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希代のアイドル・岡田有希子さんが遺した全56曲に宿る “世界観”を余すところなく伝えるハイレゾ音源が登場

2015/09/16
1984年のアルバム・デビューからわずか2年。絶頂期に起きた悲劇から29年を経て、岡田有希子さんがこの世界に遺した楽曲全56曲が再び、ハイレゾ音源として私たちの元に届けられることになりました。1stアルバム『シンデレラ』(1984年)から『ヴィーナス誕生』(1986年)まで4枚のオリジナル・アルバム、そして、アルバム未収録曲を収めた『プレゼント』の5作品が一挙に高音質で甦ります(ハイレゾ配信限定で、音源としての微妙な違いが楽しめる『【配信限定】上級者向けレア音源』もリリース)。松任谷正隆、竹内まりや、かしぶち哲郎ほか多彩な作家陣が手掛けた楽曲は今日に至ってもなお輝きを増し、彼女の優れた歌唱力と存在感を最大限に引き出しています。ここでは、当時担当ディレクターを務めた元ポニーキャニオンの国吉美織さんへのインタビュー、今回のリマスタリングを手掛けた同社エンジニアの多田雄太さんからのコメント、さらに鈴木裕さんによるハイレゾ音源レビューを通じて各作品の魅力に迫ります。

1stアルバム
『シンデレラ』(1984年9月発売)

2ndアルバム
『FAIRY』(1985年3月発売)


3rdアルバム
『十月の人魚』(1985年9月発売)

4thアルバム
『ヴィーナス誕生』(1986年3月発売)


アルバム未収録集『プレゼント』

『【配信限定】上級者向けレア音源』


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最初の担当ディレクター、国吉美織さんに聞く
岡田有希子とそのアルバム制作エピソード
「彼女への愛をもって作り上げた“世界観”−− ハイレゾはスタジオのそんな空気も伝えます」

取材・文◎美馬亜貴子



 わずか3年足らずの活動期間ながら、人々の心に忘れることのできない鮮烈な印象を遺し、今なお多くのファンを持つ伝説のアイドル、岡田有希子。これまでにも彼女の作品は幾度か再発されているが、今回、遂に全作品(56曲)がハイレゾ配信されることになった。
 当時の制作責任者である「飯島美織」さんはポニーキャニオン初の女性ディレクターとして活躍した方で、現在のお名前は国吉美織さん。ムーンライダーズ作品への参加や細野晴臣、原田知世作品を手掛けたことで知られるプロデューサー、国吉静治氏の奥様でもある。お話を伺う中で、「普通のアイドルではあり得ない」錚々たる実力派ミュージシャンたちが岡田有希子の作品を支えた裏に、美織さんの音楽に対するたゆまぬ情熱と、岡田有希子という稀代の逸材に対する深い愛情があったことを改めて感じさせられた。

■ 陰の魅力も感じさせる希有なアイドル

−−岡田有希子さんは、テレビのオーディション番組『スター誕生!』をきっかけに16歳でデビューしたわけですが、当初、彼女のお母様は芸能界入りに反対していたそうですね。それで、「県内で一番の高校に合格すること」などという厳しい条件をものすごい努力でクリアして、やっと認めてもらった……という逸話は有名です。美織さんから見ても、そうした意志の強さは感じられましたか。

「私は彼女がデビューする前に紹介してもらって、一緒にショッピングやカフェに行ったり、そういうところから関係が始まったんですけれど、いろんな話をする中で、“まだ16歳なのに、なんでこんなにしっかりした考えが持てるんだろう”と感心させられることが多かったですね。こちらが何か言ったときの反応もとてもよくて、“頭のいい子だなぁ”という印象でした」

−−1983年と言えばアイドル全盛の時代でしたけれど、岡田有希子さんのデビューは少し変わっていたというか、新人アイドルの登場にしては少し陰をまとっていましたよね。デビュー曲の「ファースト・デイト」も短調です。それはやはり他のアイドルと差別化するための戦略だったのでしょうか。

「そうですね。彼女の元々のキャラクターもありますが、何より物事を吸収する力がすごかったので、この子は普通のアイドルではなく、もうワン・ランク上の、山の手のお嬢さんのようなイメージが活きるんじゃないか。楽曲も普通のアイドルよりワン・ランク上の……いわゆるC調な曲じゃなくて、アーティストが歌うような曲も歌いこなせるんじゃないかと思いました。そういう希望のもとにプロジェクトが始まったんです。陰がある感じというのも、今は亡き渡辺有三プロデューサー(注:ポニーキャニオン元常務。尾崎亜美、中島みゆき、堀ちえみなどを手掛けた)が、彼女の中にそんな片鱗を発見して、そのように打ち出していったんですよ」

