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UK「メトロポリス」のベテラン・エンジニア、スチュアート・ホークス氏が語る“マスタリング哲学”

2016/04/28
1989年にロンドンに創設されたメトロポリス・スタジオ。数年を経て1993年マスタリング・スタジオ「メトロポリス・マスタリング」がオープン。そこでは現在8人のエンジニアが世界中のアーティストの作品を手がけ、多数のグラミー賞も受賞しています。そんな同スタジオのベテラン・エンジニアの一人で、エイミー・ワインハウスやロード、エド・シーランなどのマスタリングを担当してきたスチュアート・ホークス(Stuart Hawkes)さんがプロモーションのため来日した機会に、彼のマスタリング手法やその哲学について話を伺いました。

取材・文◎小池千尋 インタビュー撮影◎山本 昇
■ エイミー・ワインハウスの思い出

−− 今回は何回目の来日ですか。

 7年ぶり3回目です。

−− あなたは世界中のアーティストの作品をマスタリングしていますが、その中で日本のアーティストの作品も多く手がけていますね。日本の音楽や、そのマーケットについてはどんな印象を持っていますか。

 日本の音楽マーケットについて、CDの中にチケットが入っていてアーティストに会えるのは、素晴らしいアイデアだと思いますね。お客さんは何枚も同じCDを買って、アーティストに会うために並ぶんでしょう? 偉大なビジネス・モデルですね。UKでも同じことをしたら流行るかどうかわかりませんが(笑)。
 日本の音楽作品はたくさんマスタリングしていますが、どれもイノベイティブで面白いですよ。

−− エイミー・ワインハウスさんの作品も手がけていらっしゃいますね。

 彼女の『Back to Black』や、彼女の死後に発売された『Lioness』などをマスタリングしました。『Lioness』を彼女が亡くなった後にマスタリングをした時は、悲しかったですね。

−− エイミー・ワインハウスさんの『Back to Black』はグラミー賞を受賞したんですよね。

 2008年に、エイミー・ワインハウスはグラミー賞6部門(年間最優秀レコード賞、年間最優秀楽曲賞、最優秀新人賞、最優秀女性ポップ・ボーカル・パフォーマンス賞、最優秀ポップ・ボーカル・アルバム賞、最優秀アルバム賞)にノミネートされました。そして、1度に5つものグラミー賞を取ったんですよ!

−− その『Back to Black』のマスタリングについて、思い出はありますか。

 『Back to Black』のデモを聴いたときのことを覚えています。聴いてすぐに「おお、この曲は素晴らしい!」と思いましたね。このデモには、他の作品と比べても、ずば抜けて特別なものを感じました。だから、私はアイランド・レコードに連絡して、このアルバムを私にマスタリングさせてほしいと言ったんです。そうしたら、アイランド・レコードのDarcus Beese氏が「OK、君の仕事はいつも評価しているし、この作品のマスタリングを任せよう」と言ってくれました。
 しかしその後、このアルバムのレコーディング期間が伸びてしまって……。私は家族と休暇をとる予定を立てていたので、その前にレコーディングが終わらなかったら、私がマスタリングすることはできないのではないかと心配しましたが、音源が2日前に上がってきたので、なんとかこの機会を逃さずにすみました。

■ それぞれの作品がチャレンジの連続だから楽しい

−− 次は、あなた自身について質問です。マスタリング・エンジニアになって25年くらい経つそうですね。

 そうですね、でも実際はもっと長いかもしれません。今46歳なのですが、16歳で学校を出てからすぐに働き始めたから、もう30年くらいになりますね。私はテイプ・ワン・スタジオで働き始めて、その後にロンドンのマスターピース・マスタリング・スタジオに入りました。そして、今から20年くらい前にメトロポリス・マスタリングで働き始めたのです。
 最初のテイプ・ワン・スタジオに入った頃は、雑用係、お茶汲みから始まって、テープの管理係、カセットやオープンリールのダビング係を経て、ようやくその後、アナログのカッティングも含めたマスタリングの仕事ができるようになりました。

−− どういうきっかけでマスタリング・エンジニアになったのですか。

 それは“間違い”から始まったんです(笑)。本当はレコーディング・スタジオで働いて、レコード・プロデューサーになりたかったんです。そのためにたくさんのスタジオに応募したら、その中で一つだけ、「雑用係に空きがあるから面接に来てください」という返事をもらいました。運良くそこで仕事にありつけたのですが、初日に行ってみるとコンソール機材だけが置いてあるスタジオだったので「バンドは、このスペースのどこに入るんですか?」と聞きました。私はレコーディング・スタジオに入ったつもりだったのですが、「いや、ここはマスタリング・スタジオだよ」と言われて……。当時の私はマスタリングという言葉を聞いたこともなかったので彼らに教えてもらいました。というわけで、偶然マスタリング・エンジニアになったのです。

