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連載『厳選 太鼓判ハイレゾ音源はこれだ!』 第34回

2016/03/25
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【バックナンバー】
<第1回>『メモリーズ・オブ・ビル・エヴァンス』 ~アナログマスターの音が、いよいよ我が家にやってきた!~
<第2回>『アイシテルの言葉/中嶋ユキノwith向谷倶楽部』 ~レコーディングの時間的制約がもたらした鮮度の高いサウンド~
<第3回>『ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱付き」(1986)』 NHK交響楽団, 朝比奈隆 ~ハイレゾのタイムマシーンに乗って、アナログマスターが記憶する音楽の旅へ~
<第4回>『<COLEZO!>麻丘 めぐみ』 麻丘 めぐみ ~2013年度 太鼓判ハイレゾ音源の大賞はこれだ!~
<第5回>『ハンガリアン・ラプソディー』 ガボール・ザボ ~CTIレーベルのハイレゾ音源は、宝の山~
<第6回> 『Crossover The World』神保 彰 ~44.1kHz/24bitもハイレゾだ!~
<第7回>『そして太陽の光を』 笹川美和 ~アナログ一発録音&海外マスタリングによる心地よい質感~  スペシャル・インタビュー前編
<第8回>『そして太陽の光を』 笹川美和 ~アナログ一発録音&海外マスタリングによる心地よい質感~  スペシャル・インタビュー後編
<第9回>『MOVE』 上原ひろみ ザ・トリオ・プロジェクト ~圧倒的ダイナミクスで記録された音楽エネルギー~
<第10回>『機動戦士ガンダムUC オリジナルサウンドトラック』 3作品 ~巨大モビルスーツを感じさせる、重厚ハイレゾサウンド~
<第12回>【前編】『LISTEN』 DSD trio, 井上鑑, 山木秀夫, 三沢またろう ~DSD音源の最高音質作品がついに誕生~
<第13回>【後編】『LISTEN』 DSD trio, 井上鑑, 山木秀夫, 三沢またろう ~DSD音源の最高音質作品がついに誕生~
<第14回>『ALFA MUSICレーベル』 ~ジャズのハイレゾなら、まずコレから。レーベルまるごと太鼓判!~
<第15回>『リー・リトナー・イン・リオ』 ~血沸き肉躍る、大御所たちの若き日のプレイ~
<第16回>『This Is Chris』ほか、一挙6タイトル ~音展イベントで鳴らした新選・太鼓判ハイレゾ音源~
<第17回>『yours ; Gift』 溝口肇 ~チェロが目の前に出現するような、リスナーとの絶妙な距離感~
<第18回>『天使のハープ』 西山まりえ ~音のひとつひとつが美しく磨き抜かれた匠の技に脱帽~
<第19回>『Groove Of Life』 神保彰 ~ロサンゼルス制作ハイレゾが再現する、神業ドラムのグルーヴ~
<第20回>『Carmen-Fantasie』 アンネ=ゾフィー・ムター ~女王ムターの妖艶なバイオリンの歌声に酔う~
<第21回>『アフロディジア』 マーカス・ミラー ~グルーヴと低音のチェックに最適な新リファレンス~
<第22回>『19 -Road to AMAZING WORLD-』 EXILE ~1dBを奥行再現に割いたマスタリングの成果~
<第23回>『マブイウタ』 宮良牧子 ~音楽の神様が微笑んだ、ミックスマスターそのものを聴く~
<第24回>『Nothin' but the Bass』櫻井哲夫 ~低音好き必聴!最小楽器編成が生む究極のリアル・ハイレゾ~
<第25回>『はじめてのやのあきこ』矢野顕子 ~名匠・吉野金次氏によるピアノ弾き語り一発録りをハイレゾで聴く!~
<第26回>『リスト/反田恭平』、『We Get Requests』ほか、一挙5タイトル ~イイ音のハイレゾ音源が、今月は大漁ですよ!~
<第27回>『岩崎宏美、全53シングル ハイレゾ化』 ~ビクターの本気が、音となって届いたハイレゾ音源!~
<第28回>『A Twist Of Rit/Lee Ritenour』 ~これを超えるハイレゾがあったら教えてほしい、超高音質音源!~
<第29回>『ジム・ホール・イン・ベルリン』、『Return To Chicago』ほか、一挙5タイトル ~多ジャンルから太鼓判続出の豊作月なんです!~
<第30回>『Munity』、『JIMBO DE JIMBO 80's』 神保彰 ~喜びと楽しさに満ちたLA生まれのハイレゾ・サウンド!~
<第31回>『SPARK』 上原ひろみ ザ・トリオ・プロジェクト ~ハイレゾで記録されるべき、3人の超人が奏でるメロディー~
<第32回>『究極のオーディオチェックCD2016~ハイレゾバージョン~』 Stereo ~付録CD用音源と侮れない、本物のハイレゾ!~
<第33回>『パンドラの小箱』ほか、岩崎宏美アルバム全22作品ハイレゾ化(前編) ~史上初?! アナログマスターテープ vs ハイレゾをネット動画で比較試聴!~
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『パンドラの小箱』ほか、岩崎宏美アルバム全22作品ハイレゾ化(後編)
~アナログマスターテープの良いところ、ハイレゾの良いところ~


