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連載『厳選 太鼓判ハイレゾ音源はこれだ!』第23回

2015/06/05
現在配信中のハイレゾ音源から、選りすぐりをご紹介する当連載。第23回は日本を代表するレコーディング・エンジニア、赤川新一さんが主催する新レーベル「赤川音響」の作品から、『マブイウタ』のご紹介です。
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【バックナンバー】
<第1回>『メモリーズ・オブ・ビル・エヴァンス』 ~アナログマスターの音が、いよいよ我が家にやってきた!~
<第2回>『アイシテルの言葉/中嶋ユキノwith向谷倶楽部』 ~レコーディングの時間的制約がもたらした鮮度の高いサウンド~
<第3回>『ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱付き」(1986)』 NHK交響楽団, 朝比奈隆 ~ハイレゾのタイムマシーンに乗って、アナログマスターが記憶する音楽の旅へ~
<第4回>『<COLEZO!>麻丘 めぐみ』 麻丘 めぐみ ~2013年度 太鼓判ハイレゾ音源の大賞はこれだ!~
<第5回>『ハンガリアン・ラプソディー』 ガボール・ザボ ~CTIレーベルのハイレゾ音源は、宝の山~
<第6回> 『Crossover The World』神保 彰 ~44.1kHz/24bitもハイレゾだ!~
<第7回>『そして太陽の光を』 笹川美和 ~アナログ一発録音&海外マスタリングによる心地よい質感~  スペシャル・インタビュー前編
<第8回>『そして太陽の光を』 笹川美和 ~アナログ一発録音&海外マスタリングによる心地よい質感~  スペシャル・インタビュー後編
<第9回>『MOVE』 上原ひろみ ザ・トリオ・プロジェクト ~圧倒的ダイナミクスで記録された音楽エネルギー~
<第10回>『機動戦士ガンダムUC オリジナルサウンドトラック』 3作品 ~巨大モビルスーツを感じさせる、重厚ハイレゾサウンド~
<第12回>【前編】『LISTEN』 DSD trio, 井上鑑, 山木秀夫, 三沢またろう ~DSD音源の最高音質作品がついに誕生~
<第13回>【後編】『LISTEN』 DSD trio, 井上鑑, 山木秀夫, 三沢またろう ~DSD音源の最高音質作品がついに誕生~
<第14回>『ALFA MUSICレーベル』 ~ジャズのハイレゾなら、まずコレから。レーベルまるごと太鼓判!~
<第15回>『リー・リトナー・イン・リオ』 ~血沸き肉躍る、大御所たちの若き日のプレイ~
<第16回>『This Is Chris』ほか、一挙6タイトル ~音展イベントで鳴らした新選・太鼓判ハイレゾ音源~
<第17回>『yours ; Gift』 溝口肇 ~チェロが目の前に出現するような、リスナーとの絶妙な距離感~
<第18回>『天使のハープ』 西山まりえ ~音のひとつひとつが美しく磨き抜かれた匠の技に脱帽~
<第19回>『Groove Of Life』 神保彰 ~ロサンゼルス制作ハイレゾが再現する、神業ドラムのグルーヴ~
<第20回>『Carmen-Fantasie』 アンネ=ゾフィー・ムター ~女王ムターの妖艶なバイオリンの歌声に酔う~
<第21回>『アフロディジア』 マーカス・ミラー ~グルーヴと低音のチェックに最適な新リファレンス~
<第22回>『19 -Road to AMAZING WORLD-』 EXILE ~1dBを奥行再現に割いたマスタリングの成果~
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『マブイウタ』 宮良牧子
~音楽の神様が微笑んだ、ミックスマスターそのものを聴く~


■ 音楽制作過程における減点と加点

音楽制作の過程を、私なりに下記のように分類してみました。

1. 創作
2. 演奏
3. 録音
4. ミックス
5. マスタリング
6. 生産

音楽を創り、演奏し、それを録音する。音楽の記憶を後世に残そうとする欲求が、根本にある音楽制作の原動力です。その基本は変わらないものの、時代とともに、より創意工夫した音楽制作が行われるようになりました。複数本のマイクを録音に使い始めるようになると、それら数トラックに収録された音を混ぜ合わせ、再びひとつの音楽に再構築するという4番のミックスという過程が加わります。更に5番のマスタリングという音質の仕上げ工程が増え、現代ではCDやレコード音源として生産され、私達音楽ファンの元へと届きます。