−−岡田有希子さんの作品には竹内まりやさん、松任谷正隆さん、坂本龍一さん、ムーンライダーズのかしぶち哲郎さんなど、とにかく錚々たる面々が参加していますが、そもそも、デビュー曲の「ファースト・デイト」に竹内まりやさんを起用したのは何がきっかけだったんですか。

「渡辺有三さんが、“竹内さんでいこう。絶対合うから!”と確信を持って、本人も周りの人も納得したんですね。“山の手のお嬢さんで、六大学野球の観戦に出かけて、ちょっとオシャレなスポットでデートするような女の子”っていうイメージを持ったときに、竹内まりやさんはぴったりだと。そんな感じで決まったんです」

−−その後も、とにかく一流のミュージシャンたちが揃って彼女をバックアップしたわけですが、その人選は美織さんが?

「はい。私が中心になって進めたんですが、1枚目のアルバムのときはみんなの中に迷いがあって、誰に頼めばいいのか、誰が合うのかを探っていた状態でした。だから、いろんな人が参加しているんですけども、その中で私が“この子はとにかく〈世界観〉を出したい−−−〈岡田有希子ワールド〉みたいなのを作りたい”と思って、それには絶対に松任谷正隆さんの力が必要だと思ったんです。それで“世界観ごと作ってください”と頼みに伺って。2枚目、3枚目はすべて松任谷さんがアレンジなさっていますが、それが実現できていると思います」

−−キャリアのあるアーティストからすれば、「アイドルの仕事なんか」という気持ちがどこかにあってもおかしくないと思うのですが、参加した人たちは皆さん一生懸命に打ち込んでいるという印象があります。何故だったと思いますか。

「実は私自身も、アイドルの担当になったときは少し複雑な気分だったんですよ(笑)。でも、実際に女の子たちに接して仕事をしてみると、ものすごいパワーを持っているし、こちらが触発されることも沢山あったんです。そういう想いを、当時参加してくださったアーティストの方に一生懸命伝えた気がしますね。“アイドルとは言え、バカにはできませんよ。とてもひたむきに、世界観をつかんで歌いこなしてくれます”ということも言いましたし、実際のレコーディングでも、そのことは伝わったんじゃないかと思います。自分の曲がこんなふうに歌われるのはちょっと……というのはなかったですから、それも大きかったんじゃないでしょうか」

「音楽ディレクターは、人と人をつなぐのが一番の仕事なんじゃないかと思っています。触媒となって何かが爆発して、ないものが生まれる楽しさ……。それは今も大切にしている部分ですね」

■ ハイレゾでこそ堪能できる当時の空気感

−−美織さんご自身もミュージシャンですが、そういう点でも岡田有希子さんという素材、このプロジェクトは興味深かったですか。

「こんなこと言ったら申し訳ないですけど、ただ可愛いだけでアイドルになった子たちの場合、立派な楽曲がきてしまうと、歌が負けてしまうんですね。だからそこに高級な音楽を注ぎ込むことはできないんですけど、ユッコちゃんはすごくしっかりしていて、そういうバックにも負けないオーラがありました。この子はどのアーティストを使っても、どんな楽曲を与えても、きっとなんとかものにしてくれるという思いが強かったですね」

−−今回、当時の作品がこうしてハイレゾになって生まれ変わったわけですが、その良さが引き立つのも、元となる音源をきちんと作ってあったからこそだと感じます。

「まさにそうだと思います。今回は私もマスタリングに立ち会ったのですが、こうして作った音楽を“スタジオそのままの音でお届けできる時代がきてよかった! ああ嬉しい!”って心から思いましたね」

−−ハイレゾによって際立つのはどんな部分だと思いますか。

「たとえばレコーディングした時点で、スタジオのグルーブ感や空気を含めて10の世界観があったとしたら、LPやCDになると2、3にまで削ぎ落とされてしまうと感じるんですね。ハイレゾだとそれがほとんど10のままお届けできることになりました。関わった人みんなが岡田有希子に対して愛をもって“こんなものを作りたい!”と向かった結果、スタジオのそんな空気感、埋もれていた楽器の響きも聞こえてくる。また、何度も聴くことによって“ああ、こんな音も入っていたんだ”とか、聴けるものがいっぱい増えてよかったと思います。LPの時代は、“スタジオそのままの世界観はお届けできないの?”という残念な部分がありましたから。その点、今回は“音を堪能する”という聴き方ができると思いますね」

