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連載『厳選 太鼓判ハイレゾ音源はこれだ!』 第67回

2019/03/08
『Carpenters With The Royal Philharmonic Orchestra』
カーペンターズ, ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団
~音楽愛あふれる丁寧な仕事で蘇る、奇跡の歌声! ~
■25年聴き続けた、チェック音源としてのカーペンターズ

私が音楽の仕事を始めて25年。その間、試聴テストに使い続けている音源のひとつに、カーペンターズがあります。さすがに25年もチェックしているので、ほんのわずかな音質向上はもちろん、ちょっとした音の異変にも素早く反応できるようになりました。この経験値こそ、リファレンス試聴音源としての価値だと思います。

具体的なチェックポイントを挙げていきましょう。

1.)サ行の発音チェック ・・・ 「サシスセソ」の発音が強調され、「シャッ!」となっていないかどうかの確認です。例えばヒット曲 『Goodbye To Love(愛にさようならを)』 の冒頭、「I'll say goodbye to love~♪」のsayの “s” を聴きます。かなり歪む寸前ギリギリのサ行が続く曲ですので、すぐに「セイ」が「シェイ」になってしまいます。高域強調のアクセサリーが効きすぎや、スピーカーセッティングのミスの発見に最適です。

2.)ボーカルの定位 ・・・ カーペンターズの音源は位相が美しい=音の立体情報が綺麗に収録されているので、ボーカルの定位感を見ます。きちんとセンター音像が浮かび上がるかどうかの確認です。

3.)歌声の暖かさ ・・・ カレンさんの歌声を暖かく再現してこそ、カーペンターズの音楽です。Hi-Fi方向に再生してしまうと、ついつい固く冷たいボーカルになってしまいます。アナログ・レコード時代は安易な課題でしたが、デジタル音源時代の今となっては超難関な問題となりました。

4.)感情表現の再現 ・・・ いかにカレンさんが心をこめて歌っているか、その再現性をチェックしています。現代録音のように、ピッチやリズムを修正していない時代の録音。全てボーカリストによる歌声のコントロールのみによる、豊かな感情表現が記録されています。ですので、ダイナミクスの再現や、リズムのウネリが出せるシステムでなければ、真の再現が得られません。

2.)低音強調されていないか ・・・ 大ヒット曲 『Top of the World』 は、キックドラムがドンドドンというリズムを刻みます。低音強調のシステムで聴くと、これがファンキードラムのように聴こえてしまうケースが少なくありません。カーペンターズはあくまでポップスですので、その枠を超えた過剰な低音再現は禁物です。

とまあ、こんな感じでカーペンターズをチェック音源として活用しています。実際には、曲の冒頭を数秒ずつ聴いては選曲ボタンで進めていき、いかに “いつものカーペンターズのサウンドが聴こえてくるか、否か” を確認していきます。いつもより感動的に鳴り出せば、オーディオ道を頂上へと一歩踏み出せたことに歓喜しますし、調子が良くなければ 「何が問題なのか?」 と戻り道を選びます。


■カーペンターズ愛が生んだ名盤

そんなカーペンターズに驚きの新譜が登場。本作発売日が、ちょうど太鼓判ハイレゾ音源イベントの時期と重なり、太鼓判作品として選別していたのですが、ご紹介が遅くなってしまいました。もうファンの皆さんは、ヘビロテで楽しんでおられるのではないでしょうか?

『Carpenters With The Royal Philharmonic Orchestra』
カーペンターズ, ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団
192kHz/24bit



リマスター版や、歌い直しのリプロダクツ版が花盛りの昨今。アーティストが、当時やりきれなかったこと再びやり直したいという気持ちは、リスナーにもよく分かります。しかし、若気の至りは本当に不要なのでしょうか?