単純に“音楽の電気的記録”だけを考えると、この1~6への過程を経るに従い、音質は減点(=劣化)されていくことになります。分かりやすい例としては、4番のミックスで96kHz/24bitに仕上げられた音源は、5番のマスタリングでCD規格の44.1kHz/16bit化されるのですから、単純に電気的記録の器が小さくなり音質劣化します。分かりにくい減点例としては、5番のマスタリングで完成した44.1kHz/16bitマスターと、6番の生産で完成したCD盤とでは、同じデジタル規格の44.1kHz/16bitでありながら、かなり大きく音質が変動してしまいます。「デジタル音声なのにナゼ?」と悩んでしまうのですが、これは事実として発生してしまう現象です。いつか機会があれば、イベントなどで実際に5番と6番の音を聴いて、皆さんと一緒に確認してみたいと思っています。

上記は、音楽の電気的記録だけに着目した結果ですが、実際には減点だけではありません。そこに人の手が加わることによって、音楽制作での音質は加点(=向上)されていきます。96kHz/24bitマスターをCD規格44.1kHz/16bitに変換したとき、仮にマイナス10点だったとしましょう。そこにマスタリング・エンジニアが匠の技で、プラス20点の音質向上を行えたとします。そうすると結果的には、-10点+20点=10点という簡単な計算が成り立ちます。つまり、96kHz/24bitマスターより、プラス10点分の音質向上を得た44.1kHz/16bitが実現するというわけです。音楽記録は減点だけでなく、人の手が加わることにより加点され、音質向上しながら伝達されていくという素晴らしい特長があります。

■ 規格縛りの無いハイレゾ時代の注意点

ハイレゾ時代に突入し、この音楽制作の過程が変化しはじめました。配信による音源提供を行うことから、6番の生産という工程が無くなります。また、CD規格のように44.1kHz/16bitで仕上げなければいけないという規格の縛りから解放されたハイレゾは、3番の録音直後のデータで配信することもできます。また、4番のミックスダウン・マスターの提供でもOKですし、ハイレゾ用にマスタリングを行う5番でのハイレゾ制作も可能です。

CD規格の縛りが無くなり自由を得たハイレゾ音源ですが、それだけに無法地帯となる危険性も秘めています。つまり、例えば3番の録音直後のデータがハイレゾ配信された場合、その後の劣化がなく鮮度の高い音が私達に届くというプラス面もあれば、4番のミックスや5番のマスタリングで音質向上したかもしれないという加点要素を失うというマイナス面もあるのです。

ハイレゾ時代は、単に大きな器の音源が聴けるというメリットのみに惑わされがちですが、音楽を聴く側は音質無法地帯とならぬよう賢く聴く必要があります。そして音楽制作側は、安易なコストダウンのためのハイレゾ配信ではなく、真摯なクオリティー追求を行わなければならないと、私は考えています。

■ 音楽の神様が下りてきた瞬間を記録したミックスダウン・マスター

前半でご説明した音楽制作の過程ですが、中には非常に特殊なケースが存在します。一般的には録音、ミックス、マスタリングといった過程で試行錯誤しながら加点要素を加えていき音楽を磨いて完成させるのですが、1番の創作や、2番の演奏で、非常に不思議な現象が起こることがあるのです。

バラエティー番組で「笑いの神様が下りてきた!」というケースがあると思いますが、音楽制作の現場でも、これは「音楽の神様が下りてきた!」としか思えない瞬間に遭遇することがあります。音楽の神様が微笑んだ分かりやすい例としては、「これがOKテイクである」と完全に分かるというのがそれでしょう。まれにファーストテイクの場合もありますが、数テイク演奏したなかで明らかに「これがOKテイクだな」と感じるものです。そういった場合は、演奏者もスタッフも満場一致でそうジャッジできます。音楽の神様の微笑みを感じられる、素敵な瞬間です。

もう少し尋常ではなく、「音楽の神様って、本当に居るんだ~」と感じるケースもあります。私は一度だけ体験したことがあるのですが、もう演奏が神がかっているというか、普通のOKテイクとは異質の音楽が録音スタジオ内に広がったのです。椅子ひとつ軋ませてはいけない、咳払いなどもってもほか。自分のせいで、この神々しい音楽が途絶えてはいけないと、演奏が終了するまで極度に緊張したのを覚えています。録音現場の空気が一変し、音が、音楽が、渦を巻きながら心に優しく突き刺さってくるのです。上手く言えませんが、そんな幸せな音楽の瞬間に出会いました。