−−80年代の半ばからは電子楽器が使われるようになり、楽曲を提供する人たちがアイドルの曲でもいろいろと実験を行うようになりますね。たとえばムーンライダーズの白井良明さんが手掛けた堀ちえみさんの「Wa・ショイ!」(注:1985年作。サンプリング音源を駆使した音頭調の楽曲)とか。きわどい実験を岡田有希子さんの作品でやろうとする人はいなかったんですか。

「私、まさにその堀ちえみの〈Wa・ショイ!〉を担当してたんです(笑)。まぁ、ムーンライダーズのメンバーとは元々仲良しで、ちえみちゃんには陽気な良明さんがいいなと思ったんですけど、岡田有希子ちゃんにはピコピコ・サウンドは最初からまったく与える気がなかったんです。むしろ、かしぶち哲郎さんのあの大人な世界観を歌いこなすことができたら、それは絶対に合うなと思ったので。かしぶちさんでしっとりと、雰囲気のいいものをやりたかったんです」

■ 元ディレクターが語る各アルバムの聴きどころ

−−それではここで、美織さんが考える各アルバムの特色や聴きどころをお聞かせください。まずはファースト・アルバムの『シンデレラ』から。

「彼女の魅力を引き出すために、スタッフがいろんなことを試したんですが、そんな想いが詰まっている作品ですね。いろんなことにチャレンジしたので、聴く人も、“この子には何が合ってるのかな?”っていうことを考えたり発見したりする楽しみがある作品だと思います」

−−セカンド・アルバムの『FAIRY』はいかがでしょう。

「2枚目は私が“岡田有希子ワールド”を作った方がいいと思ったことが、そのままの形でアルバムになっています。CDやLPでは聞こえなかったチリチリっていう音も含めて、ハイレゾで聴いてもらうと映画を観ているような感覚というのでしょうか、そういう世界観を楽しめるアルバムになってると思います」

−−3作目の『十月の人魚』までが美織さんのご担当ですね。

「このアルバムも同じ世界観で、松任谷さんが全曲のアレンジを手掛けてくださっています。キーワードは“哀愁”。プロデューサーの有三さんが彼女の陰のあるところを見つけて、それがとても魅力的なのでフィーチャーしたいと。ですから音楽的にもそういう響きになっていますね。ジャケットも海ではなく、湖で撮影しました。見た目にもそんな感じが漂っていると思います」

−−その“ワールド”が一層ロマンティックな方向に振り切れるのが4枚目の『ヴィーナス誕生』ですね。

「この作品から倉中保という男性ディレクターに変わりました。作家陣は継承されたんですけれど、全体的には非常に男の人らしいサウンドのアルバムになってるなと思いますね。メリハリがハッキリした音で、男前な感じ。そして彼女自身も成長してきて歌もうまくなって、いろんな歌が歌いこなせるようになったアルバムだと思います」

−−そしてもう一つ。今回の目玉とも言えるのが、アルバム未収録曲集『プレゼント』です。

「この未発表曲集はベスト盤に入っていた曲や、シングルでアルバムには入らなかった曲を集めたものなんですが、全曲まとまって出るのは初めてですね。これはダイジェスト的な感じというか、一番初めに録った〈子羊NOTE〉から一番最後の〈花のイマージュ〉まで、全キャリアにわたるものです」

■ 一人の少女が光を放つその過程

−−岡田有希子さんが活動していたのは83年からのわずか3年ほどですが、特に印象に残っていることはありますか。

「とても仲良しのチームで、いつも“有希子ちゃんのために何ができるか”を考えていました。ごはんをワイワイ食べたりする中でサウンドのアイデアが生まれたり、また、ちょっとした困難があっても“みんなでなんとかしよう!”という気運のあるチームでしたね。今でも作品を聴くと、そうした温かい感触というのが広がってきて、これこそが音楽なんだなって思うんです。音だけじゃなくて、その背景にあるものが素晴らしいと、音楽の伝わり方も違うのかなという気がします」