■ アナログマスターテープの良いところ

前編(http://www.e-onkyo.com/news/435/)でのアナログマスターテープ対ハイレゾの比較試聴動画はいかがでしたでしょうか?では、私が実際に聴いたアナログマスターテープのサウンドをレビューしたいと思います。

アナログマスターテープの音は、もちろんレコード盤『パンドラの小箱』の延長線上にある音質傾向でした。ですが、もう少し素材感というか、ちょっとあっさりした印象も感じました。これはデジタル録音のミックスダウンマスターでも同様の現象は発生します。やはり家庭で聴いている音楽は、マスタリングやカッティングといった匠の過程を経て、かなり聴きやすく感じ取りやすい音へと昇華しているのだということ。料理で言うところの、フライパンに指を突っ込んで味見するのと、お皿に盛り付けられた料理との違いと言いましょうか。アナログマスターテープの音にそんな印象を持ちました。

そのあたりを、岩崎宏美アルバム全22作品ハイレゾ化の担当A&R森谷秀樹さんと、マスタリングエンジニアの袴田剛史さんにもご意見を伺いました。

森谷:「やっぱりある意味、アナログマスターテープは売る前の音。レコードやCDといった製品の状態となる売りモノの音ではないですよね。このマスターから、当時だったらカッティング工程を経て、家庭で良く聴こえるように更に作業を進めていくわけですから。」

袴田:「私は音に艶がないとダメだと思っていて、アナログマスターテープは、良くも悪くも潤いが足らないと感じることがあります。すごく分離、音のセパレーションは良いんですけど、そういった艶っぽいところの表現は、アナログマスターテープは人肌とは違うところにあるのかもしれませんね。マスタリングでちょっとだけそこを突いてあげたほうが、聴きやすいかなと思っています。」

〈アナログマスターテープを再生する前には、テープごとに再生機の調整が必要〉

とはいえ、アナログマスターテープのサウンドには、私は聴いたことのない音の感触があり、大いなる夢があると感じました。誤解を恐れず言うと、音が限りなく繋がっているということです。

こんなSF映画のような例えはどうでしょうか。仮に、自分一人だけが時間の早さの何十倍、何百倍で動けるとしましょう。そうすると、自分基準で考えると、周りの時が静止してスローモーションのように感じるのではないでしょうか。そんな空間でアナログマスターテープを再生してみたら・・・。

「愛してる」という歌詞の歌だったとすると、アナログマスターテープならば「あ~い~し~て~る~~♪」と聞こえてくると思います。デジタル規格(もちろんハイレゾを含む)を鳴らしたとすると、おそらく「あ・・、い・・、し・・、て・・、る・ぅ・ぅ・ぅ♪」というコマ送りのような音になるのではないか。そんな想像をしながら、アナログマスターテープを聴いていました。

とにかくアナログマスターテープの音は、どこまでも直線的に連続して感じます。点線ではなく直線の音なのです。歌声やストリングスなど、持続音の部分で、その直線性を強く感じました。レコード再生でも同様の直線性の音を感じますが、アナログマスターテープはそれよりもかなり顕著。デジタル音源から歌心が消えたように感じることがあるのは、もしかするとこの直線性が原因かもしれません。そう考えてしまうほど、アナログマスターテープの滑らかな歌声やストリングスは魅力的でした。

そんな凄い『パンドラの小箱』アナログマスターテープの音質ですが、気になるところもありました。低音の土台部分が明らかに物足らない。エンジニア袴田さんにその点を質問してみました。

袴田:「レコード時代は、低音が太いとカッティングしにくいというのがありましたから、ミックスダウンの段階では、どうしても全体的にそういう音作りの傾向でした。その影響があるのかもしれませんね。」

■ ハイレゾの良いところ

このアナログマスターテープは世界に一本。こうしてスタジオで聴けるのは光栄なことであり、家庭でこのアナログマスターテープサウンドを味わうことはできません。そこで登場したのがレコード盤であり、CD盤だったわけですが、アナログマスターテープという大盛りの大皿料理を体験してしまうと、レコードやCDは小さな折り詰め弁当のように感じてしまいました。物足らないんです。そこでハイレゾの登場!

