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【特別企画第1弾】麻倉怜士が分析した井上陽水楽曲の音楽的特徴とハイレゾサウンドのポイント

2018/09/01
9月1日より、井上陽水の珠玉の作品群25タイトルが一挙ハイレゾ配信スタート。今回は、世界的マスタリング・エンジニア、テッド・ジェンセンの手によるマスタリングが施され、更に磨きのかかったサウンドでお楽しみいただけるのも大きなポイント。ここでは、デビュー以来、様々なヒット曲を生み出してきた井上陽水の魅力を、オーディオ評論家、麻倉怜士が「オーディオ的」「ハイレゾ的」、そして「音楽的」観点から分析。さらに麻倉氏の心の琴線に触れ、印象に強く刻まれたという作品をピックアップしてご紹介いたします。
井上陽水 25作品ハイレゾ配信タイトル一覧
特別企画 第2弾:井筒香奈江が選ぶ「井上陽水」6作品



◆麻倉怜士が分析した井上陽水楽曲の音楽的特徴とハイレゾサウンドのポイント


 井上陽水楽曲の音楽的特徴とハイレゾで聴くポイントは次の4点に集約される。

①詞と音楽の完全一致。
旋律主体、リズム主体と音楽自体には驚く程の多様性があり、ひじょうに幅広いスタイルを持つ。注目すべきは、どんな楽曲の場合でも「詞の世界観が音楽のそれと完全に一致」していることだ。したがって井上陽水楽曲をハイレゾで聴く時には「ハイレゾが持つ、豊穣な音楽的な表現力」が、井上陽水の世界をどれほどメッセージとして伝えるかが重要なポイントとなる。

②艶と色気の再現性。
井上陽水の声はひじょうにグロッシーで、色っぽい。特に中高音の艶っぽさは、まったく他の追随を許さない。そのワン・アンド・オンリーの妖艶な光沢感、色気をいかに「演出」するかに、総合的なプロデュース能力が問われる。25枚のハイレゾアルバムをすべて聴くと、初期(70年代)、中期(80年代)、後期(90年代以降)でリバーブセットがかなり異なることが分かる。
初期のアナログ録音のアルバム類はもともとのなまめかしい声質を生成り的に、虚飾少なく収録していたのが、中期、後期になると、作品によっては、リバーブが目に見えて深くなる。1990年「ハンサムボーイ」、2002年「カシス」、「Blue Selection」は、艶をさらに官能的な領域まで演出した好例だ。1980年「EVERY NIGHT」はグロッシーかナチュラルかでいうと、ややグロッシーさが優り、ヴォーカルの粒立ちの細かい色気感が独特の世界を形成している。
1984年の「9.5カラット」の1曲目「はーばーらいと」はリバーブが深く、声の質感が濃密で艶やか。粒立ちも細やか。広がりはあまりないが、ステレオ感は十分。シンセやコーラスの存在感が豊かだ。

③音場と音像の戦略。
 すべてのアルバムは当然2チャンネルステレオだが、音場の使い方が作品によって異なる。基本的に井上陽水のヴォーカルはセンター定位だが、ドラムス、ギター、キーボードなどの楽器が左右の間の特定ポジションに定置しているアルバム・楽曲もあれば、ヴォーカルを含めてすべての要素がセンターに蝟集する場合もある。これらはある意図を持って編曲とミックスダウンが行われている証左だ。
 音場を立体的に演出するのは1990年「ハンサムボーイ」の大ヒット「少年時代」。まさに「音場で聴く楽曲」だ。解像度は高くなものの、甘いというほどでもなく、ファンタジーを涵養するような音場だ。空間の奥深くにバロックトランペットが定位し、オブリガードを奏するストリングスは中央から左に拡がっている。1993年「UNDER THE SUN」は、すべてがセンターに集まる、モノラルのような凝縮感だ。第1曲「Be-Pop Juggler」は高域が粘着質で、艶っぽいヴォーカルの魅力十分。ヴォーカル、ベース、プラス、パーカッションなど、すべての要素がセンターまわりに定位する。ただし決してモノラル的なドライなワンポイント定位ではなく、臨場感も伴う。リバーブも浅い。
 「UNDER THE SUN」第8曲「ストイック」は、パーカッション、キーボード、ブラスは左、ベースは右、ヴォーカルはセンターにそれぞれきちんと定位しており、このアルバムでは珍しくステレオ的な音場が聴ける。

