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Beauty of Tradition - ミャンマーの伝統音楽その深淵への旅

2014/09/19
バングラデッシュ、インド、中国、ラオス、タイの5カ国に囲まれる他民族国家、ミャンマー。そのミャンマーの伝統音楽を集めた作品『Beauty of Tradition - ミャンマーの伝統音楽その深淵への旅』がいよいよ配信開始。今作は、これまで、あまり日本では紹介されることのなかったミャンマーの伝統音楽の魅力を伝えるべく、日本人エンジニアが現地に赴き40日間滞在。その間に現地で収録した100曲にものぼるアーカイブの中より厳選した全12曲を集めた世界でも非常に珍しく、またアーカイブとしても非常に価値のある作品となっている。

ここでは、そのミャンマーの音楽を魅力に迫りつつ、今作の収録を手掛けたエンジニア、井口寛氏のインタヴュー、そして今作で魅力的な音色を響かせるミャンマーの楽器をご紹介します。


『Beauty of Tradition - ミャンマーの伝統音楽その深淵への旅』
/Various Artists




僕はインディペンデントの音楽レーベルをやっている。
このドキュメンタリーを作る切っ掛けはひよんな事からだった。
僕の事務所に古い友人から電話が入った。
君の事務所でミャンマー人の若者が働くことはできないだろうか?
ミャンマー人との邂逅がすべての始まりとなった。
もともと、僕は民族音楽が好きだった。
小泉文夫みたいな事ができたらいいなとも思ったことがあったし。
そしてトランク7ヶ分の録音機材を持ち込み
ヤンゴンの郊外の小屋で録音することになった。
現地で伝統音楽をやっている音楽家11グループが集まり
毎日録音を繰り返した。
40日かけて100曲になった。
時期はミャンマーの正月、水掛け祭りの頃。
これらの風景をカメラに収めた。




ミャンマーはタイ、カンボジア、ラオス、中国、インドの五カ国に囲まれている。
主要な民族は8部族で細かくは135部族ある多民族国家だ。
今回の録音ははビルマ族中心となり、18世紀の頃からの伝統音楽となった。




サインワインという太鼓が21個、木の風呂桶みたいなのにぶらさがった不思議な楽器がある。
これはこの地方の独特な楽器である。
それが中心となりサインワインオーケストラが構成される。
この楽器演奏者が指揮者となり回りの音楽家達は彼の動きに合わせるのだ。
音階も特殊である。
サインワインの21個の太鼓には音程が決まっていて、
ミャンマー独特の音階になっているのだ。




又、歌を中心に演奏されるが伴奏といった概念はない。
みな歌にフレーズを重ねるスタイルで所謂、和音は存在しない。
西洋のコードの耳で聴くと違和感を感じることもある。
でも、妙な調和があるのだ。
フレーズもその曲だけのものではなく
時には他の曲中にも使用されたりする。
同じ定型的フレーズがいくつもの曲に存在することがある。
そして、譜面はない。
だから、皆、耳で覚えていく。
人から人へ伝えられるのだ。
多少の変化をとげながら。




今、ミャンマーはアウンサンスーチーが解放され、軍事政権下から民主化へと進み、
外国企業が次々と入り込んでいる。
次第に変化の動きはきている。
音楽家達のマインドも変化し
きっと、伝統音楽の在り方も変わっていくのであろう。
時代毎に変化をしながら伝えられるのが伝統音楽かもしれない。
だからこそ、今のこの時期に伝統音楽を録音してみたかった。
遠い昔を旅しているような錯覚のなかで。

 
監督&プロデューサー 川端 潤(Airplane Label)




◆エンジニア井口寛氏インタヴュー

―まず、今回のプロジェクトでは、なぜミャンマーの音楽を録音しようとおもいましたか?
そもそものきっかけをお教えください。


井口寛 (以下 井口):実は今回の録音の前に、一度現地で録音をしているんです。少し遡って、まず2012年にリャン君と言うミャンマー人の青年に東京で出会います。当時私は、ミャンマーが世界のどこにあるのかもはっきりと把握していないような状態でしたが、彼と出会っていろいろと話を聴くうちに、この国に興味を持ったんです。で、行ってみようという事になり、2013年1月に初めてミャンマーへ渡りました。現地ではリャン君の家族が色々と面倒を見てくれて、録音についても事前に「伝統的な音楽を録音したい」というリクエストを伝えておいたので、リャン君のお父さん(パトゥアン)が協力してくれたんです。ただ、始めからスムーズに録音ができたわけではありませんでした。まずは、演奏家探しからです。最初に連れて行かれたのは伝統舞踊や音楽が余興として組み込まれている観光客向けのレストランでした。そこで「コレが伝統だ、録音しろ」と。「そういう事じゃないんだけどなー」と思いながらも、初めて聴くサインワインの演奏に、興奮したのは今でも覚えています。それから、改めて自分の録音に関するリクエストを伝えて、音楽家を探しました。

