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アナログ・テープレコーダーが捉える音の気配! 藤田恵美のシリーズ最新作『camomile colors』がハイレゾで登場

2018/11/20
2001年からスタートした藤田恵美さんのソロ・プロジェクトであるcamomileシリーズに、待ちに待ったニュー・アルバム『camomile colors』がいよいよ登場します。究極の高音質で知られるサウンドでオーディオ・マニアからも一目置かれる存在であり、「元の音により近いハイレゾで聴いていただけるのは私も含め、演奏者皆さんの細かな表現が届けられて嬉しい」と語る藤田さんが本作で取り上げているのは、ビートルズやカーペンターズの人気曲のほか、映画にまつわる楽曲やヨーロッパの民謡など。同シリーズのレコーディング・エンジニアを務める阿部哲也さんにもご同席いただきながら、そのコンセプトやサウンドなどについてお話しを伺いました。

インタビュー・文◎北村昌美 写真(取材時)◎山本 昇


『camomile colors』/藤田恵美



 藤田恵美の幅広い音楽活動の中でも特に人気の高い「camomile」シリーズに8年ぶり5作目となる新作『camomile colors』が完成し、ハイレゾでリリースされる。ポピュラー音楽の有名曲に加え、ディズニー映画の挿入歌やスコットランド民謡などを交えた内容は、これからの肌寒い季節にぴったりの心を温めてくれる曲ばかり。藤田の声とアコースティック楽器にこだわった録音は、整ったオーディオ環境で聴くほどその持ち味がしっかりと伝わってくる。ここでは新作における選曲から構成、さらにレコーディングにおけるプロセスなどをご本人と「HD Impression」レーベルのエンジニア阿部哲也さんに伺った。HD Impressionはとりわけ音に対して気を配ったタイトルを数多くリリースしていることで知られる、いま注目のレーベルだ。

――まずは新作『camomile colors』のコンセプトから聞かせてください。

藤田 camomileシリーズは、聴いていると眠りを誘うような心地いい音楽を届けたいというコンセプトでつくってきました。2001年に発表した『camomile』、2003年の『camomile blend』、そして2006年の『camomile classics』が香港を中心とした海外の都市で注目を集めたんです。当初はカフェやヨガ教室、マッサージ・ルームといった環境で楽しむ音楽としてファンの皆さんに支持されてきました。

「中にはそれほど有名ではない曲も採り上げていますが、そうした知られざる名曲にスポットを当てるのもcamomileシリーズの目指すところ。そこから広がるいろんな音楽を聴いて楽しんでいただけると嬉しいです」(藤田さん)


 2001年リリースの第1弾『camomile』が香港において、“聴く薬”として一躍ブレイク。その流行は台湾、シンガポール、マレーシア、インドネシアなどへ広がり、各国でプラチナ・ディスクやゴールド・ディスクなどを獲得するほどの人気を博した。

――日本では2007年に発表された『camomile Best Audio』が大きな話題となりました。

藤田 そうなんです。『camomile Best Audio』は先の3枚のアルバムから曲を厳選し、エンジニアの阿部さんが曲をリミックス(=再構築)してくれたんですが、ありがたいことに、それが日本のオーディオファンの皆さんからもご支持をいただくことができたんです。

――藤田さんとエンジニアの阿部さんがタッグを組むようになったのは、いつ頃から?

藤田 阿部さんとはLe Couple(ル・クプル)時代からご一緒しているので、もう長いですね。

阿部 僕がミキサーズラボを辞めた頃に声をかけてもらい、ご一緒しています。先ほど話に出てきた『camomile Best Audio』をソニーの金井隆さんと共にリミックスする機会を持てたことで、ミックスにおける“音像と音場”について、それまで以上に強く意識するようになったんです。藤田さん独特のヴォーカルをあくまで中心に捉えながら、その声の魅力を最大限引き出せるようにバックの演奏を収めることを心掛けています。

camomileのコンセプトや新作『camomile colors』の聴きどころを楽しく語ってくれたお二人


『camomile Best Audio』ではステレオ・ミックスに加え、サラウンド・ミックスを制作することで、声とバッキングが有機的に溶け合うcamomileシリーズ独自の音が誕生することになった。音の奥行き方向のみならず、天井の高さ方向までしっかりと表現されるサラウンド・ミックスの制作が、その後の2チャンネルのステレオ・ミックスの在り方にも影響を及ぼしている点が興味深い。

――本作の選曲はどのように行なわれたのですか?

