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鈴木祥子が贈る前代未聞のスタジオ・ライヴ第2弾『しょうことスタインウェイのお正月』の模様をDSD 11.2MHzで!

2017/03/04
独特な歌詞世界とヴォーカル・スタイルで、男女を問わず多くのファンを魅了し続けているシンガー・ソングライターの鈴木祥子さん。2016年7月に行われた『しょうことスタインウェイの午後』に続き、2017年の1月には『しょうことスタインウェイのお正月』が開催されました。レコーディング・スタジオ「音響ハウス」で、多くのオーディエンスに囲まれながらDSDにダイレクト録音するという斬新な試みはどのようにして実現したのでしょうか。ご本人へのインタヴューと共に綴ったレポートをお楽しみください。

取材・文・撮影◎山本 昇


『1/7レコーディング・ライブ『しょうことスタインウエイのお正月』』/鈴木祥子







 シンガー・ソングライター鈴木祥子の“スタジオ・ライヴ”が面白い。放送局のスタジオ収録でも、ライヴ・ハウスやホールでのライヴ・レコーディングでもなく、録音作業を行うための専門施設であるレコーディング・スタジオに多数の観客を呼び込んでライヴを敢行するという、なんとも掟破りな企画である。かつての劇判の録音でも、これほど大人数の出入りはそうはなかったはずだが、本当にそんなことが可能なのだろうか……。  場所は、1970年代以降、数々の名盤を産み出してきた東京・銀座にある老舗のレコーディング・スタジオ「音響ハウス」。まだ正月気分も抜けきらない2017年1月7日、その第1スタジオには確かに120名ものファンが詰め掛けた。当スタジオは、彼女自身にとってもEPICソニー時代のアルバムで使用したこともあり、馴染み深い場所だと言うが、果たしてどんな経緯でこのようなスタジオ・ライヴが展開されることになったのか。終演後に行ったインタヴューで、そのあたりもじっくりと聞いてみたのでご覧いただきたい。


■発端は「スタインウェイを鳴らしたい」という欲求

--そもそも、このスタジオ・ライヴの試みはどんな発想から来たものなのでしょうか。

鈴木祥子(以下、鈴木):元々の発想は、「スタインウェイを自分流に鳴らしてみたい」というところから来ています。このピアノが弾ける環境は、クラシックのホールや一流のレコーディング・スタジオなどに限られます。私の自宅には、小さな頃から弾いている大切なアップライト・ピアノがあり、いまも普段の練習はこのピアノで行っています。でも、低音から高音までの透明感や美しさという点では、アップライトでは当然限界があります。曲がりなりにもピアノを弾いてきた者であれば、あの豊かで透明感のある音を自分で弾いてみたい。そして、できることならあの音と一体になって自分のものになるところまで行ってみたい。そんな自分の欲求と言いますか……向上心と言ったらちょっと格好良すぎなんですけども(笑)、そういったことが発端となりまして、ここ音響ハウスのスタインウェイを弾かせていただくことになりました。  レコーディング・スタジオですから、素晴らしい音をリアルタイムに録音できるのはもちろんなのですが、そこにお客さんをお呼びすれば、普段のライヴ・ハウスやホールとはまた違った臨場感やスリルを楽しんでいただけるのではないかと。今回の企画はつまり、スタインウェイ→音響ハウス→お客さんという三段階の思考プロセスを経て実現したものなのです(笑)。

--こう言っちゃなんですが、スタジオもよくOKしましたよね(笑)。

鈴木:私もこんな実験的なことをやっていいのかと思いながらご相談させていただいたのですが(笑)、音響ハウスとしても新しい形のビジネスを模索しているところだったそうで、ブッキング・マネージャーの方が意外にも「それ、面白いね!」とすごく乗ってくださったのがはじまりというか。そんな流れで2016年の7月に最初のスタジオ・ライヴ『しょうことスタインウェイの午後』を行い、続いて今回の『しょうことスタインウェイのお正月』を開催するに至りました。

--前回のスタジオ・ライヴに来たお客さんの反応はいかがでしたか。

鈴木:これが皆さん、「すごく面白かった」と言ってくださって。いつも聴いているライヴの音とは違う不思議な空間であるレコーディング・スタジオに入るということが新鮮だったようです。そして、コントロール・ルームにいらっしゃったお客さんは、初めてスタジオのモニター・スピーカーの音が聴けて嬉しかったと、大変ポジティヴな反応をいただきましたので、これはぜひシリーズとして続けてみたいと思いました。

