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【9/11更新】 印南敦史のルール無用のクラシック

2018/09/11
タイトル通り、ロック好きでもJ-POPファンでも楽しめるクラシック音楽を紹介する、ジャンル不問のクラシック・レヴュー。月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による連載「印南敦史のルール無用のクラシック」!
寺嶋陸也/寺嶋陸也plays林光
ミニマルな楽曲と表現のなかに、圧倒的なグルーヴを感じることのできるピアノ独奏作品


ものを書く仕事を始めて、かれこれ25年くらいになります。「まだそんなもんかー」という思いがなくもないのですが、その反面、「ずいぶん時が過ぎたものだなぁ」と正反対のことを感じたりもして、ちょっと不思議な気分ではあります。

そもそも僕の音楽ライターとしてのスタートラインは、ヒップホップやR&Bでした。ヒップホップについて書ける人がまだまだ限られていた時代でもあったので、運がよかったのだろうなと思います。

ありがたいことにたくさん仕事をいただけることになり、昼間の仕事と両立させながら、毎晩遅くまで文章を書いていました。寝る時間すら惜しいような感じだったのですが、それでもつらいと感じたことがなかったのは、充実していたからなのでしょう。

あのころ、文章を書くときにはいつも、ヒップホップを聴きながら肩でリズムをとって、リズミカルにパソコン(初期のころはワープロ)のキーボードを叩いていました。いかにも怪しい光景ですが、もともと文章を書くとき、なによりも意識しているのがリズムなのです。

だから、文章を書くときにはヒップホップをガンガンかけていました。「そんな状況で、よく書けますねー」と不思議がられることもありましたが、文章のリズム感とヒップホップのビート感が、うまいこと絡み合うことになったわけです。

しかし近年はさすがに、ヒップホップを聴きながら文章を書くと気が散ってしまうようになりました。「年のせいで」とか言い出すのは超ダサいと思うのですけれど、それでも年齢の影響は少なからずあるのでしょうね。

ちなみに現在の僕が日常的に聴いている音楽は、全体を10とするとクラシックが8、ヒップホップが1、その他が1という感じです。なんだか極端ですね。

でも、いつの間にやら、文章を書くときにもクラシックがいちばんフィットするようになっていたのです。

ですから必然的に、肩でビートをとりながらキーボードを叩くなどということは少なくなっていきました。というよりも、そういうことを意識すること自体、少なくなっていったように思います。あるとすれば、スティーヴ・ライヒを聴くときぐらい。

だったはずなのに、昨年末に出た『寺嶋陸也plays林光』を聴いていたあるとき、ひとつのことに気づいたのです。

「あれ、いつの間にか肩でリズムをとってる……」

そう、気がつけば、ヒップホップのビートのなかで文章を書いていたあのころのように、この作品の持つリズムの渦のなかに取り込まれていたのです。

寺嶋陸也は、作曲家、ピアニスト、指揮者、音楽祭の音楽監督など、さまざまな方面において精力的な活動を続ける人物。どうでもいいことですが、1964年生まれとのことなので、2歳年上の僕とは同世代です。

このアルバムは、日本を代表する作曲家のひとりである林光の楽曲を取り上げたピアノ独奏作。

林も寺嶋も東京藝大出身(林は中退したようですが)。そして、林が音楽監督を務めていたこともあるオペラ・カンパニー「オペラシアターこんにゃく座」では、寺嶋も演奏経験あり。ということで、いろいろと接点があるようです。

いずれにしても、当初は「いいなー」という程度にしか感じていかなったこの作品に、いつしか僕はどっぷりとハマッていたのです。

たとえばそのグルーヴ(うねり)は、冒頭の「ピアノソナタ ! Andante」に次ぐ「II Allegro」で確認することができます。

当然のことながら、ダンス・ミュージックのように激しいリズムがあるわけではありません。にもかかわらず、言葉にし難い圧倒的なグルーヴを感じることができるはずです。

それは、3つの楽章からなる「第2ピアノソナタ《木々について》」、そして「第3ピアノソナタ《新しい天使》」によってさらに際立つことになります。

これは、理屈で割り切れるようなことではありません。頭だけで考えたような理屈など一蹴してしまうくらい圧倒的な、“音の連なり”がはっきりと見えるのです。そして、その音が肩を大きく揺らすのです。だから結果的に、心まで揺さぶられてしまうということ。

一方、「『島こども歌2』より てぃーちでぃーる・じんじん」もかわいらしく、「『もどってきた日付』より 10月 花の歌」は重厚な雰囲気がポイント。ラスト「ゆうぐれ」の感傷的なムードも印象的です。

強く感じるのは林光という作曲家が持つ豊かな才能と、その魅力を最大限に引き出してみせる寺嶋陸也の表現力。つまりは、とても相性がいいのです。

「ピアノ一台で、ここまで奥深い世界観を生み出すことができるのか」と感じさせてくれる、素晴らしい作品。ミニマルな音像は、ハイレゾで聴くとさらなる奥行きが加わります。


◆今週の「ルール無用のクラシック」





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印南敦史 プロフィール

印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。

ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」