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シュガー・ベイブ『Songs』がハイレゾで登場! 担当エンジニアが語る歴史的名盤のマスタリング

2016/02/24
山下達郎と大貫妙子の二大ボーカリストが在籍した伝説のバンド、シュガー・ベイブが残した、たった1枚のアルバム『Songs』が、ついにハイレゾ化されました。 日本のポップス史上極めて重要な傑作アルバムが、48kHz/24bitのハイ・スペックで現代に甦るというこの悦び! ここでは、本作の40周年記念CDと今回のハイレゾ版のマスタリングを手掛けた、菊地功さんへのインタビューを通じて、その音作りの秘密に迫ります。

取材・文・撮影◎山本 昇

『SONGS -40th Anniversary Ultimate Edition- <2015 REMIX>』
/シュガー・ベイブ


 シュガー・ベイブ唯一のアルバム『Songs』−−−歴史的名盤の誉れ高いこの作品は、CDとしては1994年に最初のデジタル・リマスターが行われ、次いで2005年には大瀧詠一の手によるリマスターが発表された。そして2015年には“40th Anniversary Ultimate Edition”としてオリジナル・ミックスのリマスターと新たなリミックスが2枚組でリリースされている。今回のハイレゾは、その“リミックス”で使用された2chマスターを素材としているが、これは大瀧詠一が90年代に、オリジナルの16chアナログ・マルチテープからデジタル・マルチテープにコピーした音源を、現代の機材を用いて48kHz/24bitでデジタル・トランスファーしてリミックスしたもの。この貴重な音源のハイレゾ化はどのように行われたのか。早速、担当エンジニアにその様子を伺ってみよう。
 インタビューに応じてくれたのは、自由な音楽制作を標榜するエンジニア集団“Mixer's Lab”の重鎮の一人として未だ現役で活動している菊地功さん。山下達郎をはじめ、多くのミュージシャンが厚い信頼を寄せるベテラン・エンジニアだ。2015年版『Songs』のCDマスタリングも菊地さんが手掛けている。よって質問は、今回のハイレゾを語る上で切り離せない、2015年版CDマスタリングの経緯から始めさせていただいた。

〈ワーナー・ミュージック・マスタリングのチーフであり、技術者集団ミキサーズラボに籍を置くマスタリング・エンジニアの菊地功さん〉

■ 2015年の40周年記念CDのリマスターとリミックス

−−まずは2015年にリリースされた2枚組CDのマスタリングを振り返っていただきます。それぞれのマスターをお聴きになった印象はいかがでしたか。

 リミックスのほうは、とても細やかに再現されていることに驚きましたね。全体的な印象としては、現在の機材でミックスされている分、リバーブ感や透明感が良くなっているなと感じました。このリミックスについて、達郎さんは、「ちょっと聴いただけでは、どっちがオリジナルか分からないくらいに仕上がれば大成功」と。そして、オリジナル・ミックスは、2005年の「大瀧詠一さんが手掛けたリマスターが最高にいいので、あれを超えることはできないだろう」と言っていました。私も大瀧さんのリマスターはレベルも含めて完成されていると思います。ただ、オリジナル・ミックスも試しにリマスターしてみようということになり、あらためて大瀧さんのリマスターを聴きながら、今だったらこうしたほうがいいかなというふうに、私なりに少しだけ手を加えてみましたら、達郎さんが絶賛してくれたんですよ、「すごく良かった」って。

--作業中、達郎さんとはどのようなやりとりが交わされたのでしょう?

 オリジナル・ミックスのほうでは、達郎さんにとりあえず2曲だけやってみたのを聴いてもらいました。いつもはどちらかというと「もっとレベルを突っ込めない?」という注文が入ることが多いのですが(笑)、その時は逆に「ちょっと大きすぎない?」と言われたりしましたので、2回くらい修正のやりとりをしたら、「ああ、これならいいよね」と。残りの曲もそれを基準にリマスターしていきました。そうしたら、珍しいことに修正が全く入らなかったんですよ(笑)。私も達郎さんとは長いお付き合いですが、直しが全くなかったのはこれが初めてでした。

〈外光を取り入れ、開放的な雰囲気のマスタリング・ルーム。山下達郎ご本人も、ここで試聴し音決めを行っているという〉

--一方、リミックス音源のほうのマスタリングについてはどのように進められたのでしょうか。

 リミックスのほうも、大瀧さんのリマスターに準じた形で行っていきました。その時の達郎さんとのやり取りで覚えているのは、「大瀧さんに負けてる」という言葉です。恐らく、2015年に、それもリミックスで出すということの意義を踏まえて、達郎さんとしても大瀧さんの音を少しでも超えたいという気持ちがあったのかもしれません。そのあたり、深くお聞きしたわけではないのですが、ご自身の中での葛藤もあったのではないでしょうか。作業のほうは、やっていくうちにだんだんといい感じになって、全曲その流れでマスタリングしていきました。

--2015年版のオリジナルとリミックスの音の違いについて、他に気付いた点は何かありましたか。

 やはり新しくミックスされたマスターのほうは、より緻密に作り上げられていると感じます。それは、オリジナルがミックスされた当時にはできなかった音ということなのかもしれません。そして、たぶん、達郎さんが本当はこうしたかったという部分もあって、その代表例が「素敵なメロディー」でオリジナル・ミックス時には誤って消されてしまっていたカズーの音がちゃんと入っていることでしょう(笑)。そういうのって、聴いていてとても楽しいですよね。