今回はハイレゾ化にあたり、『パンドラの小箱』などアナログマスターテープが現存する作品に関しては、新たにアナログマスターテープからのマスタリング作業が行われました。この仕上がりが本当に素晴らしい!

ハイレゾ化のために新たにマスタリングされた『パンドラの小箱』では、アナログマスターテープで感じた低音問題が見事に改善されており、ガッチリとした音楽の土台が蘇っています。それなのに、歌が薄味になることも、歌っている音の左右上下の位置が変化することもなく、美しいサウンドステージが広がるのです。

その素晴らしいマスタリングの成果をデジタル規格の大きな器で記録したのがハイレゾ版であり、私たちはその音楽を家庭で楽しむことができます。音質だけでなく、アナログテープがクシャッと巻き込む恐怖に怯えることもなく、再生機の強烈なメカ動作音に悩まされることもなく、テープの巻き戻し早送り時間にイライラすることもありません。なんと幸せな時代ではないですか、皆さん!

もちろんアナログマスターテープの途切れず真っ直ぐ伸びる歌声には、ハイレゾとはいえデジタル規格なので敵うはずがありません。しかし、『パンドラの小箱』に関しては、私は総合得点ではハイレゾ優位と判断しました。皆さんは前編の比較試聴動画をチェックして、どのように感じられたでしょうか?

■ 『パンドラの小箱』史上、最高音質のハイレゾ版!

『パンドラの小箱』(96kHz/24bit)
/岩崎 宏美


岩崎宏美アルバム全22作品のハイレゾ化にあたり、音質傾向は2007年に発売された紙ジャケのリマスター盤が基本にあるとのこと。マスタリング過程では、常に比較対象として紙ジャケ版の44.1kHz/16bitデータをチェックしがら作業が進められたそうです。

しかし、『パンドラの小箱』に関しては、もちろん私も紙ジャケリマスター盤を所有しているのですが、それともまた異なるサウンドです。袴田さんに「何か技術的な打撃開眼があったのですか?」と直撃質問してみました。

袴田:「ハイレゾ版『パンドラの小箱』をマスタリングする前に、西野さんからメールでプレッシャーをかけられていましたから(笑)。それはもう、すごく力を入れましたよ(笑)。
『パンドラの小箱』のアナログテープマスターを聴くと、セパレーションがものすごく良くて、きっちりと音が分離されているんですよ。特に一曲目の『媚薬』は、アルバムの中で通して聴いたときに、イイ意味でのインスト感が強いなと。おそらく当時のトラックダウンのときに、かなり意識して音を左右に広げている感じがあって、ツインドラムの存在感が強い。ですが、ちょっとだけ塊が足らないかなと。そこだけちょっと突いてあげたという感じですかね。
あとは艶っぽいところとか、左右のドラムのバランスみたいなものは、両者きちんと出てくるポイントを探りました。ですので、EQも左右で少しずつ変えながらやっています。そうすると当然に歌が負けてくるので、そこを調整してマスタリングしました。」

〈袴田さんが使用したマスタリング機材の数々〉

■ ハイレゾ版の音圧について

気になる音圧についてお話を伺いました。実際に音を聴くと、ガッツリ過ぎることもなく、かといって迫力不足でもなく、程よい音圧に感じます。どのような音圧設定がなされたのでしょうか?

袴田:「今回の岩崎宏美さんに関して言えば、アナログマスターテープの段階から音が大きいですね。極端な例ですと、曲によってはマスタリング処理前のフラットな段階でも、今どきのCDくらいの音の大きさでした。それは音圧というよりも、聴こえ方がきちんと聴こえてくるという感じですね。やはり、ひとつひとつの楽器や歌が、すごくきちんと録られているということです。
実は現代では無理して音を大きくしているという面もあるんですけど、昔は小さかったわけではなくて、実は今と変わっていないんですよ。特に岩崎さんに関しては、大元のトラックダウンマスターから、かなり音量が大きいです。なので、マスタリングでは各曲のバランスを取るように、ほんのちょっぴり音圧を上げている程度に設定しました。」

■ ノスタルジックではない、ハイレゾ化

実際のアナログマスターテープと比較試聴すると、ハイレゾ版はノスタルジックな音を狙ったのではないのは明白でした。攻めのマスタリング姿勢を感じます。

袴田:「ハイレゾは、必ずしもオリジナルマスターに近づけているわけでもなく、紙ジャケ盤リマスターCDを聴いてみて、良いところを一曲ずつ比べてマスタリングしていくという作業でした。気持ちとしては、もちろんオリジナルマスターを尊重していますよ。『ファンタジー』などはフラットで、アナログマスターテープに近い感じじゃないですかね。」