④井上陽水におけるハイレゾの意味と意義。
 井上陽水・楽曲におけるハイレゾの御利益とは何か。それは、これまで述べてきた「詞と音楽の完全一致」「艶と色気の再現性」「音場と音像の戦略」が、CDよりはるかに明確に、明瞭に、濃密に表現されることに他ならない。なかでも井上陽水の音楽と詩の世界がよく深く、より綿密に、そしてよりダイレクトに語られるのが、井上陽水ハイレゾが持つ本質的意義である。

 それを強く感じさせる楽曲が、井上陽水の3枚目のアルバム「氷の世界」(1973年)だ。、SIDE Bの1曲目、有名な「心もよう」(作詞・作曲:井上陽水/編曲:星勝)で、CDと比較検証してみよう。リマスタリングされたCDは、現代的な音調を聴かせる。冒頭、左チャンネルのアコースティック・ギターによる分解コード、センターのピアノのアタック、その背後に笛のようなシンセ音、「さみしさのつれづれに、手紙をしたためています♪」のヴォーカル、その奥にもう一台のアコースティック・ギターがオブリガードを奏する…… この一連の音的なシークエンスにおいて、明瞭だ。

 対してハイレゾ(192kHz/24bit)では、それぞれのパートで、音が錬成された。左のギターは立ち上がり/立ち下がりが鋭く、CDでは表面がフラットな質感だったギター音が、ハイレゾでは音の表面にさまざまな模様が浮かび上がる。ピアノの衝撃音は単にハイテンションというだけでなく、リッチなボディ感が与えられ、倍音情報も聴き取れることで音の持つ表情が豊潤になった。シンセ音もより奥行き方向に拡散していく。
 もっとも変わるのが井上陽水のヴォーカル。音の表面の模様感が聴け、サイズが体積的に大きくなり、音の内部の密度感も大幅に上がる。音の構造が変化し、言葉の意味が立体的なテクスチャーを帯びる。

 するとどうだろう、CDの音よりも細かな表情づけが遙かに分かってくるではないか。「さみしさ」という歌詞を井上は「さみしさぁ」と歌って「さ」の母音を聴かせているが、CDではここがさらっと、あまり意味合いがないように通り過ぎる。しかしハイレゾでは、母音の小さな「あ」でも、「この歌手はこのディテールを表現することにより、自分の詞の世界を明確に伝えようとしている」と聴き取れるのである。これは一例であり、ハイレゾで初めて深遠な井上の音楽と詩の世界が、ヴェールを剥ぎ取って生々しく、体験できるのである。

 さて、25タイトルを全部聴き、以上のポイントが分かったところで、その中から特に私の心の琴線に触れ、印象に強く刻まれたアルバムを年代順に紹介しよう。


◆麻倉怜士が選ぶ井上陽水


『断絶[Remastered 2018]』/井上陽水


◆「断絶」1972年
 井上陽水のファーストアルバム。前述したエッセンスが早くも、濃く語られている。12曲目(以下、数字のみ)「傘がない」はシングルカットされ、代表曲になった。見渡しの良い音場内で、楽器が与えられたポジションに音像を明確に持つのがオーディオ的な醍醐味だ。冒頭の左チャンネルの強調気味のピアノが印象的。センターの大きなヴォーカル音像から、不思議な世界観がしっかりと伝わってくる。パーカッションもセンターに定位。左チャンネルのエレクトリックギターのむせび泣きがセクシー。
 1「あこがれ」。艶艶したヴォーカルが、センターに確実に定位、リバーブは多すぎるというほどではない。アコースティック・ギターが右に左に移動する。3「もしも明日が晴れなら」。フォークのような楽想と世界観だ。ヴォーカルも楽器も明瞭度が高い。4「感謝知らずの女」では左チャンネルのブギピアノがコケティッシュ。コーラスが明瞭だ。5「小さな手」。アコースティック・ギターとヴォーカルがセンター定位。クリヤーで伸びの良い音調だ。セクシーなSAXとため息が意表を衝く。6「人生が二度あれば」。ヴォーカルの質感はハイファイ調。基調としてのナチュラルさを持ちながら、ビロード的な質感は魅力だ。

◆◇◆


『招待状のないショー (Remastered 2018)』/井上陽水


◆「招待状のないショー」1976年
 井上陽水の5枚目のアルバム。吉田拓郎、泉谷しげる、小室等らと設立したフォーライフからの初リリース。ハイレゾ適応度が高い名音楽、名音だ。1「Good, Good-Bye」はハイレゾ向き。歌謡曲的な中域強調型のイコライジングではなく、フラットで強調感も少ない。音色感も過剰なほどグロッシーではない。バックのギター、ドラムス、ベースの音色はナチュラルだ。ヴォーカルのダブルトラックも心地好い。
 2「招待状のないショー」は「ささやかなこのショー♪ 恋を胸に闇に酔いつつ♪」の思いが濃く濃く伝わるポップなヴォーカル。ムーンライダーズのヴァイオリン武川雅寛のヴァイオリンのすすり泣きがたいそう美しい。まるでディズニーの世界だ。3「枕詞」はヴォーカルとバックコーラス、それにヴァイオリン・オブリガードの3者融合が美しい。ハイレゾならではのクリヤーなハーモニーを堪能しよう。