--菊地さんから見て、エンジニアとしての大瀧詠一さんはどのように映りますか。

 僕は1974年にモウリスタジオに入社したのですが、そこで大瀧さんがCMの仕事を行っていた時、アシスタントとしてお手伝いすることがありました。僕は大瀧さんのファンでしたが、仕事ぶりはずいぶんマイペースな人だなという印象で(笑)。もう、40年以上昔のことなので、しっかりとは覚えていませんが、大瀧さんのエンジニアリングは、常に完成形を見据えながら行っていたようでした。だから、エンジニアとしての決断も早かったと思いますね。

〈手前はデジタル・エフェクターT.C.ELECTRONIC SYSTEM 600のコントローラー。右はエディッティング・システムSADiE PCM8の画面〉


〈アウトボードには、PRISM SOUND MEA-2(EQ)、MASELEC MLA-3(マルチバンド・コンプレッサー)、ANTELOPE Eclipse 384(AD/DAコンバーター)など〉


〈メイン・スピーカーはPMC MB2。隣の2ウェイはSONODYNEというインドのメーカーのパワード・モニターSM 200Ak〉

■ 「(96kHzは)きれいだけどロックンロールじゃない」

--では、今回のハイレゾについて伺います。ハイレゾ・マスタリングは、どのような点に留意して作業されたのでしょうか。

 基本的には、なるべくCDで作った音を再現できるように心がけました。ハイレゾは通常、CDにはないローエンドとハイエンドが注目されますが、そこにはレベルの要素も絡んできます。CDの場合、達郎さんは実はレベルを大きめにするのが好きで、僕はあまり突っ込まないほうなんです。この部屋ではいつも、そんなやりとりをして音を作り、ジャッジしてもらっています。今回のハイレゾでは、僕のほうから「1dB下げました」というコメントを添えてファイルをお渡ししたら、そこに関しては特に何も言われませんでした。恐らく、ハイレゾに対する感覚を何かしらつかんでいただけたのかもしれません。
 そんなやりとりを経て出来上がったハイレゾには、CDにはないレンジ感がありますが、そうすると当然、音圧的には若干弱くなりますから、足りなくなった音圧感が増したように聞こえるよう、ちょっとした修正を施しています。

--達郎さんとの会話で、他に印象に残っていることは?

 達郎さんとはいつも洋楽の話なんかはよくするんですが、マスタリングについておっしゃることって、いつも一言二言なんですよ。でも、それがすごく端的に言い表しているから僕にもよく理解できます。このハイレゾのリマスターでは、試しに96kHzにアップ・コンバートして処理したものを送ったら、達郎さんから電話がかかってきて、「きれいなんだけど、ロックンロールしてないんだよね。もうちょっと根性を入れられないかな」と(笑)。『Songs』については、やっぱり48kHzのままがいいということだったんです。

--ハイレゾもこのところタイトルが充実し、フォーマットを含めて選択肢も増えてきています。ハイレゾ・マスタリングのあるべき姿について、菊地さんはどう思われますか。

 もちろん僕はハイレゾを否定するものではありませんが、「ハイレゾ=いい音」とは思ってないんですよ。仮に、すごく解像度のいい44.1kHz/16bitの音源があったとしても、それをハイレゾとは呼べないわけですからね。それはおかしいんじゃないかというのが僕の持論です。フォーマットとしてのスペックが高いことと音の良さは別の話で、ハイレゾという枠に入れれば音が良くなるわけではありません。ユーザーの皆さんには、そこを勘違いしていただきたくないんです。重きを置くべきなのは、どれだけ丹念に手を加えていい音になっているかということ。そして、さらに言えば、やっぱり音は潰さないほうがいい。コンプで音を潰すと、いいところもあるんですが、悪いところも出てきてしまいます。だからこそ、音圧を突っ込ませていないハイレゾは、ユーザーさんが自ら、一番聴きやすいボリュームにすることを心がけていただきたいんです。

--では、あらためて今回の『Songs』のハイレゾを聴くうえでのポイントとは?

 CDと比べて違和感なく聞こえるけれど、よく聴くとローエンドがちゃんと伸びているところや、リバーブもきれいになっていることに気付いていただければ、エンジニア冥利に尽きるというものです。

--そのあたりは、リスナーにもハイレゾでじっくり聴いてみてほしいところですね。

 ぜひ1ステップ上の『Songs』をこの48kHz/24bitで楽しんでください。それには、必ずしも高価な装置が必要とは限りません。100人のリスナーがいれば、100通りの楽しみ方があっていいんじゃないかと思います。

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 本作のように、いまなお多くのリスナーを魅了し続ける名盤に、重箱の隅をつつくような比較は無意味と思うが、今回のハイレゾは、直近の2015年版CDよりも、中域から低域にかけての厚みを感じさせ、それが全体的な迫力の増強につながっているように思う。そして、例のリバーブも確かに透明感が増している印象だ。
 ただ、リバーブについて触れるなら、オリジナル・ミックスで聴ける、あのいかにもアナログ然とした、透明感というよりは逆に色が見えるような響きも捨てがたいという気もしなくもない。できることなら、状態のいいオリジナル・ミックスのアナログ・マスターからのハイレゾも聴いてみたいと考えるのは、我が儘というものだろうか。
 ともあれ、このハイレゾ・リマスターが2016年現在のリスナーに向けて、『Songs』の真価を新しい形で提示していることは間違いない。ミュージシャンはもちろん、関わったエンジニアたちの熱意も感じながらしっかりと堪能し、記憶に留めたいと思う。

〈「今回のハイレゾでは、2015年のCDで作り込んだ音の印象はそのままに、ハイレゾらしいレンジ感や伸びやかなリバーブ感を楽しんでほしいですね」〉