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山下達郎らとのセッションで知られるキーボード奏者・重実徹による官能的な新作『Sensual Piano』が完成

2016/03/16
山下達郎やMISIAをはじめ、多くのアーティストのライブツアーやレコーディングをサポートしてきたキーボード・プレイヤー/アレンジャーの重実徹さんが、ソロ作品としては2枚目となるニューアルバム『Sensual Piano』を発表。CDと同時にハイレゾ配信がスタートします。重実さんにとっていちばん大事な楽器の一つであるピアノをメインに据え、その繊細な響きを官能的に表現した本作は、スタジオ録音ながらライブ感も重視し、いわゆる修正や編集はほとんど行わないという異色のアプローチを打ち出しています。そんな本作の魅力を音楽評論家の平山雄一さんがインタビューを通じて紐解きます。

インタビュー・文◎平山雄一 撮影◎山本 昇

『センシュアル・ピアノ』
/重実 徹


 アルバムの冒頭を飾る「Claude Monet(クロード・モネ)」の最初の一音にハッとする。透明感のあるピアノの音色が、艶やかに揺れる。それはピアニストの心に投じられた小石が起こした波紋のようであり、奏者と聴く人の心象風景が一瞬にしてぴたりと重なっていく。
 ピアニストは重実徹。1959年、東京生まれ。幼い頃からクラシックピアノを学び、慶応大学在学中に早くも注目を浴び、プロデビュー後は中島みゆきや山下達郎のバックを務める一方で、編曲家やスタジオ・ミュージシャンとして活躍。2001年から現在にいたるまで、MISIAのライブのバンドマスターとして日本有数のミュージシャンたちを率いてきた。
  「ライブが好きですね。“その時がすべて”っていう感覚が、自分に合っていると思います。だからスタジオでのレコーディングも、ライブと同じ気持ちで臨みます。たくさんのテイクは録らない。演奏するのは1回か2回。編集もしません。今回のアルバムも、そうやって録りました」。
 僕はこれまで重実のライブを数多く観てきた。みゆきでも達郎でもMISIAでも、重実のキーボード・プレイはそれぞれに素晴らしかった。中でいちばん驚かされたのは、女性シンガー・ソングライター阿部真央の大阪城野外音楽堂でのライブだった。重実が登場したのはライブの中盤で、ピアノ伴奏のみで阿部がバラードを2曲歌うシーンだった。当日は激しい雨が降る過酷な状況。それでも重実は悠然とピアノの前に座った。
「あの時は、リハもできなかった。しかもバンドセットで盛り上がった後、たった一人でピアノを弾く。テンションを持っていくのが大変でした。でも楽しかったな。やっぱりそういう場面が好きなんですよ」。
 阿部と重実のセッションが終わると、オーディエンスたちは泣いていた。雨がかえって感動を呼んだのだ。見事な逆転劇を重実はやってのけた。僕は重実のライブ・ミュージシャンとしての資質の高さに感じ入った。同時に、重実はスタジオで一発録音を頼まれても、同じ心構えで臨むのだろうと思った。

■ 絵の巨匠たちから受けたインスピレーション

「ボーカルのバックを務めていても、インストのライブをやっていても、僕のプレイでお客さんが喜んでくれる瞬間がある。嬉しいですね。どういう演奏をすれば、聴いている人がいい感じの視線を送ってくれるのかが、だんだんわかってきた。今回のアルバムは、その瞬間のイメージを集めたものを作ろうと思ったんです」。
 僕が『Sensual Piano』を最初に聴いたとき感じたのは、「骨太のアルバムだな」ということだった。それは重実のライブに向かう姿勢から来るものなのだろう。
「確かに表現者としては、骨太でありたいと思っています。ソロを何回も弾かないのは、ある種の強さです。ただ実際の奏法としては、繊細に弾いています。押しつけずに柔らかく弾く方が、お客さんは振り向いてくれる。Sensual=官能的って、そういうことですから。色っぽい音楽をやりたかったんですよ」。
 1曲目「Claude Monet」の最初の一音に重実が込めたのは、そうした思いだったのだ。確かにあの“音の波紋”は官能的だった。そして彼にインスピレーションを与えたのは、ニューヨーク近代美術館で見たモネの「睡蓮」だったという。
「画面を覆うガラスもなく、触ろうとすれば触れるような状態で展示してあった。あの絵を見たとき、凄いオーラを感じた。完全にやられましたね。音楽のライブでの高まりに似ていたんです。これは分析して見る絵ではない。触れた瞬間にほとばしるもの、それを音楽にできないかと思いました。同じ美術館で見た“生ピカソ”も凄かった。画集やモニター画面で見るのと全然違う。あ、これも生=ライブなんだなって思いました」。
 絵の巨匠たちから受けたインスピレーションは、重実のアーティスト・スピリットに火を点けた。昔、聴いて好きだったアナログレコードのサウンドを目指して、多くのエフェクターを吟味し、フェアチャイルド670に限りなく近い音の得られるイタリア製のシミュレーターを手に入れた。
 また、自分のプレイはジャズともJ-POPとも違うことを確認し、ロックやR&Bが好きな自分を見つめるようにした。
 たとえば「Claude Monet」で自分の弾いたピアノソロのデータを分析してみると、リスペクトするピアニストのウィントン・ケリーの使うテンションとほとんど同じであることに気付いたという。
「ケリーがマイルス・デイヴィスのバンドに参加する直前の1958年のプレイにそっくりだった。僕が生まれる前の音楽です」と重実は嬉しそうに笑う。