音楽の神様からのインスピレーションをキャッチするのには、無になることだと言われています。その無の状態こそ、若気の至りなのかもしれません。年齢を重ねるごとに、音楽創造よりも、いかにコストダウンした音楽制作を行い大きな利益を上げるかを重視するようになり、いつの間にか当初の目標とすり替わったりするもの。ファンのウケ狙いを優先させることもあり得るでしょう。そうした無から離れる意識下では、音楽の神様からの言葉は届かなくなってしまいます。
ですから、リマスターやリプロダクツの音楽制作の鍵を握るのは、その音楽への愛しかないと私は確信しています。

では、カーペンターズのマルチトラックに、オーケストラ音源をプラスするという本作の試みはどうだったかというと、間違いなく成功であるといえるでしょう。もちろん、成功の立役者は、もうひとりのカーペンターズ本人である、兄上リチャード・カーペンター氏です。リチャード氏のカーペンターズ愛が、本作の成功を導きだしました。

その証拠に、ほとんど変更しなかったアレンジ、そして元の楽曲が持つイメージそのままのミックスダウン。ついついやりすぎてしまう楽曲再構築の作業を、ここまでグッとこらえたのはリチャード氏の、そして関わったスタッフのカーペンターズ愛だと感じました。


■アナログかデジタルか!

ハイレゾという巨大な音楽の器で聴いて初めてわかることですが、私は本作にボーカルに微小ながらデジタルの匂いを感じました。カーペンターズ作品はアナログ録音全盛の時代。CD盤になっても、その滑らかな肌触りに好感を持っていました。しかし、本作はデジタル最新技術を使った歌声のブラッシュアップが行われています。結果、良い意味だけでなく、アナログな肌触りの歌声は無くなってしまいました。この点は残念なポイントだと、個人的に感じています。

アナログ録音の旧データトラックと、新録したデジタルトラックをミックスするのは、実は困難な作業です。アナログマルチトラックをデジタル化し、それを他のトラックに新録した音とミックスする。これだけでは上手く音は混ざってくれません。

解決する手法として私が気に入っているのは、アナログ大型ミキサー卓に旧アナログ音源と新録デジタル音源の各々を立ち上げ、それをミックスするという技。これは非常にアナログライクなサウンドとなり、抜群の仕上がりになります。

本作は往年の大御所エンジニアが名を連ねていますので、おそらく上記手法がとられたのではないでしょうか? それでも歌声に超微小なデジタルっぽさを感じるということは、あえてカーペンターズサウンドのリフレッシュを考えたのだと思います。少しクリアで高解像度なカーペンターズサウンドという、新しい扉です。

本作のネットの評価を眺めてみると、大多数が新鮮なカレンさんの歌声に好意的です。ですので、今回のプロジェクトはこれで良かったのだと思います。アナログ時代からの滑らかな歌声が染み付いてしまった私が、クリアになった歌声との差異を、きっと気にしすぎているだと思います。

いろいろと難癖をつけましたが、全て深いカーペンターズ愛からくるものであり、本心はこの新プロジェクトに諸手を挙げて歓迎しています。ぜひ世界的に大ヒットし、第2弾が制作されれば、こんな嬉しいことはありません。

そして何より、美しくドレスアップした楽曲たちに、カレンさんが微笑んでいるように思えます。ハイレゾで、その隅々まで楽しんでいただきたい力作です。



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筆者プロフィール:

西野 正和(にしの まさかず) 3冊のオーディオ関連書籍『ミュージシャンも納得!リスニングオーディオ攻略本』、『音の名匠が愛するとっておきの名盤たち』、『すぐできる!新・最高音質セッティング術』(リットーミュージック刊)の著者。オーディオ・メーカー 株式会社レクスト代表。音楽制作にも深く関わり、制作側と再生側の両面より最高の音楽再現を追及する。自身のハイレゾ音源作品に『低音 played by D&B feat.EV』がある。『厳選! 太鼓判ハイレゾ音源ベストセレクション キングレコード ジャズ/フュージョン編』をプロデュース。