『ファンタジー [+7]』(96kHz/24bit)
/岩崎 宏美


ということで、『ファンタジー』のアナログマスターテープも聴かせていただきました。「フラットに近い」とのことでしたが、なんのなんの。『ファンタジー』のアナログマスターテープは『パンドラの小箱』と異なり、今度は高域がかなり丸っこい仕上がりに感じました。天井が低い部屋でオーディオを聴いているような感覚に似ています。これがハイレゾ版になると、きちんとした高域、正確な音の高さに改善されていました。

そう、今回のマスタリングは、アナログマスターテープでは完全体と成りえていないポイントを、音楽が本来欲している音へのベクトルを、上手に汲み取り歩んでいったマスタリング作業の道のりだと思います。岩崎宏美愛にあふれるハイレゾ化です。

そして最後に聴かせていただいたのは、私のリクエストした『WISH』のアナログマスターテープ。ドラムにヴィニー・カリウタ氏といった海外ミュージシャンが参加したLA録音盤です。倍速での録音ということで、アナログテープのリールも大きいのが興味深いところでした。

『WISH』(96kHz/24bit)
/岩崎 宏美


『WISH』からアルバムバージョンの「女優」を聴きましたが、3巻聴いたアナログマスターテープのうち、倍速が効いているのか、一番好みの音質でした。やっぱり夢がありますね~、アナログマスターテープって。

〈『WISH』のアナログマスターテープのデータ。海外スタジオの名前が〉

■ ハイレゾ全22作品、聴くならこのアルバムから!

発売前に聴かせていただいた『ファンタジー』、『パンドラの小箱』、『WISH』の3作品は、全て太鼓判ハイレゾ音源です!偶然にも、どれも全曲筒美京平作曲のアルバムでした。

どれかひとつと言われれば、もちろん名盤『パンドラの小箱』。イヤホン/ヘッドホン好きなら、ぜひ一曲目の「媚薬」で、左右に炸裂するツインドラムのグルーヴに驚いてみてください。そして、作詞的にあまり幸せそうにないヒロインが続く楽曲の中、ラスト「南南西の風の中で」で繰り広げられる幸せな景色は、さすが阿久悠大先生。なんとも優しい気持ちになること、請け合いです。

個人的には『ファンタジー』が衝撃でした。名盤と知りつつ、DJ入りということで、なんとなく敬遠していたアルバム。嬉しいことに、ボーナストラックとしてDJ抜きバージョンもハイレゾ化されました。ぜひ『ファンタジー』はアルバム全曲購入で。DJ入りで1976年にタイムスリップするのも良し、DJ無しで楽曲の凄みに直接触れるのも良し、ハイレゾの高音質で名盤を自由に楽しめます!

『ファンタジー』の当時、岩崎宏美さんは17歳のアイドル。それが、こんな難しい楽曲を歌えるなんて!その才能に、筒美京平氏が作曲能力のリミッターを解除したかのように、次々と複雑なメロディーを投げかけていきます。この難解なメロディーと伸び伸びとした歌声のギャップが『ファンタジー』の魅力であり、名盤『パンドラの小箱』誕生へと道は続いていったのです。

森谷:「音楽はパソコンや携帯プレーヤーに取り込んで好きな順番で聞く時代ですから、絶対にDJ抜きの『ファンタジー』が必要だと考えました。通常のミックスダウンマスターが最終系としてアナログテープで存在しており、それにDJをかぶせて製品化した。ということで、『ファンタジー』はDJ有りと無しのアナログマスターテープが存在するのです。それを2つともハイレゾ化しました。『ファンタジー』は名盤ですよ!『パンドラの小箱』と双璧の、岩崎宏美さんの名盤のひとつですね。
岩崎宏美作品は、『パンドラの小箱』で4チャンネルステレオ仕様がレコード化されたように、ビクターの中でも常に最先端。最先端であるからこそ、きちんとアナログマスターテープのあるものは、そこからマスタリングを行い、アルバム全22作品をいち早くハイレゾ化しました。」

これから私も、他の岩崎宏美ハイレゾ化アルバムを楽しんでいくところ。さあ、次はどの岩崎宏美さんと出会い直しましょうか!

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筆者プロフィール:

西野 正和(にしの まさかず)
3冊のオーディオ関連書籍『ミュージシャンも納得!リスニングオーディオ攻略本』、『音の名匠が愛するとっておきの名盤たち』、『すぐできる!新・最高音質セッティング術』(リットーミュージック刊)の著者。オーディオ・メーカー代表。音楽制作にも深く関わり、制作側と再生側の両面より最高の音楽再現を追及する。自身のハイレゾ音源作品に『低音 played by D&B feat.EV』がある。

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