−− 今はマスタリング・エンジニアになってよかったと思っていますか。

 そうですね。それぞれの作品を手がける度に、毎回非常に楽しんでマスタリングしています。その日その日で取り掛かる作品や内容も違うし、それに合わせて扱いかたも変わるのでチャレンジの連続です。テクノロジーも日々変わっていくので、それもチャレンジングですね。

〈終始和やかに質問に答えてくれたスチュアートさん〉

■ デジタルとアナログを掛け合わせたマスタリング

−− 具体的に、どんなマスタリング機材を使っているのでしょうか。

 ほとんどの音源はデジタルのデータで私の元に届きます。そして、私はそれを大概アナログに変換してから使います。
 デジタルからアナログに変換するときはDAコンバーターを使用し、アナログのEQも複数使いながら、ケーブルもいくつか試した中で一番いいものを使ってアナログ化します。望ましい形でアナログに取り込めたら、今度はADコンバーターで変換してDAWソフトのSADiEに取り込むのです。
 SADiEに取り込んだ後は、プラグインのコンプレッサー、リミッターをかけて音圧調整します。このように、昔のアナログ機材と今の新しいデジタル機材とを掛け合わせて作業しているんです。
 スピーカーは何を使っているかというと、ラージ・モニターはPMCのフラッグシップ・モデルBB5 XBDです。とても大きいスピーカーですが、大きい音を出そうという目的で使っているのではなくて、音域の下から上までバランス良く再生できるスピーカーだから使っています。ニア・フィールドはリボン・トゥイーターを使っているUNITY AUDIO、ヘッドフォンはAUDEZEのものを使っています。モニタリングは、これら3つを使って行っています。
 マスタリング・コンソールには、EQのアナログ・ユニットが複数あって、すぐに切り替えることができます。切り替えながら、どのサウンドがベストか選ぶのです。ステレオ・イメージを広げたり、低域をフィルターしたりなど、いろいろなマスタリング機能が織り込まれています。
 また、スタジオの部屋は、フローティング構造になっています。メトロポリス・スタジオは、もともとロンドンの地下鉄に電力を供給していた発電所の建物を利用しているので、天井も高いし、壁も厚くて理想的な建物です。

−− アナログ・レコードのカッティングも頻繁に手がけているのですか。

 かなり多いですよ。イギリスでは、近年レコードの売り上げも上がっているようですしね。ここ2年くらいで200~300%上がってきているそうです。そういうわけで、カッティングの仕事もたくさん来ていますよ。

−− メトロポリス・マスタリングでは、ハーフ・スピード・カッティングも行っているそうですね。

 ええ、やっていますよ。ハーフ・スピード・カッティングでは、アナログ・テープを半分のスピードで再生し、カッティング・レースも半分のスピードで回します。そのことによって、より正確に詳細に音溝を刻むことができるのが特長です。

−− では、今は一つの作品に対して、CD、ハイレゾ、アナログの各種類でマスタリングを行うことが多いのでしょうか。

 そうですね。まずはCD用にマスタリングして、その他にハイレゾも作りたいという要望があれば、もう一度CDと同じセッティングを使って96kHz/24bitでマスタリングします。
 アナログ・レコードも作るのであれば、用意できる最高のスペックのフォーマットを使用するので、ときには96kHz/32bitから作ることもあります。SADiEには32bitで取り込んでいますしね。
 96kHz以上のサンプリング周波数は使っていません。私は、PRISM SOUNDのDA-2とAD-2が最高のDA/ADコンバーターだと思っているのですが、同ブランドからも96kHz以上の対応機は出ていませんし、扱える数値が大きければさらに素晴らしい音が出せるとは限らないので、96kHzで十分だと思っています。

−− ハイレゾのダウンロード・サービスについてはどう思われますか。

 とてもポジティブな方法だと思います。非常に便利ですし。ちょっと高いけど(笑)。音をどう評価するかはディテールの部分で決まると思うのですが、MP3やAACの圧縮ファイルで満足する人がとても多い反面、クオリティを求める人にとってはこういうサービスが必要だと思いますよ。


■ マスタリングですべての作品をハイクオリティな音質に

−− あなたにとって“マスタリング”とは何ですか。

 ズバリ、“品質管理”ですね。音源が私のところに届いた時点で、すでに素晴らしく仕上がっているものもあります。音量も適切で、ベースも整っていて、ほとんど何もしなくても良い状態。その場合は、私のする仕事はあまりないので、自分の痕跡が残せなくてある意味残念ですけどね。
 一方で、サウンド・クオリティという意味で、クオリティが高いものもあればそうでないものもあるので、そこを私が調整します。EQの調整をしたり、ステレオ・イメージを調整したり、コンプレッサーをかけたり、低域を足したり、いろいろなことをします。そして、すべての作品をハイクオリティにするのです。
 また、一つのアルバムの中で、曲によって複数のプロデューサーが関わっているケースがあります。ミックスする人によっても各曲の音が変わってきます。そうすると、すべての曲を1枚のアルバムにするときに、各曲で音量の違いが出てしまいます。それぞれの曲の特徴を残しつつ音量の違いを合わせて、一つのアルバムとしての連続性もうまく表現するというのがマスタリング・エンジニアの仕事です。それぞれの曲がもともと持っている音楽性を全部引き出してあげることが大切です。

