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【インタヴュー&レコーディング・レポート】伊藤ゴロー最新作『アーキテクト・ジョビン』が伝えるボサノヴァの巨匠が残したクラシカルな足跡

2017/07/05
ボサノヴァ・ギタリストで作曲家、また、音楽プロデューサーとしての活動でも知られる伊藤ゴローさんのニュー・アルバム『アーキテクト・ジョビン』が完成し、ハイレゾ配信がスタート! ボサノヴァの創始者と言われるアントニオ・カルロス・ジョビン(トム・ジョビン)に捧げる最新作はどのように作られたのでしょうか。オンキヨー試聴室で行った伊藤ゴローさんへのインタヴューを、レコーディングの様子を綴ったフォト・レポートと併せてお送りします。

取材・文・撮影◎山本 昇


『アーキテクト・ジョビン』/伊藤ゴロー アンサンブル





 4月3日と4日の二日間、伊藤ゴロー・アンサンブルの新作『アーキテクト・ジョビン』のレコーディングを取材するために訪問したのは、東京のヤマハ銀座ビル別館にある「ヤマハ ピアノアーティストサービス東京」。天井には拡散パネルも施され、ルーム・チューニングも十分に考慮されていることは分かるが、通常の録音スタジオではないので、ミュージシャンやレコーディング・クルーをはじめとするスタッフたちが同じ空間に居合わせるという状況だから、録音ボタンが押される度に、すべての人員が動きを止め、息を飲む……というとずいぶん緊張感の張り詰めた現場と思われそうだが、伊藤ゴロー本人はもとより、周りのスタッフも実に気さくな人たちばかりで、実際はリラックスしたムードも漂う中で行われたのが今回のレコーディングだ。もちろん、録音スタジオとは勝手の違う環境下で、少しでもいい音を捉えたいという想いは全員が共有している。その様子は後半の写真やスタッフらのコメントをご覧いただくとして、まずは伊藤ゴローへのインタヴューをお届けしよう。
 タイトルのとおり、オリジナル1曲を除き、すべてをトム・ジョビンのカヴァーで構成した本作では、ジョビンが実は影響を受けていた“クラシックの要素”に注目するという。これまでにも折に触れてジョビンの曲を取り上げてきた伊藤だが、果たして今回はどんなアルバムになるのか。なお、話を伺ったのは、4月4日の録音を終えた直後のこと。その後も場所を池袋のSTUDIO Dedeに移してレコーディングの続きが行われており、本人もまだアルバムの全体像は見ていない時点でのインタヴューとなったが、早くも最初の二日間でかなりの手応えをつかんだ様子がひしひしと伝わってくる。

■ジョビンの音楽が内包するクラシックの要素を実感

−−アントニオ・カルロス・ジョビンへのトリビュート・アルバムである今作は、特にジョビンのクラシカルな面にスポットを当てているとのことですが、あらためて本作のコンセプトや狙いについて教えてください。

伊藤 ジョビンには、インストゥルメンタルの曲がけっこうあるんですよね。演奏される機会は少ないんですが、歌のない曲にもいい曲がたくさんあるんです。また、映画音楽のために作った曲などで、元々はインストとして発表され、のちに歌詞が付けられた曲も多い。そこで今回は、そうした曲を中心にやってみようと。共同プロデューサーの中原仁さんが最初に提案してくださった「そろそろジョビンのボサノヴァでない部分を紹介しませんか?」という言葉から考えて、始まりはそんな感じでしたが、それを踏まえて僕が選曲したのがかなりマイナーな曲ばかりで。中原仁さんもA&Rの斉藤嘉久君(ユニバーサルミュージック)も驚いていましたが、快くOKしていただけました。これまでにも、ジャキス・モレレンバウムと作った『RENDEZ-VOUS IN TOKYO』(2014年)などでジョビンのインスト作品は何曲かやっているんですが、それらとはまた違った音にしてみたいなと思ったんです。

--選曲だけでなく、音の雰囲気も変えてみようと?

