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デビュー25周年を迎えた村治佳織の最新作『シネマ』は全編映画音楽で綴られた新境地

2018/09/19
1993年に『エスプレッシーヴォ』でデビューしたギタリストの村治佳織さん。「25年の貴重な重み」を感じながら作ったというニューアルバム『シネマ』は、『ハウルの動く城』や『ふしぎな岬の物語』『ティファニーで朝食を』など誰もが知っている名画のサウンドトラック集となり、ここでは村治さんの新しい境地も表現されているようです。これまでの活動を振り返りつつ、新作の聴きどころなどを楽しく語ってくれた村治さんの最新インタビューをどうぞ!

文・取材◎石沢功治 写真◎山本 昇


『シネマ』/村治佳織



■「村治佳織ではなく女優になってもらいます」

――2年ぶりのアルバム『シネマ』はアルバム・デビュー25周年記念作品ということですが、これまでを振り返っていかがですか?

村治 自分としては内容の濃い25年を過ごせたなと思ってます。そして、ここを起点に新たなスタートを切れたらいいなとも。

――それは新作のジャケットにも表れています。これまでとはかなり、いや、まったく違った雰囲気で驚きました。

村治 心機一転の感じをジャケットにも盛り込みたいと思い、写真家の操上和美さんにお願いしたんです。そうしたら、操上さんが有名なCMなどを多く手掛けているアート・ディレクターの葛西薫さんをご紹介してくださって。打ち合わせのときに「映画音楽ときたらモノクロでしょう」と。それで、「村治佳織ではなく女優になってもらいます」、とも(笑)。昔の私でしたら、恥ずかしいなどと尻込みしていたんでしょうけれど、せっかくの機会だし頑張ろうと思いました。これも25年の月日でしょうね(笑)。

――撮影はどうでしたか?

村治 3時間くらいだったんですが、葛西さんからは「カメラを意識しないで」と言われました。

――それって難しいですよね?

村治 でも、コンサートで、良い意味で観客をなるべく意識しないようにするのと似ているのかなと。

――なるほど。それも25年の経験の成せる技ですね。

村治 なのでしょうか(笑)。ジャケットで使われたものの他にも、ちょっと『嵐が丘』をイメージして風を当てたショットだったり、エア・ギターでのポーズも撮っていて、それらは内ジャケットに掲載されています。

――前作『ラプソディー・ジャパン』は裏テーマが“ふるさと”と前回のインタビューでおっしゃっていました。対して今度の『シネマ』は裏も表もなくずばり映画音楽です。

村治 はい。最初に映画音楽に取り組んだのは、1998年に出したアルバム『カヴァティーナ』に何曲か収録したのがスタートだったのですが、それを機に少しずつレパートリーが増えてきていました。あと、なによりも休養明けの最初のお仕事が、以前から懇意にさせて頂いている吉永小百合さんの主演映画『ふしぎな岬の物語』でした。思い返せば、休養している間は小百合さんからスイミングに誘っていただいたり、別荘にもお招きいただいたりと、それまで以上に深いお付き合いをさせていただいて。その最中の2013年秋頃に小百合さんとプールで泳いでいるときに、「映画音楽だったらそんなに負担がなく弾けるのではないですか」、とお気遣いのある提言があって、それで2014年の前半にサウンドトラックの録音をしたんです。小百合さんはいつもそうやって私のことを考えていてくださってありがたいなと思っていますし、とにかく素敵な思い出しかないですね。

――今作『シネマ』の選曲はどのように?

村治 私がイギリスのレコード会社デッカと専属契約をして今年で15周年なのですが、私の一連のアルバムのプロデュースをしてもらっているドミニク・ファイフも、私と同じくいつか映画音楽集を作りたいと思っていたようで、今回は嬉しいことに、異常に乗り気だったんです(笑)。どうせやるんだったらすべて映画音楽にした方がいいと熱いメッセージが届きました。そういう感じでしたので、例えば、私はその映画は観たことはありませんでしたけど、16曲目『ローカル・ヒーロー』からの「夢に生きた男」は彼がぜひ入れたいと。逆に私はジブリものは必ず1曲入れたいと思って、2曲目『ハウルの動く城』からの「人生のメリー・ゴーランド」を、といった具合に、ドミニクと一緒になって候補曲を出し合い、20曲以上あった中から協議して18曲に絞り込みました。