−−レコーディングの様子はどうでしょう。何か具体的に思い出されることはありますか。

「歌詞がなかなかできてこなくて(苦笑)。当時のアイドルって、もう半年に1枚アルバムを出していたので、曲と詞が揃うのを待っていると間に合わないんですね。で、曲を先に作ってもらって、詞を後からお願いするんですが、とにかく本人が忙しいものですから“この3時間の間に録音できないと出せない”みたいな日に、詞が上がってこないという(笑)。携帯電話もない時代に、作詞家も私もお互い電話のそばで待っている。1番を録っている間に2番の歌詞を書いて読み上げてもらう……なんてこともありました(笑)。でも、最後に通して聴いてみると、ちゃんとつじつまが合った、いい詞になっているんですよ。ホントに肝を冷やしながらの毎日でしたが、“本物”の人たちとの仕事は感動があり、学ぶことも多かったです」

−−最後に、岡田有希子というアーティストについて今、美織さんが思うことは?

「普通の高校生だった頃に出会って、そこからスターになってゆく過程をずっと見ていました。その中で一番感じたのは、人の成長に対する驚きと感動ですね。特に音楽的な家庭でもなく、普通に育った女の子が、松任谷さんやかしぶちさんの楽曲を与えられて、だんだん光っていくのがわかるんです。その吸収力の良さというか、学習能力の高さに、“やっぱり凡人じゃないんだな”と思わされたものでした。一方で、感受性が鋭すぎて、いろいろ傷ついたりすることがあったのかもしれません。でも、その感性は本当に素晴らしいものだったと思っています」

Profile◎国吉美織(くによし・みおり)
上智大学英文学科卒。在学中、アマチュア・バンドのコンテスト「EastWest」にてグランプリ、最優秀キーボーディスト賞を受賞。1982年、(株)ポニーキャニオン入社。女性第一号のディレクターとなる(当時のクレジットは旧姓の飯島美織)。退社後は、自ら作曲・演奏・プロデュースするmilly la foretの活動を軸に、Zaine Griff、錦織健、斎藤ネコ、三橋貴風ら重鎮音楽家たちと共演するほか、陶芸家、華道家、役者、ゲームクリエーターとのコラボレーションなどを行っている。
http://miorio.net/
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作品ごとに異なる表情豊かな歌声が自然に伝わるマスタリングに
担当エンジニア 多田雄太さん(ポニーキャニオン 制作技術部)


今回の岡田有希子さん作品のマスタリングを担当したエンジニアの多田雄太さんより、作業の様子などについてコメントをお寄せいただきましたのでご紹介します(編集部)。

Q 今回のハイレゾ用マスタリングは、どのような方向性(ボーカルの聴きやすさ重視など)で行われたのでしょうか。また、同時にリリースされるCD用マスタリングとの相違点は何でしょうか。

A「当時のスタジオで聴けた音楽の質感を大切に再現」

 作業はまず、ハイレゾ用のマスタリングからスタートしました。はじめにスタジオで当時のマスター・テープとレコード、その後に『贈りものⅢ』としてBOXセットで発売されたCD、昨年リリースの高品位CDによる『ゴールデン☆アイドル』というシングルAB面コレクションなどを聴き進めていきました。
 1stアルバム『シンデレラ』から3rdアルバム『十月の人魚』のオリジナル・リリース当時、現場でディレクターを務めていた国吉美織さんにも参加していただいて各音源を検証した結果、今回のハイレゾ・マスタリングは「当時スタジオで聴いていた、まさにそこで鳴っていた音楽の質感を大切に再現しよう」という方向性でまとまりました。いわゆる音圧感を入れた現代っぽいマスタリングではなく、コンプを過剰に掛けることもせず音楽の持ち味を引き出せば、岡田さんのちょっと甘くて艶っぽさのある、表情豊かな歌声の魅力が自然に伝わってくると考えたのです。
 美織さんからは、各アルバム制作当時の状況や目指していたイメージ、ミックスの様子や使用機材など具体的な情報やヒントも教えていただき、自分の中でもイメージを膨らませていくことができました。作品ごとにボーカルの表情の違いが鮮明になり、それぞれのアルバムや楽曲の持つ個性も際立ってきたように思えます。
 微調整と試聴を重ね、ハイレゾ用のマスターが完成すると次にCD用のマスタリングに移りました。少し音圧感を上げてみたり、EQを再構築するなど様々な方法を検討してみましたが、結論として今回はハイレゾ化というテーマから企画がスタートしたことを考慮し、音圧感も含め、ハイレゾ・マスタリングのイメージをできるだけ変えないようにしようということになりました。昨年の『ゴールデン☆アイドル』に比べると、音圧感は抑えていますが、その分アタックや奥行きがあり、各アルバムの物語性や世界観をより楽しめる作品になっているかと思います。また、今回はガラスCDの技術を応用したという最新の高品位CDである“UHQCD”を採用していることもあり、仕上がりは低音が引き締まり、高域がナチュラル、ハイレゾ環境でマスタリングしたものにイメージを近付けることができました。