伊藤 はい。アレンジや選曲、アンサンブルの具合もこれまでとは違うものでやってみたいなと考えました。

--それが今作のキーとなりそうなところですね。4月4日のレコーディングで、ゴローさんがゲストのお二人に語っていたのが、「ゆったりと、静かな雰囲気で」という言葉でした。

伊藤 そうですね。そもそもジョビンのインスト曲は、いわゆるボサノヴァと言われる有名な曲とはムードが全然違っていて、静かなものが多いんですよ。しかもワルツ、3拍子の曲も多いんです。

--聞くところによると、ジョビンはクラシックの音楽家になりたかったのだとか。

伊藤 そうらしいですね。作曲についてはほぼ独学で、自分で研究しながらやっていた人だと思いますけれど。

--ゴローさんは、ジョビンの音楽のどのような部分にクラシックの影響を感じますか。

伊藤 ジョビンに関する逸話として、彼のそばにはショパンやドビュッシーの楽譜があり、日常的に弾いていたと聞いています。今回のレコーディングでも、例えば「あ、ここはドビュッシーみたいだな」と感じるところなど、ジョビンの中にあるクラシックの要素が分かりやすく聞こえるように心がけました。曲作りが緻密というか、構築の仕方がすごく計算されていて、しかも細部まで緻密に作られているんです。ジョビンには、手書きの楽譜がたくさん残っていて、作曲時のメモもいくつかあるんですよ。曲のモチーフを書き留めたものとかね。ハーモニーのスケールや音列をしたためたものがあるんですが、それが別の曲のモチーフになっていたり、フレーズとして使われていたりする。緻密に練られている様子がうかがえます。

--ジョビンの曲は一聴して自然に流れていく印象で、そのような熟慮した痕跡は普段あまり気付かないところですが、そういった発見は興味深いお話ですね。今回の選曲は、そんなクラシックの要素を感じさせるものから選んだということでしょうか。

伊藤 そうですね。彼の膨大な曲の中からどれを選ぶかは悩んだのですが……。例えば、1曲の中に、のちに別の曲として単独で独立することになるモチーフの原型のようなものが散りばめられて、4つくらいの構成になっている曲もあるんです。今回は8小節くらいのモチーフが集まったような曲をいくつか選んでみました。

4月4日のレコーディング後、オンキヨー試聴室に場所を移して行ったインタヴューで、新作について穏やかに語ってくれた伊藤ゴローさん

■気心知れた音楽仲間とのリラックスした演奏

--アルバム・タイトルの「アーキテクト」は、そういった意味合いも含んでいそうですね。

伊藤 取り上げた曲の中にも「Arquitetura de morar(アルキテトゥーラ・ジ・モラール)」があるんですけども、ジョビンは建築家なりたかった時期もあったという話がありますね。大学で勉強していたりして。だから、「音楽にも建築的な要素がある」と言われていますよね。彼の建築と音楽の関係性について、特に考えたことはなかったのですが、実際はどうなんだろうと思って、緻密な作曲の仕方や音の重ね方をよくみてみれば、そういう建築的なアプローチもあるのかなと思いました。だからタイトルもそれでいいかなと(笑)。

--本作ではそうしたエレメントがゴローさんの感性で再構築されたわけですね。作業は楽しいものでしたか。

伊藤 楽しかったですね。中には、頭から終わりまで全部をやるのではなく、その曲の一部だけを取り上げてデフォルメしてみたり、といったアレンジを施しているものもあります。

--共演したミュージシャンについて教えてください。

伊藤 まず、ピアノの澤渡英一君は、僕のサード・アルバム『POSTLUDIUM』(2013年)から一緒にやっていて、ジャキス・モレレンバウムと一緒に作った『RENDEZ-VOUS IN TOKYO』でもピアノを弾いてもらいました。また、僕がプロデュースした原田知世さんの4つのアルバム(『noon moon』『恋愛小説』『恋愛小説2~若葉のころ』『音楽と私』)にも参加してもらっていますね。彼は、坂本龍一やジョビンの音楽がすごく好きなんです。立ち位置が僕と似ていて、クラシックのプレイヤーというわけでもなく、ジャズのプレイヤーでもないという、そんなジャンル的な行き場のない音楽家同士なので(笑)。共通の話題が持てる数少ないミュージシャンです。
 ストリングスで参加してくれた伊藤彩カルテットも、ライヴやレコーディングでよくご一緒させていただく気心の知れた仲間です。現場で思いついたアイデアがあったときに「ああしよう、こうしよう」と相談しながら録ることができるので、助かっています。「こんなのどう?」ってアイデアをくれることもあるし、臨機応変に対応して演奏してくれる人たちですね。コンバスの鳥越啓介君とはデュオでライヴもしています。彼も元々はジャズなんですが、それ以外の音楽もいろいろやっている。特にジャンルを限定できない、いろんな音楽をやっている人ですね。