楽しいMCで観客の緊張もほぐしていく鈴木祥子さん



■アナログ vs. デジタルの構図を一新させたDSD録音

--祥子さんにとって、レコーディング・スタジオとはどんな場所なのでしょう。

鈴木:なんかホームみたいなものですね。私自身はそれほど詳しいわけではないのですが、スタジオの録音機材に囲まれていると安心するし、包容力を感じるんですよ(笑)。宅録では味わえない、レコーディング・スタジオならではの感じかなと思いますね。

--レコーディング技術にただならぬこだわりを見せる祥子さんにとって、“ハイレゾ”にはどんなメリットを感じますか。

鈴木:アナログ・ブームと言われる中、実は私もアナログの音が好きで、レコードを出したり、カセット・デープを出したりしているんですけども、一方では制作現場で積み上げられたデジタルの世界があります。これまでは、アナログ vs. デジタルという図式で、どっちを取るかみたいなことを考えていた時代が長かったんです。でも、ハイレゾの、特にDSDの音を聴いて、そんなアナログとデジタルの対比とは別の場所にあるもので、すごく未来のあるフォーマットだと感じたんですよ。臨場感と透明感が際立っていると思います。

--前回の『しょうことスタインウェイの午後』もDSD 11.2MHzで配信されています。ご本人の印象は?

鈴木:やはり臨場感があるので、あの音の中にもう一度入っていくような感じがしたのと、すごく客観的に聴けたんですよ。主観と客観が交じり合う、非常に独特な感じがしました。これまでのライヴ・レコーディングと言えば、すごく主観的に「ここはちょっと音程がずれたな」とか、粗が目について細かい耳で聴いてしまうところがあったのですが、DSDだとその場にいるような感じなので、あまり失敗していることを考えずに済むというか……。音がある場所に自分がふっと入って、包まれているような雰囲気がそう感じさせるのでしょうか。

--いろんな方に聞いても、確かにそんな感じがDSDの特徴だと捉えている人は多いですね。やはりPCM系の音とは違うと?

鈴木:そうですね。アナログにいちばん近い音と言われますが、確かにその点は「なるほど」と思います。音に無理がなくて、広がりがあり、その場にいるように感じられる。CDとは別の音世界だなと感じますね。

■“トライアングル方式”で選曲されたセット・リスト

--ドラムにギターと、さまざまな楽器をマルチにこなすミュージシャンである祥子さんにとって、本業と言えるのがピアノですね。この楽器に対する思い入れは?

鈴木:先ほどお話しした自宅のアップライト・ピアノは、いつも一緒に過ごしてきたもので、自分の分身のような一体感があります。だから、これだけは絶対に手放すことはできません。あのピアノがなくなったりしたら、きっと私は一日だって普通にしていられないですね。元々はクラシックのピアニストになりたくて、それに挫折してポップスのほうに行ったりしたものですから(笑)、あのアップライト・ピアノではクラシックの練習もたくさんしました。

--ここ音響ハウスのスタインウェイはいかがでしたか。

鈴木:難しかったですね。スタインウェイもモデルによっては、私のようなアップライトに慣れた手で弾いても上から下まではっきりと響いてくれるような鳴らしやすいものもあるんです。音響ハウスのスタインウェイは本当に繊細で、鳴らすのが難しかったです。

--スタジオにお客さんが入っていると、演奏にもいい影響がありますか。

鈴木:やっぱりお客さんの反応をけっこう見ちゃいますね。「飽きてない? 退屈してない?」って(笑)。でも、それがまたいい刺激になると言いますか……。緊張感を保ちつつ、客観的になったり、またそう言いながらも入り込んでしまう部分もあったりして、非常に忙しく内面が動いている。そんな自分のドキュメントを見ていてくれるお客さんがいるという、そうした全てのプロセスが、スタジオ・ライヴのスリルであり、面白さなのかなと。私にとってはこの全体が一つのものなのかなと思っています。