−− マスタリングではどんな音を目指しているのでしょうか。それはアルバムによって違うものですか。同じものですか。

 扱っている音楽はジャンルも様々ですし、アグレッシブな曲もあればそうではない曲もあったり、作品ごとに違います。経験則でその作品がどういったものを求めているかを判断して、そのゴールを達成するために機材を選んだりして、マスタリングをしていますね。

−− 音楽ジャンルでは、EDM(エレクトロニック・ダンス・ミュージック)の作品を多く手がけられていますね。

 自分の好みでEDMを選んで仕事をしているわけではありませんが……。EDMのアーティストたちは、デジタルで音作りをし、クリーンでパンチが効いた音やクリスプな音を好むから、私に仕事が来ることが多いのかなと思います。
 クラシックはほとんど手がけていませんが、録音したそのままの音を残すことが重要視されるジャンルですね。

−− クラシックでは最近、エレーヌ・グリモーの『Water』をマスタリングしていますね。

 ああ、そうでしたね。あのアルバムをプロデュースしているニティン・ソウニーが、私のクライアントなのです。このアルバムをマスタリングしたときは、音量のバランスを調整したり、ケーブルをいろいろ試しただけです。EQは少し使ったけれど、リミッターとコンプレッサーは使っていません。

−− マスタリングでは、どんなケーブルを使っているんですか。

 2種類使っていて、一つは自分で作ったケーブルと、もう一つはTHE CHORD COMPANYのケーブルです。どちらがいいということで選ぶのではなくて、それぞれ違うサウンドだから、その作品に合ったケーブルを選びます。

−− エンジニアとして、よい耳を保つために心がけていることはありますか。

 ボリュームを大きくしすぎないということが、まずとても重要です。私の場合は、最大86dBまでと決めています。WHO(世界保健機関)が提唱しているガイドラインが、たしか86dBだったと思います。
 また、私は継続的には大きな音では聴かないように心がけていて、5〜10分聴いたらボリュームを下げて、ケーブルを変えてみたり他の作業をして、またボリュームを上げて……ということを繰り返します。編集作業をするときは必ずしも大きな音で聴く必要はないですし、耳にダメージがないように常にボリュームはできるだけ下げるようにしています。
 あと、長く作業をし過ぎないことも心がけています。自分の仕事上、耳を痛めてしまうことは仕方がないところでもありますが、できるだけそのようなことがないように気を配っているんです。

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 スチュアートさんがマスタリングを手がけた音楽は、日本でもよく耳にすることが多い。それらの音楽は、デジタルを一度アナログ化するというこだわりのマスタリング手法を通して生まれていた。UKのメトロポリス・マスタリングから、今後もさらに多くの良質な音楽が私たちの耳に届くことだろう。

〈メトロポリス・スタジオ
1989年の設立以来、常にUKトップ・チャートの50%を占めるヒットを生み出してきたというロンドンにあるインディペンデント・レコーディング・スタジオ。クイーンやローリング・ストーンズ、U2、アデル、ドレイク、will.i.am、リアーナ、布袋寅秦など多くのアーティストに愛されるレコーディング・スタジオはヨーロッパ最大級の規模を誇る。マスタリング・エンジニアは現在8名が在籍し、スチュアート・ホークス氏のほか、セックス・ピストルズを手がけたティム・ヤングやレッド・ツェッペリンの一連のリマスタリングやラナ・デル・レイ、FKAツィグスのマスタリングで世界のトップ・レベルと評価されたジョン・ディヴィスらが所属している。近年ではカタールにある「メトロポリス・スタジオ・カターラ」がオープンした。〉


● スチュアート・ホークスさんが手がけたハイレゾ作品

『Back To Black』
Amy Winehouse

『Stories』
Avicii

『ウォーター』
エレーヌ・グリモー&ニティン・ソウニー

『Beautiful Lies (Deluxe)』
Birdy

『Phase[Deluxe]』
Jack Garratt

『Adore』
Jasmine Thompson

『Blood』
Lianne La Havas

『Pure Heroine』
Lorde

『southview』
MONKEY MAJIK

『10』
大橋トリオ

『A Town Called Paradise[Deluxe]』
Tiësto