■全18曲の多彩なアレンジャー

――前作『ラプソディー・ジャパン』は松本市音楽文化ホール(ザ・ハーモニーホール)でのレコーディングでしたが、今回は5月下旬に茨城の水戸芸術館のホールです。

村治 前作では、ドミニクとエンジニアのジョナサンが小澤征爾さんのセイジ・オザワ松本フェスティバル(旧・サイトウ・キネン・フェスティバル松本)のレコーディングを毎年していて、そのふたりの来日に合わせて『ラプソディー・ジャパン』も録ったんですね。今回もふたりは、小澤さんが水戸室内管弦楽団を指揮して、マルタ・アルゲリッチがピアノを弾くイヴェントに合わせての来日だったのですが、残念ながら小澤さんが体調を崩されて。でも、私のレコーディングは予定どおり行ったわけです。水戸芸術館は、これまで吉永小百合さんの詩の朗読会などで私も演奏させていただいて、常々素晴らしいホールだと思っていました。それから、今回はアルバムの準備の段階からとても楽しかったんです。

――と言いますと?

村治 最初の企画出しは去年の秋頃から始まり、今年に入って収録する18曲が決まりました。10曲目「愛のロマンス」はナルシソ・イエペス編曲ですし、鈴木大介さん編曲の12曲目『ニューシネマ・パラダイス』からの「愛のテーマ」やジョン・ウィリアムズ作編曲の13曲目『シンドラーのリスト』からの「テーマ」など、曲によってはすでにアレンジされているものもありました。それで、それら以外の曲をどういった編曲家にお願いするかとなり、ドミニクもデッカで長年仕事をしているので、良い作編曲家がいるから紹介したいということで、イギリス・チームと日本チームで何曲かずつ分けて決めていったんです。編曲が上がってきたものから練習し始めて、最後に揃ったのが今年3月頃でした。そして、残っていた6曲目『ラストエンペラー』からの「テーマ」と9曲目『ティファニーで朝食を』からの「ムーン・リヴァー」は、今回は思い切って自分でアレンジしてみようと。

――「ムーン・リヴァー」のAメロディのところのハーモニーの付け方、その前の8曲目『カサブランカ』からの「アズ・タイム・ゴーズ・バイ」はジャズ・ギタリスト渡辺香津美さんのアレンジですが、同じ色彩が感じられてとても面白かったです。

村治 カヅミイズムが入ってましたかね(笑)。若い頃から親しくさせていただいているので。

――ですので『アズ・タイム・ゴーズ・バイ』から「ムーン・リヴァー」の流れがとても自然です。並べたのは佳織さんの意向ですか?

村治 いいえ、曲順はドミニクのアイディアです。彼もなにかそういうものを感じ取ったのかもしれません。あと香津美さんのパートナーで、私とはKoko et Kaoli(ココ・エ・カオリ)というデュオ・ユニットを展開しているピアニストで作編曲家の谷川公子さんにもぜひ1曲お願いしたくて。17曲目『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』からの「デボラのテーマ」がそれです。

――先ほどドミニクが推薦した作編曲家というのは?

村治 ポール・キャンベルです。最初、16曲目『ローカル・ヒーロー』からの「夢に生きた男」の編曲が上がって来たのをみたら、ギタリストではないのに、譜面に運指まで書いてあって、さらに同じメロディを繰り返されるところも、少しずつリズムや旋律を変えている……まさにプロの仕事でした。素晴らしいので11曲目『ロミオとジュリエット』からの「愛のテーマ」もお願いしたんです。とにかく譜面の第一印象ってあるんですよね。彼には今後も頼むと思います。

■ハイレゾでこそ味わいたいギターの美学

――「愛のロマンス」は2007年のアルバム『AMANDA』にも収録されています。再録は佳織さんの意向ですか?

村治 いいえ。私は今回はあえて入れなくていいかなと思ったんですが、ドミニクがやっぱり入れようと。それで、同じギターで演奏するのはどうなのかなと思っていたときに、ふと思い付いたのが、トーレスで弾いてみたらどうかと。

――えっ、ギターのストラディバリウスと言われるアントニオ・デ・トーレスですか?

村治 ちょうど1年ほど前からお借りしていて。ただ、19世紀に作られた楽器ですから、音が枯れてしまっているので(注:1859年製Antonio de Torres)、それなりの音量が必要とされるライヴでは弾く機会がないんですよね。レコーディングで使ったのも今回が初めてです。

――それは驚きです。まさかトーレスで弾いていたとは!