Q マスター・テープ(アナログの6ミリ)の保存状態はいかがでしたか。また、ノイズ・リダクションの有無など、付帯情報がありましたらお教えください。

A「アナログ・マスター・テープを巡る様々な発見」

 マスターの保存状態はかなり良好でした。弊社のマスター保管倉庫は空調管理を行っており、湿度・気温を入念に調整しています。とはいえ、現実的にアナログ・テープは経年変化などによる劣化が懸念されます。そのため、アナログ・テープを一度フラットな形でデジタイズした後、マスタリング作業に入りました。これは再生回数によるテープの劣化を防ぐためです。なお、ノイズ・リダクションは、『十月の人魚』と『ヴィーナス誕生』はDOLBY Aが設定され、それ以外には使用されていませんでした。
 今回のマスタリングにあたって、すべてのアナログ・テープを取り寄せて確認したところ、様々な発見がありました。デビュー・シングル候補を比較検討し決定するために制作されたマスターの存在、シングル用のマスター・テープとアルバム用のマスター・テープとで音色の違いがあったり、当時の制作スタッフと共にそのこだわりを改めて紐解くことができました。

Q 今回のハイレゾ・マスタリング作業を通じて印象深かったこと、また、特に音質が良かったと感じられたアルバムがありましたら教えてください。

A「短期間ながら作品ごとに異なる音の肌触りを実感」

 今回4枚のオリジナル・アルバムと9枚のシングル、その56曲をとおして、1984年から1986年当時のアナログ・レコーディングの成熟度と、デジタル機器の登場とその進歩により、作品ごとに音の肌触りがまるで異なることに改めて驚かされました。そういった意味で、アルバム未収録曲を集めた『プレゼント』は約2年という短い期間ではあるものの、当時のレコーディング環境の急速な移り変わりが1枚に収録されており、とても面白みを感じました。録音機材のみならず、シンセサイザーや打ち込み系楽器の進化も如実に音の変化として感じられたんです。
 オリジナル・アルバムでは『FAIRY』と『十月の人魚』が音質面でも特に素晴らしいと感じました。松任谷正隆さんによる洗練されたアレンジや音域の豊かさ、歌声の瑞々しさが相まって、とても心地の良いバランスになっています。今回、それらを余すことなく収録したハイレゾ音源をお届けするにあたり、まずはこの2作品からその魅力を体感していただけたら何よりです。

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アルバム解説&ハイレゾ音源レビュー
文◎鈴木 裕

■ ソフト・フォーカスな歌唱と他の音の対比
『シンデレラ』

1stアルバム
『シンデレラ』(1984年9月発売)


 1984年9月発売の1stアルバムの内容に、シングルのB面2曲を追加収録。デビュー・シングル「ファースト・デイト」は竹内まりや作詞/作曲、萩田光雄編曲によるマイナー・コードを持ったポップ・チューン。ちなみにこの曲を始めとして、竹内は結局11曲を岡田有希子に提供していくことになる。音としての特徴はソフト・フォーカスな音像のボーカルに対して、締まったトーンのベースや、竹内を含むコーラス隊やストリングスのハーモニーが良く響きながら、明確に定位している点だ。2ndシングルの「リトル プリンセス」も竹内のソングライティングで、音の色彩感やボーカルの音色感、音の感触は同一。ただし、音場感は左右方向にコンパクトにまとまっており、違うタイミングでのミックスダウンということがわかる。作曲者として白井良明、岡田徹といったムーンライダーズのメンバーが入っており、後にかしぶち哲郎によって全曲の編曲が行われた4thアルバムへの端緒をここに見てとることもできる。

■ 音場空間の見通しの良さはハイレゾならでは
『FAIRY』

2ndアルバム
『FAIRY』(1985年3月発売)