■柔らかく静かな音で聴かせるジョビンのハーモニー

--音作りの面で、何か変わったアプローチはありましたか。

伊藤 録った曲の半分くらいは、ピアノのハンマーと弦の間にフェルトを挿んでみました。かなりミュートされるので、アップライト・ピアノのミュート・ペダルを踏んだような音になります。音質は丸くなって、音量もかなり下がりますね。グランド・ピアノでそういうことを上手くやるのはなかなか難しいんですが、ヤマハの調律の方にもいろいろな策を練っていただいて(笑)、非常に柔らかい音にすることができました。最高級な素晴らしいピアノであるヤマハCFXに、いろいろな小細工を施しましたが(笑)、今回はそういう音にしたかったんですよ。ギターとのアンサンブルを考えると、音量差もあって難しい面もあるんですが、こうすることで上手くサウンドが馴染んでくれるかなと。ストリングスも、大半は弱音器を付けてもらいました。

--そうすることで、演奏のニュアンスも変わってくるのでしょうか。

伊藤 そうですね。すごく静かな音での演奏は、実はかなり大変なんですよ。気を遣うし、緊張感のある演奏になります。でも今回は、そんな中から聞こえてくる楽器のノイズを含めたいろんな音を録りたかったんです。ピアノのメカニカルな呼吸音とか、そういうものをね。

--後日、ゴローさんのギターがダビングされるわけですが、どのような演奏になりそうですか。

伊藤 いまのところ、僕のギターはかなりシンプルに弾こうかなと考えています。歌のある曲と違って、主旋律をどう生かすかではなく、アンサンブルというか全体を聴かせるような音作りにしたいんです。

--必ずしも、ゴローさんのギターが主役ではない?

伊藤 主役じゃないときもあると思います。例えば、主旋律ではない、いくつかあるハーモニーの中の対旋律のほうがよく聞こえるとか、そういうことをやりたいんです。ジョビンのよく知られた旋律ではなく、僕がいいなと思う違うメロディをピックアップしてみるというか……。ハーモニーの中にある、ジョビンが知恵を絞って紡いだ内声が浮き上がってくると面白いなと思っています。

--知っている曲が、別の曲に聞こえたり?

伊藤 そうそう。そういう曲もあると思いますよ。フフフ……。

--音作りということでは、エンジニアは前作『捨てられた雲のかたちの』にも参加した檜谷瞬六さんが担当しています。

伊藤 『捨てられた雲のかたちの』はブラジルと東京で半分ずつ録音しましたが、檜谷君には東京での録音をお願いしました。彼もいろいろなアイデアを出してくれるので、レコーディングしていて面白いですね。僕が「こういう音にしたい」と言うと、「では、こういうマイクで、こういうふうに録ってみたらどうでしょう」と提案してくれるので。

■ゲスト・ミュージシャンによる録音は初のデュオ

--通常のレコーディング・スタジオではなく、ヤマハのリハーサル・ルームで録音を行ったのはどういう狙いなのでしょう?

伊藤 スタジオで録るのもいいんですけれど、ちょっと違うところでも録ってみたいなと思いましてね。ヤマハ銀座とは「アコースティックギターサミット」など色々とご縁があって、しかもいいピアノがたくさんあるということで(笑)、そこに録音機材をたくさん運んでやってみるのも面白いかなと。

--様子を見ていると、録音が始まるとスタッフの皆さんにも緊張が走るようで……。

伊藤 音楽って、すごくリラックスしたほうがいいときがあれば、集中して緊張したときのスリリングな感じがいいときもあるんですね。どっちがいいかは難しいんですが、緊張感のある状態も僕は嫌いじゃないんです。ライヴとはまた違う、レコーディングの緊張感もスリルがあっていいんですよ(笑)。