その場合、人はその音楽にただただ身を任せるだけ。ミックスやマスタリングという先の過程での加点など、そんな大それたことは考えてはいけません。人ができることは、音楽にそのまま手を添えるように伝達していくことのみでしょう。巨大なエネルギーが、既に音楽自身に内包されているのですから。

そして、本日ご紹介する太鼓判ハイレゾ音源は、音楽の神様が微笑んだ瞬間を記録したと思われる一曲です。

『マブイウタ』 (96kHz/24bit、192kHz/24bit)
/宮良牧子


お薦めしたいのは『マブイウタ』の6曲目「少女」(96kHz/24bit)。五輪真弓さんの1972年デビュー曲のカバーですから、ある意味で創作の段階から神がかっている一曲。この「少女」が凄いのなんのって。

『マブイウタ』 は、オーディオマニアで有名なCD盤でした。私もオーディオイベントで何度も鳴らしたことがあります。そのオーディオ・リファレンスCDである『マブイウタ』のミックスダウン・マスターそのものがハイレゾ音源として提供されるというのですから、このニュースは放ってはおけません。

「少女」はCD盤でも素晴らしサウンドでした。私はこの録音に立ち会ったわけではないのですが、「少女」をオーディオイベントで鳴らした瞬間、お客様から拍手が自然に起こったほど。そのイベントで聴いた全員が、「音楽の神様が下りてきている!」と感じたものでした。その独特な神々しさは、他の音源では聴けない特殊な感触であり、私もそう感じずにはおれません。

ただし、CD盤も良い音なので、疑い深い私は慎重です。CD盤のマスタリングは、この連載でも度々ご紹介している名手、オレンジの小泉由香さんですから、単に96kHz/24bitマスターだから良い音だとは、実際に聴くまでは分かりません。CD盤を超える高音質が実現しているかどうかが、「少女」のハイレゾ音源での注目ポイントでした。

録音の赤川新一氏とは長いお付き合いです。私の著書2冊の添付CDも、赤川氏に録音とミックスをお願いしています。赤川氏の最高の仕事を多く知っているからこそ、より厳しく赤川音響のハイレゾ音源を試聴しました。

ハイレゾ版『マブイウタ』を聴きはじめ、すぐに聴き慣れたCD盤をはるかに超える音であると理解できました。その鮮度にノックアウト。慌ててCD盤を聴き直すと、そこにはもはやCD規格の器という限界点が見えてしまいます。ダイナミクスに最も大きな差を感じました。ハイレゾ版『マブイウタ』、疑ってスミマセン。完全に参りました。

ハイレゾ版「少女」は、『マブイウタ』の中でも群を抜いて私のお気に入りです。名手、高山一也氏のアコースティック・ギターは生々しく、宮良牧子さんの歌声はスピーカーから解き放たれ、目の前に実在するように浮かび上がります。そして、金子飛鳥さんの弾く、エレクトリック・バイオリン。生バイオリンともエレキギターとも異なる。この美しくも激しいサウンドが、音楽の神様を強く引き寄せたのかもしれません。ぜひ、後半のエレキ・バイオリンのソロに着目して聴いてみてください。

私の所有するハイレゾ音源は、既にデータ量がハードディスク4テラバイト近くになりました。その中でも3本指に入る超高音質が、この「少女」だと感じています。私が行うハイレゾ・イベントでは、必ず再生する一曲となるでしょう。2015年の太鼓判ハイレゾ音源大賞、最有力作品です。

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筆者プロフィール:

西野 正和(にしの まさかず)
3冊のオーディオ関連書籍『ミュージシャンも納得!リスニングオーディオ攻略本』、『音の名匠が愛するとっておきの名盤たち』、『すぐできる!新・最高音質セッティング術』(リットーミュージック刊)の著者。オーディオ・メーカー代表。音楽制作にも深く関わり、制作側と再生側の両面より最高の音楽再現を追及する。自身のハイレゾ音源作品に『低音 played by D&B feat.EV』がある。音楽専門衛星デジタルラジオ“ミュージックバード”にて『西野正和のいい音って何だろう?』が放送中。