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『EVERY NIGHT (Remastered 2018)』/井上陽水


◆「EVERY NIGHT」1980年
 8枚目のアルバム。1「サナカンダ」は冒頭のアコースティック・ギターがたいへん美しい。ヴォーカル音色と歌詞内容が不思議に懐かしさを醸し出す。カラフルな世界だが、絢爛すぎるほどの色彩美ではなく、バランスが好適。2「クレイジーラブ」。三連伴奏、ギターのカット、ドミナント・セブンス、粘っこいギターソロ……などが60年代のアメリカンポップスを彷彿。そういえば、ポール・アンカに「クレイジーラブ」があった。音の粒立ちが細やかだ。4「Winter Wind」は井上鑑の編曲が絢爛。7「答えはUNDERSTAND」は旋律とコード進行が美しい。トロビカルな雰囲気が素敵だ。

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『LION & PELICAN (Remastered 2018)』/井上陽水


◆「LION & PELICAN」1982年
 10枚目のアルバム。 リバーブが深く、音色がゴージャスだ。1「とまどうペリカン」。スタンダードナンバーの「あなたと夜と音楽と」的な、夜の妖しさが官能的。響きと共に色気が深く伝播していく。ストリングスがキラキラ。2「チャイニーズフード」。井上陽水のヴォーカル音像は比較的小さく、主役ではなくバンドの一員のような雰囲気。ヴォーカルばかりかバックバンドも壮麗だ。3「約束は0時」はヴォーカルもバンドもリバーブがたいそう深い。まるでスペース・フンタジーだ。名曲の7「リバーサイドホテル」はヴォーカル高音の艶的な質感がこれでもかというほど濃く味わえる。

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『永遠のシュール (Remastered 2018)』/井上陽水


◆「永遠のシュール」1994年
 15枚目のアルバム。高解像度でクリヤー。ディテールまで綿密に再現され、ヴォーカルのリバーブは多いが、分厚くなく、クリーンな雰囲気。1「Queen」はステレオ感と臨場感がたいへん豊か。ヴォーカルだけでなく、アコースティック・ギターなどの楽器の質感も丁寧に再現されている。2「真珠」。厚いサウンドだが、誠実なつくり。ヴォーカル音像そのサイズも大きすぎず、小さすぎず。楽想は気だるいファンタジーだ。3「恋の神楽坂」。透明度が高く、細部までよく気配りされている。体積的に大きくないヴォーカル音像は、「真珠」と同様。6「カミナリと風」は懐かしのロッカバラード調。音場の見渡しがクリヤーで、ヴォーカルの粒立ちも優れる。

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『Blue Selection (Remastered 2018)』/井上陽水


◆「Blue Selection」2002年
 陽水名曲にジャズアレンジを施したセルフカバーアルバム。徹底的に人工美を追究している。中森明菜で有名な1「飾りじゃないのよ涙は」。ギター、キーボード、ベースが軽快なビートを奏し、シニカルなヴォーカルが投げ出すような濃い感情が味わえる。間奏のギターのソリッドサウンドに痺れる。
 Tr.2「鍵の数」はオリジナルアルバムUNDER THE SUN(1993年)と、もの凄く違う。イントロのピアノにUNDER THE SUNバージョンにあった ベースが付かない。ヴォーカルがメタリックで、キラキラしている。輪郭もくっきりと。残響の多さが、幻想的なサウンドを形成し、艶艶したヴォーカル音調が響きに溶け込み、色気を振りまく。
 Tr.7「Final Love Song」はピアノのアルペジォとメロディの絡みが有機的。ピアノの高音の輝きと、ベースの安定感との対比が心地好く、音調的、音場的な解像力が高い。ヴォーカルもリバーブ過多ではない。
 ハイレゾの井上陽水は、CDを聴き慣れた耳には、さまざまに発見がある。ぜひダウンロードして、本物の井上陽水の世界を堪能しよう。


井上陽水 25作品ハイレゾ配信タイトル一覧
特別企画 第2弾:井筒香奈江が選ぶ「井上陽水」6作品