--そのほうが、演奏が良くなる場合もあるわけですね。

伊藤 そうなんです。まぁ、でも、どちらかというとリラックスしたほうがいい場合が多いかもしれないんですけど(笑)。

--「Luiza(ルイーザ)」で参加したゲスト・ミュージシャンの村治佳織さん、遠藤真理さんの演奏はいかがでしたか。

伊藤 佳織さんとはお互いのコンサートを観に行ったり、昨年は渡辺香津美さんのコンサートでご一緒したりしていたんですね。今回の録音のことは前から話していて、ぜひ参加してほしいと伝えていました。僕はギターをデュオで演奏する場合、相手として一番好きなのがチェロなんです。そこで佳織さんにもチェロとのデュオでお願いしたくて、せっかくなので僕の好きなチェリストである遠藤真理さんと演奏してほしいと思ったんです。そうしたら、たまたまお二人はラジオの収録でやはりブラジルの作曲家ニャタリの曲を演奏する機会があったらしくて、それはちょうど良かったと(笑)。「Luiza」をギターとチェロのデュオとしてアレンジしたものを演奏してもらいましたが、これがまた素晴らしくて! “音の息遣い”が聞こえるような緊張感もある、すごくいい演奏でした。二人とも、クラシックの演奏者ではありますが、特に佳織さんはそれ以外のジャンルのミュージシャンともよく共演していますよね。ギターという楽器はもともとそういう意味でオープンだし、自由度が高いのでしょう。

--この曲「Luiza」には、ゴローさんのギターもダビングされるのですか。

伊藤 最初はいろいろ考えていたんですが、この曲はもう二人だけの世界がいいなと思っています。というわけで、このデュオがレコーディングをするのは今回が初となりますね。

■「これまでとは違う体験」をハイレゾで

--ハイレゾという選択肢が聴き手にも浸透してきています。ゴローさんはハイレゾによる音楽について、どんな可能性を見出していますか。

伊藤 当初、ハイレゾを絵にたとえると、その画角は僕にはちょっと大きすぎるかなと思ったんです。全体としてコンパクトなほうがいろんな要素が詰まって、情報がよりダイレクトに伝わるかなと。でも、最近はそんなこともないなと感じるようになりました。今回のレコーディングもそうなんですけど、いろんな情報があるんだったら、普段は聴けないものがそこにあるほうがいいのではないかと思って。それこそ楽器のノイズや演奏者の息遣い、足音やら衣擦れやら……。そういう音の面白さもハイレゾなら体験してもらえるじゃないですか。自分で録るものに関しては、そう考えるようになってきました。例えば、目をつぶって聴けば、録った場所が想像できるようなものとか、これまでとは違う体験ができるわけですからね。

--ギターの音はハイレゾでどうなりますか。

伊藤 生の楽器にマイクを向けると、自分の耳では聞こえないような、実にいろんな音を拾っていますよね。だったら、いろんな音を録って、それをすべて聴いてもらおうという考えです。

--それは、具体的にはどんな音ですか。

伊藤 ギターの場合、ハイレゾだと共鳴する音や倍音がよく聞こえますよね。チリチリするような倍音がクローズアップされると、以前は余計な音かなと思っていたんですが、いまはそれが面白いなと思っています。CDでは聞こえていない音が、ハイレゾだと聞こえてるなというのはすごく感じますね。

--では、e-onkyo musicのラインアップから、ゴローさんお薦めのタイトルがありましたら、ぜひご紹介ください。

伊藤 そうですね。今回作った『アーキテクト・ジョビン』では、ジョビンの『ストーン・フラワー』、『マチータ・ペレ』、『ウルブ』といった作品から選んだ曲が多いのですが、この3枚は彼のアルバムの中でも特にインスト曲が多く、僕も普段からよく聴いています。『ストーン・フラワー』からは、「Amparo(アンパーロ)」、「Children's Games(チルドレンズ・ゲーム)」を取り上げていますが、これらは後に歌詞が付けられ、それぞれ「Olha Maria(オーリャ・マリア)」、「Chovendo Na Roseira(ショベンド・ナ・ホゼイラ)」として知られる曲です。何とも言えない独特のムードがあって、僕はこの『ストーン・フラワー』が一番好きなんですよ。レコーディング自体はハイファイではないかもしれないけれど、ピアノの音とかにすごく趣があって、聴き応えがあるんです。

