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【インタビュー】人気エンジニア・深田晃自主レーベル第2弾はJ.S.バッハ「平均律クラヴィーア曲集」

2018/09/28
第1弾の「メディテイション – フローベルガーの眼差し」が大反響を呼んだ、エンジニア・深田晃の自主レーベル「dream window」の第2弾が待望のリリースとなりました。チェンバロ奏者・桒形亜樹子が今回取り組んだのは、J.S.バッハ作曲『平均律クラヴィーア曲集』。鍵盤作品の金字塔でありながらまだハイレゾ録音が少ない当作を、ハイレゾ・ファンから厚い信頼を得ているエンジニア・深田晃がレコーディング。両氏が2017年12月に4日間をかけて取り組んだ、緻密かつ充実したDXD(352.8kHz/24bit)オリジナルレコーディングをお愉しみいただけます。


『J.S.バッハ: 平均律クラヴィーア曲集 第1巻 BWV 846-869(1722年自筆手稿譜による)』
/桑形亜樹子



【前作】

『メディテイション ~フローベルガーの眼差し~』
/桑形亜樹子




新作リリースにあたり、「dream window」のレーベルオーナーでありエンジニアの深田晃氏、チェンバロ奏者の桒形亜樹子氏にインタビューを行いました。
「チェンバロ録音をぜひやりたいと思っていた」という深田氏と、「録音には興味がなかった」という桒形氏。両氏がどのようにレコーディングに挑み、共に作品をつくりあげていったのか。その全容をお伺いしました。

左:「dream window」レーベルオーナー&エンジニア 深田晃氏
右:チェンバロ奏者 桒形亜樹子氏
(2018年9月20日 ナクソス・ジャパン会議室)


「録音に興味がなかった」にもかかわらず…

――エンジニアである深田さんが、自主レーベル「dream window」を立ち上げられたきっかけは何ですか?

深田晃(以下、深田):「dream window」は私の会社の社名でもありますが、武満徹の「夢窓(Dream/Window)」という作品が由来になっています。私は武満の作品が醸し出す、「静かな音」がとても好きなんです。チェンバロやハープといった古楽器もそうした静謐感がありますね。ところが、仕事として古楽器の録音にかかわる機会はめったにない。それならば自分で録ろう、ということで、かねてからファンだった桒形亜樹子さんに演奏をオファーしました。実は、桒形さんの演奏会には2012年頃から足を運んでいたんです。

桒形亜樹子(以下、桒形):正直に言うと、私は録音というものに興味がなくて。演奏というのは日々変わっていくものですし、ライブに勝るものはないと思っていました。自分の演奏を聴き返すのも好きではなくて……。
ただ、所持しているKATZMANのチェンバロ(第1弾『メディテイション - フローベルガーの眼差し』で使用)の「いまの音」を残してあげたい、とは思っていました。2001年製作の楽器で、ちょうど育ってきた頃合いでしたから。深田さんが有名な方だということも知らないまま「まあ、録ると言ってくれるならやってみるか」と(笑)。
選曲も紆余曲折ありましたが、最終的には深田さんが「桒形さんが何をやりたいかです」とズバっとおっしゃってくれて、フローベルガーのもっとも有名な6つの組曲に決めました。

Jeol KATZMAN (Amsterdam) 2001年製作のチェンバロ
(1638年ヨハネス・ルッカースによる)


自分の演奏の録音を聴いて泣いたのなんて、はじめてです。

――最初にレコーディングに挑まれたときの印象は?

桒形:深田さんは、レコーディング中に良いとか悪いとか、何もおっしゃらないんです。だからすごく怖かったです。
『フローベルガー』の録音は、会場のザ・ハーモニーホール(長野県松本市)に向かう途中でバスが遅延したり、季節外れの雪が降ったりとトラブル続き。しかも実は私は指を怪我していて、右手をほぼ4本指で弾いています。レコーディングが終わったあと、A4の紙に何枚分も気になる点を書き出して「だめかも」と言ってしまいました。でも、深田さんはサラッと「まあいいんじゃないですか」と。

深田:録音の時点で、どういうものになるかは判断できていますからね。それに、レコーディングにトラブルはつきものです。

桒形:でも、同じ頃に、長いメールを一通いただいたんです。「もう少し僕の仕事を知ってください」と。それを読んで、さらに深田さんの最新の仕事のひとつ『GOODPEOPLE』と、上がってきた『フローベルガー』の編集音源を聞いて衝撃を受けました。泣けました。自分の演奏の録音を聴いて泣いたのなんて、はじめてです。あまりに美しくて。そのときにやっと、ウェブでいろいろと検索して、深田さんがスゴい方だと知りました。今更ですよね。本当にすみません……。


『メディテイション - フローベルガーの眼差し』紹介映像



『GOODPEOPLE』深田晃氏 公開インタビュー


驚きの空間把握とマイクセッティング

――『フローベルガー』は2017年12月にリリースされ、稀にみるヒットとなりました。それがこのたびの第2弾につながるわけですね。

桒形:第2弾の話を持ちかけたときは、発売どころか、まだ『フローベルガー』の編集を聞く前でした。例の長いメールをいただいて、ああ、この方はただものじゃないと思いはじめていた頃。ちょうどバッハの『平均律クラヴィーア曲集』を何度か演奏する予定がありましたので、「この作品を録音したい」と。そうしたら、すぐスケジュール帳を出して「いつがいいでしょう」って。即、決まりでした。
レコーディング会場は2人で探しに行きました。深田さんは何箇所も見て回られるんですが、一緒に行くと驚きますね。深田さんは一箇所に立っているだけなんです。私も、自分の楽器で音をひとつ鳴らしさえすれば、音がどこに飛んでいくか見えますが、深田さんは何もせずに、本当にただ立って、あちこち見ているだけ。1分弱くらい。それで「はい、わかりました」と。やはり感じているものが違うんでしょうね。