藤田 以前は主に、自宅のCDコレクションなどから曲を選んでいたんですが、個人的なコレクションから選ぶとどうしてもマニアックになり過ぎてしまうんです。いまは動画サイトなどを閲覧し、さまざまな曲に接しながら決めていくことが多いかもしれません。また、関係者や周辺スタッフから「この曲を歌ってほしい」とリクエストをもらうことも少なくないんですが、有名曲ほどオリジナルのクオリティが高いので、自分の歌として唄うのは難しくなってきます。あまりオリジナルに寄り過ぎてしまうと、聴き手に新鮮な気持ちで聴いてもらえないと気になってしまうんです。

阿部 その辺りのバランスをとるためにも、新作ではこれまでのアルバムよりも多い5人のアレンジャーを起用することで、皆さんが聴き馴染んだ曲に新たな光を当てているんです。

藤田 最終的には自分の声と音域に合った曲、独特の“間”のある曲を選んでいるのですが、若い頃にカントリー・ミュージックなどを歌っていたこともあって、素朴な曲が大半を占めています。アレンジやミュージシャンが変わると同じギターでも音色は当然ながら変わってきますし、聴き手が思い描く曲のカラーも変わってくると阿部さんと話していたんです。

――有名曲やスタンダード曲を聴く醍醐味はまさにそこにあると言っても過言ではないかもしれません。ところで、2018年の9月に開始されたという本作のレコーディングですが、藤田さんのブログでとても空間の広いスタジオの写真がアップされていました。

阿部 今回のレコーディングは銀座の老舗スタジオ、ONKIO HAUS(音響ハウス)で行ないました。近年は都内近郊を見渡しても、ある程度の広さが確保できて、しかも天井が高い空間を持つスタジオは少なくなりました。それに加えて、camomileシリーズにおいて重要となるアナログ・テープレコーダーが完備されているスタジオはさらに限られてきます。camomileシリーズは音を創るというよりは、空間をそのまま収めるというコンセプトで録音に取り組んでいます。いまではすっかり珍しい録音スタイルになってしまいましたが、ミュージシャンが顔を見合わせながら「せーの」で演奏を始める。それをそのままパッケージするのがcamomileシリーズの変わらない録音スタイルになっています。

「奥行き感も含め、できる限りそのままの音を飾らずにお届けするのがcamomileサウンドのコンセプトです。そんな音と音の間にある空間の気配を感じ取ることができるのも、ハイレゾならではの面白さですね」(阿部さん)


藤田 今回参加してもらったミュージシャンの方たちもスタジオに入ってくるなり、アナログ・テープレコーダーの周りに集まってきて写真を撮り出すんです(笑)。camomileシリーズではアナログ録音は珍しいことではないのですが、いまとなってはやはり物珍しいんですね。ブログにアナログ・テープレコーダーと一緒に写っている私の写真を載せたところ、香港のレコード会社から、「その写真をCDの帯にぜひ使いたい」と連絡がありました。すっぴんで写っているし、どうかとも思ったのですが(笑)、帯なら使うサイズも小さいから、「どうぞ使ってください」と返事を出したんです。そうしたら、今度は「宣伝用のポップに使いたい」と連絡がきて、「もう好きに使ってください」って(笑)。

阿部 アナログ・テープレコーダーの存在が、まるで新作のアイコンになってしまったようですね。

――ProToolsに代表されるデジタル・レコーダーとアナログ・テープレコーダーの違いはどこにありますか?

阿部  ProToolsも最近は良くなってきてはいますが、まだ若干の違和感があるんですね。その要因は音が滲まないということです。例えば、二つの音を重ねたとき、ProToolsの場合は混じるという感じになりますが、アナログ・テープレコーダーでは音が滲んでくれるんです。

藤田 どう違うの?

阿部 混じると二つの音の線は見えなくなるんだけど、滲む場合はそれがちゃんと見えて色まで分かる。もちろん、滲ませ方はうまくやらないときれいに聞こえないんですけども。このように、デジタル録音機器のレベル差で得られる“混じる”音像と、アナログ・テープレコーダーで得られる“滲み”には大きな違いがあるんです。

――今回の『camomile colors』も、ハイレゾで聴くと音の気配というべきものをすごく感じました。

阿部 イコライザーやコンプレッサーを施せば施すほど特定の楽器の音を際立たせることはできるんですが、周りにある雰囲気は出てこなくなってしまいます。藤田さんのcamomileシリーズのコンセプトにマッチしているのは、アナログ・テープレコーダーで得られる独特の“滲み”なんです。歌や演奏がそのままそこにあるかのような気配は、ハイレゾでは如実に感じられます。CDでは残念ながらそんな気配までは伝わらないんですよね。