ゴローさんお薦めのハイレゾ作品を試聴

■『3D Binaural Sessions at Metropolis Studios』の楽しさ

--ゴローさんと言えば、e-onkyo musicのオリジナル企画としてロンドンで録音された『3D Binaural Sessions at Metropolis Studios』で作曲家の藤倉大さんらと共演していますね。

伊藤 とても楽しいレコーディングでした。藤倉君と共演するのは初めてでしたが、3Dバイノーラルというアイデアも面白くて、彼にも曲を書き下ろしてとお願いしました。僕が書いた「庭(Niwa)」は、本当に庭をゆっくりと散策し、巡って歩くような雰囲気がどう出せるかをみんなとディスカッションしながら録音しました。「雨点(Uten)」もそうですが、スピーカーで聴いても立体感があります。やっぱりダミーヘッドを使ったバイノーラル録音は面白いですね。マイキングに悩むこともないし(笑)。スタジオで、例えばチェロやピアノの近くで聴いてもらう感じがよく伝わるし、不思議なことにうるさくはならない。ヘッドフォンだとさらに面白いのですが、このアルバムはぜひ皆さんに楽しんでいただきたいですね。録音の様子を収録した映像もぜひご覧ください。

--ここで、新作『async』を発表した坂本龍一さんが、ゴローさんとも交流のあるパウラ&ジャキス・モレレンバウムとともにジョビンに捧げたアルバム『CASA』をハイレゾで聴いてみませんか。

伊藤 ジョビンの家のピアノ演奏が聴けるアルバムですね。自宅の部屋に置けるような、ちょっと小さめのヤマハなんです。アルバムにも表記されているように、曲によってジョビンの家と彼ゆかりのスタジオとで録音されているわけですが、いま聴いてみると「CHANSON POUR MICHELLE」や「ESTRADA BRANCA」あたりは、ジョビンのピアノの音という感じがします。楽器が想像できるいい録音だと思います。

--では最後に、e-onkyo musicのリスナーへ向けて、メッセージをどうぞ。

伊藤 僕は家で音楽を聴くとき、もちろんスピーカーを鳴らすこともありますが、実はヘッドフォンやイヤフォンで聴くのも好きなんです。眠りにつくときに音楽を聴いていると、もっと音数が少なくてもいいんじゃないかと思って、そういう曲も作ってみようと考えるんですが、なかなかそうはいかないですね(笑)。でも、今回のアルバムは要素が少なめなのでヘッドフォンで聴いても楽しんでもらえると思いますよ。


 後日、完成した音源を聴いて驚いた。インタヴューで本人が語っていた、作品全体の構想や音作りに対する細かなアプローチが見事に具現化されていたからだ。ドビュッシーをはじめ、クラシックの要素をかぎ取ることができる趣向も確かに面白い。だが、それ以上に唸らされたのが、弱音による表現の豊かさだ。フワリと現れては、スーッと消えていくそのサウンドが、実に鮮烈な印象を残す。そんな官能的な音の肌触りも、伊藤の目論みどおりなのだろう。インタヴューの中で、口達者とは言い難い彼が伝えようとしていたのも、この感覚ではないかと思う。特にハイレゾでは、弱音表現などに見られる演奏のニュアンスや、意図して拾っている楽器のメカニカルなノイズもより鮮明に聞こえてくる。
 繊細にしてスリリング−−−静けさの中に広がる刺激的な音の連なりに、聴く側の感覚も研ぎ澄まされていく。伊藤ゴロー・アンサンブルの『アーキテクト・ジョビン』は、そんな面白さもそっと教えてくれている。

撮影の準備中、即興で合わせてくれたのはハイレゾ再生していた村治佳織さんの『ラプソディー・ジャパン』の「さくら」でした


●レコーディング・クルーからのコメント

「楽器の質感や部屋の空気感を繊細に表現」
studio MSR 檜谷瞬六さん(レコーディング・エンジニア)