--今回のセット・リストについてご説明いただけますか。

鈴木:今回の選曲は“トライアングル方式”と勝手に命名しました。新年らしく、平安時代の歌合(うたあわせ)のように曲が連なっていって、始めと終わりで違う世界になっているという趣向を意識して、3曲ずつをタペストリーみたいにつないでみました。最初の3曲は「(セカンド・ハンド・ラヴの)セカンドに甘んじている女性の歌」(笑)。次の3曲は、そこから旅立つんだけど、まだその恋人や恋に対する想いが消えない「哀しく切ない歌」。次の3曲が、私のラヴ・ソングの中でも超越感があり、“永遠”とか大きい言葉を使っているもので、自分の内面に問いかける歌だったり、もういない人に歌いかけたりといった、「自分を超越した、ある宗教的な感情を表した曲」。そして、最後の2曲は比較的ハッピーな感じで「そこから旅立つ歌」という流れです。で、アンコールはロックン・ロールで終わるという(笑)。

--発表された時代は異なるけれど、テーマや背景が似ている曲を組み合わせて順に演奏する。なかなか面白い試みですね。

鈴木:聴く側も、曲によって「懐かしい」と思ったり、「これは最近聴いたよね」と思ったり。だから、全体としては「旅」がテーマになっているんですよ。やってる方もそうですし、聴いてくれる方にとっても聴いていた頃を思い出したりしながら、マインド・トリップしてもらえたらいいなと思いますね。



 実際、この日の鈴木祥子はすごかった。通常のレコーディングであれば、自分の歌唱や演奏にひたすら集中すればよいところ、今回は多くの観客が固唾を呑んで見守っているという状況である。しかも、観客は普段のライヴ会場とは勝手の違う場所とあって、やや緊張気味だ。しかし、そこはすでに長いキャリアを持つ彼女のこと。随所に軽妙なMCを挟みながら、聴衆をいつの間にかリラックスさせてしまう。観客が心地よさそうにしていれば、場の雰囲気もよくなり、演ずる側も気持ちよく音楽することができる。そんな好循環を生む術を会得しているのだろう。全11曲を、録り直しのきかない一発録音でやり切ったのはさすがだ(さらにアンコールではリクエスト2曲を含む5曲を披露した)。
 終演後、観客に感想を求めてみると、ブースの中でヘッドフォンで聴いていたという20年来の男性ファンは、「すごく音が良かったです。リヴァーブの加減も絶妙で、すごく自然な感じがしました。クリアな音はすさがスタジオだなと思いました。(この試みは)とても良かったですよ」と語り、また、前回に続いて参加したという、やはりファン歴20年の女性は、「声と楽器がダイレクトに伝わってくる感じが素晴らしいなと思いました。こんなスタジオに足を踏み入れる機会はなかなかありませんが、こういうところで音楽が作られていることが分かって、興味深かったです」と、話してくれた。

■クオリティとライヴ感の両立も見事なエンジニアリング

 レコーディング・スタジオを舞台にした前代未聞のライヴ・レコーディング「しょうことスタインウェイのお正月」の模様はe-onkyo musicでDSD 11.2MHzなどのハイレゾで配信される。このような興味深いプログラムを今度はハイレゾで追体験できるのだから面白い。それもこれも、鈴木祥子というアーティストの並々ならぬ情熱と力量の成せる業なのだが、忘れてはならないのがこれを影ながら支えた当スタジオのエンジニアたちの存在だ。
「レコーディング・スタジオのクオリティはそのままに、ライヴ感も出したかったのですが、そこはどうにか上手くできたかなと思っています」
 そう語るのは、今回のプログラムを担当した音響ハウスのレコーディング・エンジニア、中内茂治氏だ。例えば、録音が行われたスタジオのメイン・フロアにも、今回はたくさんの観客が入っているため、モニター・スピーカーを設置して鈴木祥子のヴォーカルを補強している。
「できる限り生の質感を保って聴いていただけるように心がけました。いわゆるPAとは違う感じになったと思います」(中内さん)
 すべての観客にいい音を提供することはライヴ音響の鉄則だが、これはつまり、通常のレコーディングではあり得ない、音のカブリを心配しなくてはならないということでもある。しかし、モニターの設置場所やマイクの角度などを工夫することで、録音への影響はほとんどなかったというから、お見事というほかはない。
 ちなみに、客席はメイン・フロアのほか、大きなミキシング卓のあるコントロール・ルーム、楽器を個別に録音する際に使用されるブースにも用意された。ブースでは、ミュージシャンが実際に使用するヘッドフォンによるモニタリングを体験。そして、コントロール・ルームの観客は、まさに“スタジオ・クオリティ”の音を目の当たりにすることに。
「生音重視で行ったこのライヴは、DSDで録音することによって、より伝わるんじゃないかと思います。実は、コントロール・ルームでのモニターはDSDからの出力で行っていました」(中内さん)
 そこに居合わせた人たちには、非常に得難い体験となったことだろう。この日を振り返って、中内さんは次のように語ってくれた。
「祥子さんの歌はかつて“情念系”とも言われたことがあるように、ご本人の気持ちがすごく伝わってくるのが特徴です。今回のスタジオ・ライヴでもピアノと歌が連動した、一心同体な感じが上手く伝わってくるのが素敵だなと思います。今日も11曲をぶっ続けで演奏されましたが、どれも引き込まれますね。録らせてもらっていて、これはすごいなと思いました」
 鈴木祥子というアーティストの、気持ちのこもった弾き語りを、ぜひハイレゾで味わってみて欲しい。