 1985年3月発売の2ndアルバムの内容に、4thシングル「二人だけのセレモニー」のB面を収録している。大きな特徴としてはユーミンのプロデューサーでもある松任谷正隆が全曲を編曲。同時期の『NO SIDE』や『DA・DI・DA』といった松任谷由実のアルバムにも共通する、洗練された色彩感豊かなアレンジが施されている。また、ミュージシャンも正隆が仕事をしている人たちが多く含まれ、松原正樹のギターや島村英二のドラムが特徴的なサウンドを生み出している。シンガーソングライターの桐ヶ谷仁、桐ヶ谷俊博、白鳥英美子らがコーラス・パートを担当しているのも興味深い。ムーンライダーズのドラマー、かしぶち哲郎が2曲で作詞・作曲を担当しており、4thアルバム『ヴィーナス誕生』での全曲アレンジにつながっている。サウンドとしては、全体的に音の重心が下がり、ボーカルがクリアに。声帯の動きが見えるような感覚が楽しい。音場空間の見通しの良さもハイレゾの恩恵を感じる。

■ ストレートに響いてくる岡田有希子のボーカル
『十月の人魚』

3rdアルバム
『十月の人魚』(1985年9月発売)


 1985年9月発売の3rdアルバム。6thシングル「哀しい予感」を含み、そのB面「恋人たちのカレンダー」も追加収録されている。ソングライティング陣として小室哲哉、財津和夫、杉真理らが新たに加わり、引き続き竹内まりや、かしぶち哲郎も曲を提供している。このアルバムも松任谷正隆が全曲をアレンジしているがサウンド全体として岡田有希子色が確立されている。特徴的なのはボーカルのエフェクター成分が減り、かなりストレートにその声が聞こえてくること。また、声がしっかりと出るようになり、口とマイクの距離が少し離れたためか音像が小さくなり、音像の実在感が増している点も挙げられる。そして、中高域のボーカルが引き立っているためもあって、ベースなどの低音成分の割合が大きくなり、2ndアルバム『FAIRY』よりもさらにサウンドの音の重心が下がっている。また、小室哲哉作曲による「水色のプリンセス~水の精~」でのシンセの鳴りっぷりのビビッドさも印象的だ。

■ 音の感触がシャープになり前衛的な要素も
『ヴィーナス誕生』

4thアルバム
『ヴィーナス誕生』(1986年3月発売)


 1986年3月発売の4thアルバムだ。8thシングルの「くちびるNetwork」のB面「恋のエチュード」も収録されている。ここではかしぶち哲郎が全曲をアレンジ。自身、ドラムスも担当しているが、ムーンライダーズの白井良明、岡田徹の他、多彩なミュージシャンがプレイ。楽器の使い方やサウンドも変化しているが、かしぶちのドラムスをはじめ、音の感触自体が若干シャープになり、アバンギャルドと言うか、ニューウェイブの匂いのするポップスになっているのも興味深い。作家陣としては坂本龍一が3曲で担当。seiko(松田聖子)やEPO、麻生圭子による歌詞と組み合わされているのもかなりレアだろう。また、ボーカルの音色感としてすこしだけ高域の倍音が強調され、ハスキーなニュアンスを持たせており、「くちびるNetwork」の歌詞のセンシュアルな世界を音として表現しているようにも感じる。ここまでまだデビューから2年しか経過していなかったのだ。

■ アイドルの成長と変化を凝縮した全11曲
『プレゼント』(アルバム未収録集)

アルバム未収録集『プレゼント』


 アルバム未収録のナンバーを11曲選曲。5曲のシングル曲(うち1曲は当時未発売で、9枚目のシングルとして発売されるはずだった「花のイマージュ」)を含んでいる。逆に言うと、ここに収録されていないシングル曲は1st、2nd、7th、8thだ。ある種のベスト的な内容であり、1984年7月リリースながら、シングルで最初に録音したという「Dreaming Girl-恋、はじめまして」から86年5月に発売されるはずだった9thまでを一つの流れで聴ける内容になっている。アイドルは成長し、変化する。成熟した状態でデビューするアイドルは存在しないからだ。通して聴くとそのことを強く意識させる内容であり、ボーカルの力量が上がるにつれ、歌詞内容も変わり、サウンドも変化していった2年間を早回しに見ていくような感覚もある。ラジオ・ディレクターとして本人をゲストに迎えたこともある筆者にとっては、聴き進めるにつれ、バニシング・ポイントに向けて疾走するような息苦しさも覚えたことをここに記しておきたい。