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【10/10更新】 印南敦史のルール無用のクラシック

2018/10/10
タイトル通り、ロック好きでもJ-POPファンでも楽しめるクラシック音楽を紹介する、ジャンル不問のクラシック・レヴュー。月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による連載「印南敦史のルール無用のクラシック」!
エマニュエル・パユ/SOLO
フルートのポテンシャルを最大限に活かし、バロックから現代音楽までを同一線上でリンクさせた傑作


以前、アレクサ・スティルの『Syzygy』をご紹介した際、フルートという楽器をかなり誤解していたことをカミングアウトしました。

早い話が、柔らかな音色の表面的なイメージに縛られすぎ、フルートを牧歌的かつメルヘンチックに捉えすぎていたということ。しかしそんな偏りを、『Syzygy』が大きく修正してくれたわけです。

が、実はその話には続きがあります。『Syzygy』のリリースから約3カ月後にリリースされたエマニュエル・パユのニュー・アルバム『SOLO』を耳にした結果、フルートのイメージはさらに先鋭的なものとなったのです。

同じフルート奏者だとはいえ、アレクサ・スティルとエマニュエル・パユの個性にはだいぶ違いがあります。しかし、いずれにしてもこのアルバムは、『Syzygy』とはまた異なるインパクトを与えてくれたのです。

「フルートの貴公子」などという、こっちが恥ずかしくなってくるような呼ばれ方をしていたりもするエマニュエル・パユは、フランス人とスイス人の両親の間にスイス・ジュネーヴに生まれた人物。1970年1月生まれだというので、現在は48歳ということになります。

フルートを始めたのは6歳のときで、以後はパリ国立高等音楽院でミシェル・デボスト、アラン・マリオン、クリスチャン・ラルデ、ピエール=イヴ・アルトーに師事。同音楽院卒業後は、同じスイスのフルート奏者であるオーレル・ニコレの下で研鑽を積んだのだそうです。

日本で注目されたのは、神戸国際コンクールで第1位になった1989年のこと。1992年には、ジュネーヴ国際コンクールでも第1位を獲得し、さらには同年、クラウディオ・アバドが音楽監督を務めていた時期のベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のオーディションに合格。翌年にはベルリン・フィル首席ソロ奏者に就任したのでした。

2000年6月にはベルリン・フィルを退団し、2001年6月までジュネーヴ音楽院フルート科の教授を務めましたが、翌年4月にはベルリン・フィルに復帰。首席奏者およびソロ・フルーティストとしての演奏活動を再開しました。

個人的にはむしろソロ作品のほうが強く印象に残っていて、たとえばギタリストのクリスティアン・リヴェとともに世界核国の名曲を演奏した2013年の『Around The World』はよく聴いた覚えがあります。

「フランス革命」時期に焦点を当て、バロック後期から古典派の作曲家による作品を取り上げた2005年の『Revolution』や、C.P.E.バッハの作品を演奏した2016年の『Bach, C.P.E.: Flute Concertos』あたりも好きだったな。

けれど、(あくまで個人的な見解ですが)今回の『SOLO』は、明らかにそれら過去の作品とは“違う”のです。

タイトルからもおわかりのとおり、フルート1本だけでオリジナリティ豊かな世界観を構築してみせた画期的な作品。2017年11月の来日公演でもフルートのみで70分におよぶパフォーマンスを披露して話題になりましたが、その試みの延長線上に生まれたのが本作だと言えるのではないでしょうか。

特筆すべきは、その「構成」です。武満徹「エア」で幕を開け、以後は19世紀の作曲家であるカルク=エーレルトの「ソナタ・アパッショナータ」、20世紀のアルテュール・オネゲル「牡山羊の踊り」、パユが初演を受け持った2003年のマティアス・ピンチャー「beyond (a system of passing)」、イェルク・ヴィトマンの2016年作「小組曲」などが披露されるのですが、それらの間にドイツ・バロック期の作曲家であるテレマン「無伴奏フルートのための幻想曲」全12曲がバランスよく散りばめられているのです。

つまりは、バロックから現代音楽までを横断してみせているということ。どう考えても大胆な試みであるわけですが、それでいて、まったく違和感はありません。いや、それどころか、これだけヴァラエティに富んでいながら、圧倒的な統一感が貫かれています。

それは言うまでもなく、パユがフルートという楽器のポテンシャルを最大限に発揮しているからこそ。

上記のように彼はこれまでにもさまざまな試みを行ってきたわけですが、ここにきて、さらなる高みに届いたような印象があるのです。

ちなみに僕は執筆中にはクラシックを流していることが多いのですが、この約半年間、邪魔にならず、それでいて心地よい刺激を与えてくれるこのアルバムは、かなりのヘヴィー・ローテーションでした。

おそらく、今後も聴き続けることになると思います。


◆今週の「ルール無用のクラシック」


『Solo』
Emmanuel Pahud




『Around The World』
Emmanuel Pahud



『Revolution - Flute Concertos by Devienne, Gianella, Gluck & Pleyel』
Emmanuel Pahud



『Bach, C.P.E.: Flute Concertos』
Emmanuel Pahud







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印南敦史 プロフィール

印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。

ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」