■今年はリズムとロックン・ロールにこだわりたい

 そしてなんと、2017年3月4日には新曲「(Don't wanna be)SAVED」のDSD配信がスタートし、さらにスタジオ・ライヴ第1回シリーズのファイナルとなる第3弾『LIVE CANDY APPLE RED1997→2017』を開催。場所は同じく音響ハウスだ。「今度はバンド編成となりますので、皆さんどうぞいらしてください。ついに音響ハウスをライヴ・ハウスにするのかと、スタジオの方には怒られそうですが(笑)」と、鈴木祥子の野望は遠慮なく続いていくのである。最後に、今年の目標を尋ねると、こんな答えが返ってきた。 「2017年は、リズムとロックン・ロールにこだわって、自分にとってリアルな音をたくさん産み出したいと考えています。皆さんにはそれを楽しんでいだきたいと思いますので、ぜひついてきてください!」
 この人の動向から当分目が離せない。

第1スタジオに常設されているスタインウェイ(ハンブルグ・フルコンサートモデルD)。
その音を捉えるのは2本のNeumann U67



ヴォーカル・マイクはNeumann(ノイマン)のU47






オーディエンス・マイクはNeumann U87(×2)[写真上]、
B&K 4003(×2)[下]の2系統を無指向性で使用



客席用に設置されたモニター・スピーカーからは祥子さんの歌と
そのリヴァーブ成分が控えめに鳴っていたが、これは本人用の返しにもなっている



SSLの巨大なミキシング・コンソールSL9064Jを操るエンジニアの中内さん。
「録音されたものではありますが、聴いた方がその場にいたと思えるような
作品に仕上げたいですね」



ヘッド・アンプはU47にADT Audio V778eという新しいモデル、それ以外は主にShep 1073を使用。
右上のEmpirical Labs Distresserはヴォーカルに用いたコンプレッサー。コンソールでミキシングした2ミックスにはNeve33609を通しているが、コンプとしては機能させておらず、質感とレベルの調整に留めているという。リヴァーブはLexicon 480Lをメインに、鉄板エコーEMT-140もごくうっすらと、
スタジオ・ライヴの雰囲気に合わせて使っているとのこと



DSD256(11.2MHz)に対応するMerging TechnologiesのPyramix。
こちらのオペレートは同スタジオのエンジニア、石井亘さんが担当した



観客で埋まったメイン・フロア。これほどの大人数が詰め掛けたのは
スタジオ創設以来の初の出来事という



メイン・フロアの奥にあるブースでも画面を見ながらヘッドフォンによる試聴が可能



コントロール・ルームの様子。こちらの観客は、レコーディング・スタジオの
ラージ・モニターでライヴを鑑賞するという非常にレアな体験に恵まれた



『しょうことスタインウェイのお正月』(2017年1月7日)のセット・リスト

01. Sweet Basil
02. A型のこいびと
03. 恋は罪
04. サンデーバザール
05. いつかまた逢う日まで
06. 苦しい恋
07. 両手いっぱい
08. Sweet Thing
09. そしてなお永遠に
10. 旅立つことを決めれば(新曲)
11. 風に折れない花
Encore
01. Rock'n'Rollお年玉~Come on,Let's go~Rock'n'Rollお年玉(大滝詠一/McCoys)
02. この世のどこかに
03. まだ30代の女(uncompletedヴァージョン/リクエスト)
04. Swallow(リクエスト)
05. Love me tender(Elvis Presley)


◆鈴木祥子 関連作品


『Candy Apple Red』/鈴木 祥子