プロデューサー麻倉怜士が解説する『小川理子/バリューション』の魅力

2018/12/19
「上質な音楽を極力加工せず生成りのままでリスナーに届けること」を命題として、オーディオファンにはおなじみの、潮晴男と麻倉怜士の2人によって設立されたレーベル「ウルトラアートレコード」。レーベル第1弾としてリリースされ、オーディオファン、ジャズファンはもちろん各方面でも高い評価を得た『情家みえ/エトレーヌ』に続く新作が登場。今作の主役はなんと、オーディオブランド「テクニクス」復活の立役者にしてブランドの総帥でもあり、さらに日本オーディオ協会の会長も務める、ジャズ・ピアニスト/ヴォーカリストの小川理子。ここでは、今作のプロデュースを手掛けた麻倉怜士氏自身による解説で『小川理子/バリューション』の魅力に迫ります。


『バルーション』/小川理子



ジャズ・ピアニストの小川理子が、通算15作目となるアルバム『バルーション』をリリースした。テナーサックスのハリー・アレンをゲストに迎えたアルバム『トゥギャザー・アゲイン』以来、新譜は9年ぶりということになる。

全12曲中、ジョージ・ガーシュインの作品が3曲、デューク・エリントン関連が5曲を占める。1920年代から30年代にかけての作品が主で、エラ・フィッツジェラルドの愛唱曲が多いのも特徴だ。アルバムのトップに置かれたガーシュインの《オー・レディー・ビー・グッド》は、抒情的なタッチのヴァースから一転してアップテンポになり、素晴らしい疾走感をもったジャズが展開する。この見事なグルーヴ感はアルバム全体を通じて常に保たれていて、スウィングジャズ全盛期の作品を扱いながら、あふれ出る音は新鮮で瑞々しく色彩ゆたか、刻まれるリズムはじつに明快で心地よい。

小川理子は3歳からクラシック音楽のピアノ曲を弾きはじめ、バッハからモーツァルト、ベートーヴェン、ショパン、リスト、さらには現代音楽までを弾きこなした。タッチの明晰さ、透明度が高く混濁しないコード(和音)の美しさは、おそらくクラシック楽曲の演奏経験が大きく影響しているのだろう。盤石なピアノ・テクニックに加えてソウルフルなジャズのマインドがあるのだから、その演奏は安定感抜群である。6曲目の《バット・ノット・フォー・ミー》はピアノソロ。強靭なタッチの左手とメロディを歌う右手のバランスが素晴らしく、ストライド・ピアノのお手本のような演奏を聞くことができる。また、これに続く《A列車で行こう》は文字どおり特別快速列車を彷彿とさせる強烈なグルーヴとスピード感によって、「これがジャズだよね!」と思わずニンマリしたくなってくる。

MQAなどへの展開を視野に入れつつ、オーディオ界の巨匠二人がプロデュースするこのアルバム、エンジニアの塩澤利安氏はさぞかし背中に二人の視線を感じながらの仕事だったと思うが、今回もまた、見事な解像度を維持しつつ、スタジオにあふれるジャズの放射熱をしっかりと受け止めることに成功している。

白柳龍一(音楽プロデューサー)




◆プロデューサー麻倉怜士が解説する「小川理子・バリュション」の魅力

UAレコード合同会社の第1作「情家みえ・エトレーヌ」に続く、第2作をプロデューサーとして考えなければならない時になり、浮かんだのが、ジャズ・ピアニスト小川理子の名前だった。特に着目したのが、彼女が経営と音楽を両立させていることだ。小川は慶應義塾生体電子工学科から松下電器産業(現パナソニック)に入社、音響研究所で、音の研究に励む。この頃、若き日の小川に私は会っている。2014年にテクニクス担当に就任して以来、経営リーダーとして私はIFAやCESで10回以上、インタビューしている。今、小川はパナソニック執行役員、アプライアンス社副社長・技術本部長の要職にあり、日本オーディオ協会の会長も務めている。であるのと当時に、盤石のテクニックとソウルフルなマインドを持つ経験豊かなジャズ・ピアニストなのである。

 小川の明晰なタッチ、透明度の高さ、鋭角的な音輪郭という音楽的特徴を最大限に活かす楽曲として、周年のジョージ・ガーシュウイン、デューク・エリントン、コール・ポーター作品を選択した。協演を重ねた気のあった仲間達と繰り広げる自由闊達、疾走感に溢れるスウィングには、録音時、モニタールームで聴きながら、思わず体を揺らせたものだ。「エトレーヌ」同様、A面は私が、B面(CDでは連続再生)は潮晴男氏がプロデュース。全12曲だ。A面のパーソネルは田辺充邦(ギター)、山村隆一(ベース)、バイソン片山(ドラム)という重量級トリオ。

 制作方針は、「エトレーヌ」同様、手直し編集なしの「ワンテイク録音」、生成りの素直な音を得るためコンプレッションを使わない---だ。今回は世界最高のDAW(デジタル・オーディオ・ワークステーション)と称される、Pyramicsにて、384KHzサンプリング/32ビット録音した。オーディオ的用語を使うと「剛性が高く、盤石な安定感を聴かせる。F特は文字通りピラミッド型」のDAWだ。名匠、塩澤利安のPyramics録音をぜひ堪能して欲しい。アルバムタイトルのBalluchon (バルーション)とは、フランス語で「旅立ち」の意味だ。