深田:たとえば、狭い部屋に入ると、空間のきゅうくつさを感じるでしょう。それと同じなんです。呼吸の音とか、少しの会話とかで、会場の特徴はだいたいわかります。最終的には、ホールの空き状況などの都合も考慮しつつ、埼玉県の三芳町文化会館(コピスみよし)に決めました。

桒形:驚いたといえば、マイクセッティングもそうですね。普通は、楽器の音を聴きながら何度も何度もマイクを動かして位置を調整していきますが、深田さんは最初にセッティングを決めて、そのあとは1ミリも動かさない。もう少し低音がほしいとか、意見のすり合わせをして調整はしますが、本当にそれだけ。深田さんは宇宙人かな?と思いましたね。

コピスみよしホールにセッティングされるマイク


深田:チェンバロは楽器にマイクを近づけて録った音源が多いですが、私は空気と混ざった音を録りたいと考えているので、空間ありきでマイクをセッティングします。ハイレゾ時代なので、離して録っても音がボケることがないですし、演奏会で聴くのと近い形になります。
ただ、『平均律』の録音はノイズに苦労しましたね。いざ当日に会場に入ったら、電源装置を覆っていたシャッターが壊れていて、ノイズが起きるのを避けるためにホール内の電源を落とさなければなりませんでした。

桒形:深田さんがスニーカーを履いてらしたのですが、蛍光色のロゴが暗闇で光っているのが見えるんです。それくらい真っ暗でした。私は暗いと落ち着いて演奏できるのですが、調律師は大変そうでしたね。

『平均律クラヴィーア曲集』はホール内の照明を落とし、暗がりの中で録音された


バッハは余計なものを捨てなければならない

――『平均律』の録音のときは、第1弾の『フローベルガー』よりも、おふたりは親密になられたようですが…

桒形: フランスの薔薇の村の話とか、色々音楽と関係ない話ばかりしていましたね。

レコーディングの思い出話に花を咲かせる深田氏・桒形氏


桒形:録音順はお任せということだったので、私が決めました。レコーディングは4日間で、『平均律』を録るにはタイトなスケジュールでしたし、譜めくりや調律を途中で入れざるを得ないような長い曲もありますので、必ずしも番号順ではなく、いろいろ考えつつ組みました。結果的には、ほぼ全部の曲を少ないテイクで録り終えることができました。
私は、いつも1テイク目がいちばん良いんです。ただ、演奏に際して、自分がどうしたいという欲望は基本的にありません。宇宙から聴こえてくる音をそのまま弾くためにはどういうテクニックが必要なのか考える、という感じですね。

深田:ああ、それは録音も同じですね。特にバッハに関しては、出てきた音をただ受け入れる、という感じです。

桒形:『フローベルガー』は、まさしく怪我の功名で、指を4本しか使えず、当初考えていた多くの装飾音をあきらめたのがかえって良かったです。ですがバッハはさらに余計なものを捨てなければなりません。
フローベルガーやクープラン(★)は私にとってフレンドリーな作曲家。でも、バッハは違います。特別な作曲家です。たとえるならば、ドアの向こうにいると思って開けてもそこにはいなくて、はるかかなたにまたドアがある。でも、ようやくそのドアにたどりついて開けても、まだいない。ドアの先にいることはわかるけど、届くことはない。そんな人です。
『平均律』を録音した4日間は、一睡もできませんでした。レコーディングの前日に、別の場所で録った記録録音を聴いて、「ああ、これじゃだめだ……」と思ってしまって。でも結果的には、必ずしも24曲すべて満足というわけではないですけど、その時聞こえていた音が、深田さんのレコーディング技術によってストレートに伝わるものになったのではないでしょうか。こんなことは今まで絶対になかったのですが、『フローベルガー』と『平均律』は、録音を繰り返し聴いています。

★桒形氏翻訳の『フランソワ・クープラン:クラヴサン奏法[対訳版]』(全音楽譜出版社)は8月15日に発売。古楽の専門家を中心に評判を呼び、すでに3刷目前となっている。


『平均律クラヴィーア曲集』は星に導かれて

深田氏自らの撮影によるジャケット


――今回の『平均律クラヴィーア曲集』ジャケットの星空の写真は、深田さん自ら撮影されたものだとか。

深田:数年前に八ヶ岳で撮影した冬空です。レコーディングの1日目がふたご座流星群のピークの日だったこともあり、雑談で星の話をしていて、そのときに桒形さんにこの写真をお見せしたんです。

桒形:いいじゃない、ってなりました。バッハが宇宙的な音楽だというのもありますし。

深田:人と音楽と宇宙、生命とのつながり。バッハはそういったものを感じさせますね。

「深田さんはいつも「まあいいんじゃないですか」……そんな感じなんです」と語る桒形氏


桒形:つながりといえば、深田さんは若い頃に作曲を勉強されていますが、私も高校・大学と作曲科出身なので、勝手に親近感を抱いていたりします。それがなぜチェンバロに転向したのかというと…いまだによくわからなかったりします。ピアノを極めるには手が小さかったとか、作曲科だったので通奏低音が得意だったというような事情はありましたが。しかもチェンバロでバッハの『平均律』を録ることになるとは……。今まで「録音に興味がない」と公言していたので、周りの友人知人からもびっくりされるんですよ。

――それも星の導きですね。

桒形:ということにしておきましょうか(笑)

おふたりからのメッセージ動画はこちら