70 Souvenir de Florence(フィレンツェの思い出)』のプロデューサー/エンジニア、ミック沢口だ。その彼が主宰するUNAMASレーベルの“軽井沢シリーズ”と言えば、第23回「日本プロ音楽録音賞」のハイレゾリューション部門で優秀賞を獲得した『Franz Schubert No-14 in D minor Death and the Maiden(死と乙女)D.810』(2016年)も記憶に新しいところ。本作は、『死と乙女』の録音からほぼ1年後となる2016年の12月13日と14日に、またもやこの大賀ホールで録音された。
 チャイコフスキー『フィレンツェの思い出』は本来、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロを各2で演奏される弦楽六重奏曲だが、本作ではコントラ・バスが加わった7人編成となっているのも面白い。ミュージシャンは、『死と乙女』に参加した田尻順(Vn)、竹田詩織(Vn)、小畠幸法(Vc)、北村一平(Cb)に、桑田歩(Vc)、青木篤子(Va)、正田響子(Va)を加えたセプテットだ。アレンジは『死と乙女』ほかUNAMAS作品でお馴染みの土屋洋一が手掛けている。
 6月20日にシンタックス・ジャパンの試聴ルームで行われたプレス発表の場で、ミック沢口は『フィレンツェの思い出』を取り上げた経緯について次のように説明する。
「UNAMASのクラシック・シリーズはこれまで、僕が録音したい曲を選んでいました。それが『死と乙女』を作ったときに、“もし次回作を作るなら、『フィレンツェの思い出』をやりたい”というリクエストがアーティストのほうから出たのです。これは僕にとっても大変嬉しいことでした」

UNAMAS String Septetの皆さん



■UNAMASならではのレコーディング・アプローチ

 『フィレンツェの思い出』は、チャイコフスキーが最晩年に手掛けた室内楽であり、自身がオペラ『スペードの女王』を作曲するために訪れたイタリアの古都を副題とする。ミック沢口は今回のレコーディングの様子と手応えをこう語る。
「大賀ホールでのマイキングとしては定番になりましたが、メイン・マイクはデジタル(NEUMANN KM-133D)、アンビエンス・マイクはアナログ(Sanken CUW-180など)です。24bit/192kHzの音声データをMADIで伝送し、DAWへダイレクトにレコーディングしました。音にほとんど劣化がないのがUNAMASらしいところだと思っています。もちろん、今回も“ノイズ・バスター”の宮下清孝さんにいろいろと細かいノイズ対策にあたってもらいました。また、これまでと同様に主な機材への電源供給はELIIY POWERのバッテリー電源を使用しました。そうした積み重ねが、全体としてクリーンで静かでS/Nの良いサウンドを可能にしています。今回もホール録音としては、非常にクオリティの高いものが実現できたと考えています」
 演奏者たちはステージで円を描くように並んで、その演奏を捉える5本のKM-133Dを内側から放射状にセット。ヴァイオリンとヴィオラのフロント4人には3本のKM-133Dが向けられ、低音のチェロとコントラ・バスの3人は2本のKM-133Dでカヴァー。さらにコントラ・バスには別途AUDIX SXC-25も用意され、こちらはLFEチャンネルに回っている。また、ステージ上にはDolby Atmos 7.1.4を想定したサイド・チャンネル用にSankenのCO-100Kも2本設置されている。
「使うマイクの本数と、再生するチャンネル数がほぼ1対1となるのがUNAMASレーベルの特徴でもあります。これによって、濁りのないサウンドが得られる。今回は言ってみれば“1ポイント9.1ch”のような方式になっています」
 ハイレゾこそサラウンドで---高音質再生の在り方を一貫してこう主張し続けるミック沢口らしい方法論と言えるだろう。このように、音質面で効果的な従来の方針は踏襲しながらも、「僕はルーティン・ワークをやるのは嫌いなたち」と言うミック沢口はその都度、新たな試みも行っている。
「今回は、4chのハイト用マイクを2階席の一番上のところに設置しました。前回の『死と乙女』のときはステージ前面から客席側を狙うアプローチでした。その前の『The ART of FUGUE』では、客席の前面で違うマイキングを行い、さらにその前の『The Four Seasons -Antonio Vivaldi』のときはアーティストの周りに4chのマイクを立てました。このように、ハイト・チャンネルのマイキングを変えて録り続けることで、大賀ホールの響きがだいたい見えてきました」
 このハイト用またはサイド・チャンネル用マイクで拾われた音は、もちろん2ch音源にも反映されている。