■ ライブの聴衆を意識したスタジオ作品

 一方、5曲目の「Jazz Delight」はジャズファンク・タッチの曲で、重実のオルガンが堪能できる。ピアノとはひと味違う官能的なハモンドのソロが楽しめる。ゲストの鈴木明男のサキソフォンはいつになくアグレッシブで、重実の骨太なスピリットに刺激されてのことかもしれない。
「ソロパートは5拍子で、デイヴ・ブルーベックへのオマージュです。明男ちゃんが男らしいソロを決めてくれました。病み上がりだったので、久々に吹いたから腹筋が痛いって言ってましたけど(笑)」
 MISIAバンドの盟友・鈴木が、重実のソロアルバムにアクセントを付けてくれた。もう一人のゲストのLynもMISIAバンドの仲間で、ソウル・クラシックの「La la means I love you」でアルバム唯一のボーカル・トラックに参加している。
「Lynは非常に歌が上手いので、ぜひ名曲を歌って欲しかった」。これも歌は一発録りに近いレコーディングで、重実の狙い通りのニュアンス豊かな仕上がりになった。
 重実はMISIAのライブのリハーサルの際、客席側に行ってPAのサウンドをチェックするのを常としている。演奏の中身と、オーディエンスに届く音の両方に責任を負う。プロフェッショナルに徹した姿勢に、仲間たちは敬意を払いながら協力する。このアルバムでは、そうした重実のミュージシャンシップに共鳴したゲストの快演が聴けるのも嬉しい限りだ。
 『Sensual Piano』は、スタジオでレコーディングされているのにも関わらず、ライブのオーディエンスを意識したアプローチをしている。一人よがりなスタジオワークを回避しながら、音楽家としての主張がしっかり伝わってくる。まさに重実徹にしか作ることのできないアルバムだ。キーボード・プレイヤーのリーダーアルバムとして、今までにない反響を巻き起こすことだろう。

 30年前、僕は不思議な体験をした。ニューヨーク近代美術館のモネのブースで「睡蓮」を見ていたら、かすかに水の音が聴こえてきた。目の前には池に浮かぶ睡蓮が広がっている。僕は夢のような時間を過ごした。僕の他にも水音を聴いた人がいて、噂はマンハッタン中にすぐに広まった。
 数日後、友達が真相を教えてくれた。ある美術学校に通う生徒が、ブースの隅にこっそりウォークマンを置いて水音を流していたという。僕はその素敵なジョークに、思わず笑ってしまった。いつかあのブースに、『Sensual Piano』が流れていたらいいなと思う。『Sensual Piano』は、オーラに満ちた素晴らしいアルバムだ。

〈「今回はハード/ソフトともにデジタルベースの音源を多用していますが、音作りとしてはビンテージなNeve卓やFairchildといったエフェクターの優れたシミュレーターなどを駆使して、アナログ的な質感を目指しました」と語る重実徹さんは、本作『Sensual Piano』では自らミックスも手掛けています。今回のハイレゾについては、「CDと比べて、明らかに音のテイストが違いますね。レンジも広く、頭を押さえつけられていたのが、ハイレゾではふっと軽くなったような感じがあります」とその印象を話してくれました。〉

〈ピアノという楽器は、奏法によって様々な表情を見せますが、私にとって最大の魅力は、繊細な弾き方をしたときの音の綺麗さです。それが『Sensual Piano』を作ろうと考えたきっかけにもなっていますね〉