 私がプロデュースしたA面の聴きどころを解説しよう。

①Oh lady be good
ガーシュウィン作。小川理子は抒情的なタッチの前奏から一転してアップテンポに進め、コキゲンなスウィングが展開。ピアノを始め、ギター、ベース、ドラムスも快活なリズムを聴かせる。ピアノのエッジがしっかりと立った決然さ、ギターのセクシーさに注目してほしい。

②Love for sale
コール・ポーター作詞・作曲によるスタンダード・ナンバー。1930年のブロードウェイミュージカルThe New Yorkersで歌われた。「愛の売り物」との意味で、売春婦の販売促進がテーマ。「愛を売る」ための勧誘文句が連続するため、当時は放送禁止となり、それが逆に注目を呼び、楽曲の良さと相まって大ヒット。本演奏ではアクセントがくっきりとしたゴージャスなピアノ、クリヤーなコードワーク、ドラムの躍動、ギターの立ち、ベースの色気……が聴きどころだ。

③In a sentimental mood
デューク・エリントンが1935年に作曲。物憂げなメロディがスタンダードとして長く愛さている。ソニー・ロリンズ&モダン・ジャズ・クァルテット、ビル・エヴァンス、デクスター・ゴードン、エラ・フィッツジェラルド、サラ・ヴォーンなどが名盤を残している。本演奏は、音楽的表情の豊かさ、タッチの明晰さ、ベースのスケールの大きさ、ソロギターの官能性……が、聴きどころだ。

④Do nothing till you hear from me
オリジナルは、1939年にデューク・エリントンがトランペッターのクーティ・ウイリアムスのために作曲した「Concerto For Cootie」という器楽曲。1943年にボブ・ラッセルによって歌詞がつけられた。気心の知れた仲間たちと、繰り広げる躍動のセッション。「一度や二度はキスくらいしたことがあるし、抱き合ったこともあるけど、噂を信じちゃだめよ。それを浮気といっちゃいけない、何を聞いても、私から直接聞くまでは信じないでね」と、小悪魔的な歌詞がコケティッシュに歌われる。小川はピアノとヴォーカルを同録している。

⑤I got Rhythm
1930年、ジョージ・ガーシュウィン作曲のスタンダード・ナンバー。作詞はアイラ・ガーシュウィン。ミュージカルGirl Crazy挿入歌として制作。ミュージカル映画「巴里のアメリカ人」では、主役のジーン・ケリーがパリの子供達と歌った。重量級のクルマを軽々とドライブするような強烈駆動力のピアニズムが聴き物。文字通りリズムが躍動している。

⑥But not for me
ジョージ・ガーシュウィンが作曲し、アイラ・ガーシュウィンが作詞した失恋ソング。1930年、ミュージカルGirl Crazyのために書かれた。They're writing songs of love, but not for me「人たちは恋の歌を作るが、それは私のためではない」という切ない歌詞だ。オリジナルのプロダクションではジンジャー・ロジャースが歌った。小川理子にはソロで弾いてもらった。一音一音にアクセントを持つ和音の重奏感、快適なスウィング感、低音の盤石感と高音の絢爛さとの絡みが聴きどころだ。

B面は潮晴男がプロデュースした。
⑦Take the A train
⑧ jam blues
⑨Smile(ヴォーカル入り)
⑩Perdido
⑪Nobody knows the trouble I’ve seen(ヴォーカル入り)
⑫Lady Madonna
バックミュージシャンは浜崎航(テナーサックス、フルート)、中平薫平(ベース)、吉良創太(ドラム)



◆小川理子 プロフィール
大阪市生まれ、慶應義塾大学理工学部・生体電子工学科卒業。松下電器産業(現パナソニック)株式会社入社、音響研究所に配属。会社員の傍ら、ジャズピアノを弾きはじめる。2003 年、米国Arbors Records からCDをリリースし、「Jazz Journal International」誌2003 年度評論家投票にて第1位獲得。2008 年、社会貢献活動の一環で、中国四川省大地震のチャリティコンサートを企業横断で企画、出演。2014 年、テクニクス事業推進室長。2015 年、執行役員就任。2018 年、執行役員兼アプライアンス社副社長・技術本部長。



◆ウルトラアートレコード 関連作品


『エトレーヌ』/情家みえ

オーディオ界で絶対的な信頼を集める評論家、潮晴男と麻倉怜士の二人による新レーベル「ウルトラアートレコード」。上質な音楽を極力加工せず生成りのままでリスナーに届けることを命題とするこちらのレーベルの第1弾となる作品、情家みえ『エトレーヌ』が遂にハイレゾ配信開始。情家みえが心を込めて歌うファンへの贈り物。二人のオーディオ評論家が魂を込めて製作した音楽ファン、オーディオファンへの贈り物、それがエトレーヌです。

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