――そのほか、録音やミックスでポイントとなることはありますか。

阿部 ミックスの際は小音量で聴いても、藤田さんの声とすべての楽器の音色がなるべく伝わるように心掛けています。そして、藤田さんの声の魅力は低音域にあると感じているんです。藤田さんのように、下からくるような声を女性で持っている人はなかなかいません。その低音も上手く録れるように、マイクも口径の大きなノイマンのU-47 TUBEを使いました。ちなみにその低音は、最初のほうのテイクではよく聞かれるのですが、テイクを重ねるごとに少なくなって、今度は上が伸び始めるんです。もちろん、上は上ですごくきれいなんですけど、僕はその包み込むような独特の低音を大事にしたいので、どこでOKとするかは、なかなか悩ましいところなんですよ。

――最後に藤田さんの新作をハイレゾで楽しまれているリスナーの方たちにメッセージをもらえますか?

藤田 いい音って人それぞれで感じ方が違うとは思うのですが、素朴な歌を通してミュージシャンの表情や歌い手の個性を少しでも感じてもらえたら嬉しいですね。音楽はいろんな楽しみ方があることも、併せて知ってもらえたらと思います。

阿部 ありのままを捉えた最新のcamomileシリーズを感じてもらえると幸いです。

――今日はありがとうございました。

                 


■「空間」をそのまま収めた『camomile colors』の聴きどころ

 本作『camomile colors』の聴きどころは藤田の発言にあった“声と音域”、そして“間”、さらに阿部エンジニアのコメントにあった“滲み”という言葉に集約されているといってもいいだろう。最終的に選ばれた11曲は、5人の編曲家によりミュージシャンたちの個性がしっかりと引き出されていく。それを空間ごと収めるのが、阿部の役割となっている。過度な演出は微塵もなく、真っさらな状態であるからこそ、彼女の音楽は「耳で聴く薬」と呼ばれているのだ。

 山田貴子が編曲を担当した「Close to You」と「Wishes」(「ひだまりの詩」英語バージョン)はジャズ・テイストが前面に打ち出され、ひときわ大人っぽい雰囲気で迫ってくる。岩田卓也の尺八がフィーチャーされた「Colors of the Wind」は音場が広く、パーカッションが左サイドから響いてくるのが印象的だ。音数の少ない「Let It Be」と「The Water Is Wide」は昔から藤田と交流のあるShime(コーラス)と西海孝(ギター/マンドリン/コーラス)との共演により、カントリーソングのような朴訥としたテイストが充満する。夜をイメージさせるスティングの「Shape of My Heart」は本作では異色ともいえるカバー。前の曲でもギターでサポートしている西海孝の演奏に穏やかなクラリネットの音色が被さり、藤田自身によるコーラスワークが添えられているのも聴き逃せない。同じギターを伴なった演奏でも先の「Let It Be」とは趣きの異なるのが「Vincent」だ。小松原俊のギターに加え、ここではチェロの響きが加わることで音に独特の厚みが生まれている。

 澤近泰輔のピアノが曲を牽引する「Someday」はストリングスの音色と相まって、煌びやかな音世界が立ち現れる。控え目に歌われる藤田のヴォーカルに寄り添ったバッキングが、ハイレゾでは小音量で聴いても表現力豊かに響いてくる。1980年代CMでも起用されたランディ・ヴァン・ウォーマーの「Just When I Needed You Most」は先の「Colors of the Wind」同様、パーカッションが終始聞こえてくる。ここでは尺八の代わりに尾崎博志のペダルスチールが曲に彩りを添えている。「You Raise Me Up」ではバイオリンやホイッスルが導入されることで、この曲の持ち味に陽性のキャラクターがプラス。郷愁を誘うトーンは何度でも繰り返し聴きたくなる。アレンジは宇戸俊秀。小松原のギターが曲をリードするスコットランド民謡の「Ae Fond Kiss」は先の「Vincent」とは楽器編成が変わり、牧山純子の弾くバイオリンが静かに寄り添う。

 本作はアナログ・テープレコーダーで録音された恩恵からか、驚くほど音の浸透力が高く、音量をかなり下げて聴いても楽器の音色や藤田の声の魅力がしっかりと伝わってくる。お世辞ではなく、阿部エンジニアの発言にあった「空間をそのまま収める」という録音コンセプトが見事に音に表れていると思う。

『camomile colors』の録音で使用された音響ハウスのアナログ・マルチはSTUDERのA820M[写真提供:HD Impression]


コンソール・ルームに積まれているのは音質を左右するヘッドアンプ。右はNEVE 1073(上)、SHEP 1073(下)。左はBrabec(上)、Focusrite ISA-828(下)[写真提供:HD Impression]



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