村治 それと14曲目の『ゴッドファーザー』の「愛のテーマ」も合うんじゃないかと思い、当初はその2曲の予定だったんです。

――ちなみに、アルバムでは何本のギターを?

村治 4本です。ポール・ジェイコブソン、ホセ・ルイス・ロマニリョスは2本で1972年製と1990年製。この3本をメインで弾こうと思ってスタジオ入りしたんです。まず「愛のロマンス」をトーレスでレコーディングしてみたら、周囲から「ものすごく良い音だね」と言われて。それで、次の曲に進んだら、ドミニクが「そのギターもいいけど、試しにさっきのトーレスでも弾いてみて」となり、ふたつのテイクを聴き比べてみたら、みんなの意見はトーレスの方が良いと。そういう感じでどんどん増えていって、結局1曲目、8?12曲目、14と15曲目、17と18曲目、なんとアルバムの半分以上の10曲がトーレスなんです。裏トーレス・アルバムになっちゃいました(笑)。

――そうだったんですか!

村治 それに弾いてるのが古典の曲ではないというのも斬新ですよね。ただ、当初の2曲以外の8曲は、トーレスでは一度も練習してなくて、いきなりレコーディングすることになったわけです。そういう予想外のケースに対応できたばかりか、むしろそういう意外性を楽しめた自分がいて、これまでの自分の経験も伊達じゃなかったのかな、と(笑)。それこそ25周年の貴重な重みを感じました。

――お話を聞いているうちに、名器トーレスの音色をハイレゾで聴きたくなってしまいました。

村治 音がまろやかですし、音の減衰がとても美しいです。そういったところはより鮮明に聴こえると思います。

――ハイレゾだと、弦の振動とか、爪が弦にあたる右手の繊細なタッチとかも、リスナーにより伝わってきますからね。

村治 ポール・ジェイコブソンとトーレスが一番違うんじゃないでしょうか。音の立ち上がりとか。

――たしかにジェイコブソンはアメリカの楽器でよく鳴りますからね。

村治 そういった違いもハイレゾだとさらに楽しめるでしょうね。

――先ほど音の減衰が美しいとおっしゃいましたが、ギターという楽器はその音の消え際に儚さがあって、私はそこに美学を感じます。

村治 まったく同感です! そこがギターの良さですよね。

――例えば、吉永小百合さん主演の映画からの3曲目『ふしぎな岬の物語』からの「望郷」なんですが……。

村治 あのギターはロマニリョスの1990年製の方ですね。

――エンディングの最後で低音弦の音だけが残るのですが、周波数の関係か音がちょっと揺れて、そのあと消えていくんです。あそこなんかはハイレゾで聴いたらゾクゾクするんじゃないかと。

村治 あの低音は左手で抑えていない開放弦なので、ヴィブラートをかけられないんですよね。

――特にその開放弦などは、弾いたら鳴りっぱなし、言い方は変ですけど弾き手は責任が持てない(笑)。でも音に気持ちが乗っているからこそ、音の余韻にぐっとくるというか。

村治 そういっていただけると何よりです。あそこは“小百合さんありがとう!”という思いを込めて弾きました。とにかく、4日間のレコーディングが終わったあと、“ギターって良い楽器だなー”って素直に思ったんです。アルバムをより多くの方々に聴いていただきたいというのはもちろんなのですが、同時に、自分も聴いて楽しみたいという感覚になったのは、これまであまりなかったような気がします。

――もうこれはハイレゾで聴かないと!

村治 ぜひ楽しんでいただけたら嬉しいです!

「新作『シネマ』では日本の素晴らしいホールで、私が25年間大切に弾いてきたギターに加えて、最近出会ったトーレスという名器の力も借りて、素敵なレコーディングの時間を過ごすことができました。それをハイレゾという形でe-onkyo musicのリスナーの皆さんにお届けできることを、心からありがたく幸せに思っています。聴いてくださった皆さんの声を楽しみに待ちながら、またこの次に生かしたいと思いますので、どうぞドシドシと(笑)、ご感想をお寄せください」

Guitars
◎村治佳織
Antonio de Torres 1859(1,8~12,14,15,17,18)
Paul Jacobson 1992(2,5,7,13,16)
Jose Luis Romanillos 1972(6)
Jose Luis Romanillos 1990(3,4)

◎村治奏一
Hermann Hauser II 1959(1,12)