プレス発表で本作の聴きどころなどを語るミック沢口さん



■室内楽の醍醐味を豊かなダイナミクスとともに表現

 チャイコフスキーはこの作品が、「オーケストレーションをコンパクトにまとめたシンフォニーのように聞かれること」を好まなかったという(伏木雅昭によるライナーノーツより)。その点、今回のUNAMAS String Septetの演奏は、7つの弦楽器によるダイナミクスを十分に感じさせながら、各楽器の存在感やスピード感が引き立つ室内楽としての醍醐味に溢れ、その様子はステレオ・ヴァージョンでも楽しめるが、そうした成果がより際立つのがサラウンドによる再生だ。
「例えば第3楽章〈Allegretto moderato〉をマルチ・チャンネルで聴くと、チャイコフスキーは将来、自分の曲をサラウンドで再生してほしかったのではないかと思えるほど、譜割りの感じがすごくよく伝わってきます。いろんなところから楽器が鳴り合ったり、きれいに円周形に動いたり、そういったタイミングもよく考えて作曲されていることが、サラウンドだと非常によく分かるのです。ちなみに、UNAMASレーベルでは、ソロや5人、7人というふうに、なぜか奇数の演奏者の配置が上手くハマるんです。基本的に5chや7chといったサラウンドで制作していますので、そのほうが収まりがいいということなのでしょう」
 どうやらミック沢口が思い描く音響デザインとも相性が抜群にいいらしい大賀ホールでのレコーディング。本作はUNAMASレーベルとして、クラシックでは4回目、ジャズを含めれば6回目の作品だ。音響特性を知り尽くしたこのホールで、今年もまた録音を行うとミック沢口は言う。
「次はコントラ・バスをフィーチャーしたいと思っています。普段は日陰もののコントラ・バスが、メインとなりメロディを奏でればこんなにすごいんだと、また皆さんを驚かせたいと思っています」
 日本の音響界の名匠が見据える音楽的野望は、当分尽きることはなさそうだ。

ステージ上に設置されたプリ・アンプ。RMEのDMC-842 M(上)はデジタル・マイク用、
Micstasy M(下)はアナログ・マイク用



中村製作所のアイソレーション・トランスNSIT-200Q



ステージ中央に設置されたメイン・マイクは5つのNEUMANN KM-133D。
奥に見えるのは“ノイズ・バスター”の宮下清孝さん



今回のアンビエンス・マイクは2階席に設置。SANKENのステレオ・マイクCUW-180を2本使用している



ステージ上のアンビエンス・マイクはSanken CO-100K



UNAMASのレコーディングでは、音質改善のためELIIY POWERのバッテリー電源が使用されている。写真上はステージ周りの機材用のPower Yiile 3、写真下はモニター・ルームの機材用の
Power Yiile Plus



ステージ上のすべてのマイク・スタンドには床からの振動を抑えるための防振パックが。
ノイズ対策を担当した宮下清孝さんによると、中身はジルコン・サンドという高密度な砂状の粒子で、
普通の砂に比べて4倍ほどの重量があるという。脚と防振パックの間にかませてあるのは
オーディオ・ボード兼インシュレーターのSonic Improvement for MUSIC



大賀ホールの天井。3つの音響反射板(五角形!)は高さを調節することが可能



モニター・ルームと化した演奏者ラウンジ



本作のレコーディング・ディレクターを務めた入交英雄さん



譜面に書き込みを入れるアレンジャーの土屋洋一さん



束の間の休憩時間に寛ぐミック沢口さん



オーディオ・インターフェースはRME MADIface XT



MERGING TECHNOLOGIES Pyramix(DAW)が走るミック沢口さんのMacBook Pro



プレイバックを聴く演奏者とスタッフ



軽井沢駅から徒歩7分ほどで着く大賀ホールの外観



自然光を採り入れたトップライト










UNAMASレーベル 作品一覧