 今回は「小音量での質感を録る」というコンセプトが、ゴローさんとの事前の打ち合わせで決まっていました。そこで、オン・マイクをかなり多めに用意して、ピアノは下側にもマイクを立て、弦には弱音器を付けました。特にピアノは蓋を外してみたり、ハンマーにフェルトを入れてみたりと若干実験的なことを試みていて、通常のピアノの音をきれいに録るというのとは違ったアプローチになっています。そして、場所もレコーディング・スタジオではなく、こうしたサロン。同じ部屋でみんなで録ると、互いに音のカブリが生じるわけですが、一つの楽器に対して、10数本のルーム・マイクが立っている状態でもあり、そのランダム性がすごくいいんですよ。通常の録り方では得られない質感や立体感も出せるので、面白いなと思いました。
 部屋の鳴りは、スタジオとは確かに違いますが、音楽用に設計されているということでいい音です。壁に木材を使っているからか、温かい音で、クオリティの高いピアノもよく鳴っています。また、村治さんと遠藤さんの録音のときにゴローさんが話していたのは、オーソドックスなクラシックの録音より、弦に触れた音などもよりリアルに聴かせたいということ。今回は24bit/96kHzのハイ・サンプリング、ハイ・ビットで録音しているので、そのあたりも生々しく捉えることができますね。
 ミックスとマスタリングはSTUDIO Dede AIRで行いました。マスタリング用のモニター環境でミックスから行ったことで、楽器の質感や部屋の空気感を繊細に表現することができたと思います。ノイズも音楽的に活かしていこうというコンセプトでもあったので、あえてコンプレッサーを入れて部屋のノイズやピアノのペダルの音を強調したりしている曲もあったりしますね。
  今回使用させていただいたACOUSTIC REVIVEの製品はどれも、とてもノイズ対策がしっかりしています。レコーディング・スタジオではない外の施設での録音では電源にノイズが乗りやすく、音質に悪い影響を及ぼしてしまうことがありますが、使用してみてタップやケーブルの効果を非常に感じました。また、サロンでの録音といってもオーバー・ダブなどの必要があったため、LANケーブルで音声転送をするタイプのキュー・システムを持ち込んだのですが、ACOUSTIC REVIVEのLANケーブルを使用すると音質が別物のように違います。これはスタジオでも使用したいですね。

「いい音を持って帰ってもらうために用意した多数のヴィンテージ・マイク」
STUDIO Dede RECORDING吉川昭仁さん

 エンジニアの檜谷さんと今回の録音ついて打ち合わせた際に、大事にしようと話していたのが「トランジェントをつぶさないこと」でした。詰まった感じの音ではなく、自然に聴ける音にしようということですね。帯域の上から下まできれいに録音できるように気を遣い、録りの段階ではコンプレッサーも使用していません。そして今回は、スタジオとは違うリビングのような雰囲気の中で、しかし通常のロケーション・レコーディングでは使わないようなヴィンテージ・マイクを多数用意しました。檜谷さんが録ったゴローさんの前作『捨てられた雲のかたちの』を聴かせてもらうと、本当にいい音でした。ぜひ今回も、いい音を持って帰っていただきたいですね。そして今回は、ACOUSTIC REVIVEの各種ケーブルや電源タップなどの貢献も大きかったと思います。

「みんなで協力して音楽を作り上げる素晴らしい現場」
ACOUSTIC REVIVE 岩谷愛美さん

 ACOUSTIC REVIVEでは、電源ケーブルや電源タップ、D-Subケーブルのほか、キューボックスに使用するLANケーブルなどを提供させていただきました。ゴローさんの作品に協力できるのは私たちとしてもありがたいことです。アットホームな雰囲気の中、ゴローさんをはじめ制作に携わる皆さんが協力し合って一つの音楽を作り上げている感じで、とても素晴らしい現場でした。


●写真で綴る『アーキテクト・ジョビン』レコーディング・レポート

4月3日と4日にレコーディングが行われたヤマハ銀座ビル別館フロアの全景。3日に「Jardim Abandonado(アバンダンド・ガーデン)、「Arquitetura de Morar(アルキテトゥーラ・ヂ・モラール)」、4日は「Olha Maria(ごらん、マリア)」、「Luiza(ルイーザ)」、「Chovendo na Roseira(バラに降る雨)」の計5曲が録音されました

曲ごとにテンポや演奏のニュアンスについて話し合い、伊藤ゴローさんが方向を決めて進められていく録音

今回の録音で特に気を配っていたポイントの一つがピアノの音色。ピアニストは澤渡英一さん

リハーサルでは演奏者からも様々なアイデアが出てくる

演奏をモニターする伊藤ゴローさん

初日のレコーディングに臨んだ皆さん。左から、鳥越啓介さん(Cb)、澤渡英一(Pf)さん、伊藤ゴローさん、結城貴弘さん(Vc)、沖増菜摘さん(Vn)、伊藤彩さん(Vn)、三木章子さん(Vla)

4月4日にはゲストを迎えての録音も。村治佳織さん(左)と遠藤真理さん

「ジョビンはよく聴いていましたが、弾いてみることでメロディの美しさが分かり、楽しかったですね。即興のようでいて、けっこう考えて作られているところがあり、それはクラシックの作曲家たちにも通じます。実は私自身、最近はブラジルの作品にも目が向いているところだったので、すごく面白かったです」(村治佳織さん)

「今日はすごく楽しかったです。こういうアルバムを作ろうというゴローさんの考えも素敵だし、憧れの佳織さんとレコーディングできたことも嬉しかったですね」(遠藤真理さん)

レコーディングを終えて

弱音表現のため、ピアノのハンマーと弦の間にフェルトの生地を挿む作業。ヤマハピアノアーティストサービス東京の調律師・大丸和彦さん(手前)と、同社の一瀬忍さん。[写真提供:333DISCS]

特別なアプローチで録音するため、屋根(蓋)が取り外されたグランド・ピアノYAMAHA CFX。鍵盤周りも、下口棒などのパーツが外され剥き出しの状態に

多数のマイクを次々とセッティング・調整していくエンジニアの檜谷瞬六さん

フロアの一角に設置された録音機材。モニター・スピーカーはGENELEC 1030A

アウトボードは上から主に、NEVE 1272(マイク用プリアンプ)、APOGEE Symphony I/O(Pro Tools用のオーディオ・インターフェース)、MERGING TECHNOLOGIES Horus(ネットワーク・オーディオ・コンバーター)など。「全体のトーンを決定づけるピアノのオン・マイクには、質感がちょっと強めのマイク・プリNEVE 1272を選びました。Horusは、ここでは18ch分のマイク・プリとして使用しています。録音フォーマットは96kHz/24bitで、Pro Toolsの内部処理は32bitで行っています」(檜谷さん)



バイオリンとビオラ、チェロのオン・マイクSONY C37A(AC701仕様、写真上)とオフ・マイクKORBY AUDIO TECHNOLOGIES KAT4 67(写真下)



ピアノのオン・マイクにNEUMANN 49(写真上)とAEA R44 CNE(写真下)

ピアノはさらに下からもROYER R-121をセット

コントラ・バスのオン・マイクTELEFUNKEN U47



ルーム・マイクとしてフロアの中央にセッティングされていたのが2本のAKG C414(写真上)とEARTHWORKS QTC30(写真下)。「C414はスペースの都合もあり真ん中に設置しましたが、位相がきれいなXYペアにしています。ミックスで少し足すことで、音に立体感を持たせることができます」(檜谷さん)

村治佳織さんのギター用オン・マイクTELEFUNKEN ELA-M 250E

遠藤真理さんのチェロ用オン・マイクはTELEFUNKEN U47とAEA R44 CNE

演奏者のモニター用に提供されたヘッドフォンはPIONEERのハイレゾ対応モデルSE-MHR5。写真はビオラ奏者の三木章子さん

ヴィンテージ・マイクの各種電源

今回の録音を影ながらサポートしていたACOUSTIC REVIVEの電源タップやケーブル類の一部

レコーディング・クルーの皆さん。左から檜谷瞬六さん、本作のマスタリングも手掛けた吉川昭仁さん、ACOUSTIC REVIVEの岩谷愛美さん