しばらくして、ようやく出会ったのが今回のプロデューサーのマウンマウンゾーテでした。 最初は「日本語が話せる、音楽大学の先生がいる」という情報を得て、大学にアポ無しで乗り込んだんです。ちょうどその時マウンマウンは不在でしたが、対応してくれた大学職員に「録音できないかな?」と言うと、当然門前払いでした(笑)。僕はミャンマー語は解りませんが、多分結構おこられていたんだと思います。実はこの時、「ああ、録音はもう無理だな」とほとんどあきらめていました。突撃録音に失敗して、カフェで休憩をしていると、なんと!マウンマウンから連絡があったんです。「キター!」って思いましたね、目の前が開けたようでした。30分くらいしてマウンマウンと合流してからは、もう必死でした。なんとか録音に漕ぎ着けようと、自分の気持ちを1.5倍増で伝えました(笑)。




そして意気投合し、その日の内に彼のプライベートスタジオを見学させてもらい、翌日から録音の約束を取り付けました。確かこの時にBEAUTY OF TRADITIONの原型になるアイデアも聞かせてもらったと思います。翌日からの録音は私の個人的なものだったので、自分でどんな演奏を録音したいのかマウンマウンにリクエストを伝えて、彼に演奏家や楽器をアレンジしてもらいました。最初に録音したのは、たしかサインワインだったと思います。いやー、感動しましたね、ついに録音できた!と。普段、依頼を受けて録音する事がほとんどなので、自分から出向いて「どうしても録りたい!」とお願いする事って、まずないですからね。そして、初めて聴くサインワインのアンサンブルは、凄いインパクトでした。「この音楽は何だ?」と。リズムもバラバラだし、メロディーも各々自由に演奏しているように聴こえるし、ヘッドホン越しに爆音で聴いていると、もう脳ミソをかき混ぜられているようでした。ただ、しばらく聴いていると、ハマったんですね。そして、しばらくスタジオに通って、いろいろなジャンルや少数民族の音楽を録音させてもらいました。だいぶ散財しましたよ。(笑)そして実はこの時、今回CDのライナーを書いてもらった、ライターの大石始さんにもお会いしているんです。突然、Facebookを通して「録音を見学したいです」との連絡がありました、音楽家の久保田麻琴さんから私の事を聞いたようです。翌日から大石さんも録音に同行してもらい、最終日にはみんなで打ち上げをしたのを覚えています。何か不思議な縁を感じました。と云うのも、私がこうしてミャンマーの音楽を録音しているのは、久保田さんの影響が少なからずあるからです。久保田さんのお仕事を間近でお手伝いさせていただいていて、「自分もやってみたい」という思いが以前から漠然とあったように思います。

短い期間の録音でしたが、さらに掘り下げてみたいと当然のように思いました。そして、以前聞いていた「BEAUTY OF TRADITION」に自分も録音で参加したいと云う意向をマウンマウンに伝え、この時は帰国しました。そして帰国後、直にエアプレーンレーベルの川端さんに相談しに行ったんですね。「こんな面白い企画があるんですが、一緒にミャンマーに行きませんか?」と。たしか、即答だったと思います、「いいね、やろうか」と。こうして、今回のプロジェクトが始まったんです。


―ミャンマーでは、具体的にどのような状況でレコーディングを行っていましたか?

井口:録音は全て、マウンマウンの自宅スタジオで行い、録音機材はほぼ全て、日本から自分の機材を持っていきました。普段海外に出かける時は、出来る限り身軽で行きたいタイプなんですが、この時は1人で運べる限界まで持って行こうと。結果、スーツケースが大小合わせて5個、マイクスタンドの長いケースが2個と、とんでもない量になってしまいました。パッキングが終わったのが出発当日の朝方だったので、今更機材のアレンジを変更している時間も気力も無く、もうほとんど勢いで空港に向かいました、何とかなるだろう!と。空港ではドキドキでしたね、追加料金はいくらかかるんだ?出国審査は通るんだろうか?などなど。無事に出国することができましたが、スタジオにたどり着くまでに、何度も腕が引きちぎれるかと思いましたよ(笑)。具体的な録音機材としてはPRO TOOLS HDをMAC BOOK PROで動かし、AD/DA ConverterはAVIDの192 I/Oを使いました。HAはGRACE DESIGN M801、マイクはB&K, Neumann, Schoeps, AKG, Shureなど、普段自分が使い慣れている機材だけを持って行きました。普通、伝統音楽の録音と聞くと、ライブのような演奏を少ないマイクで現地の空気感を捉えて録音する事が圧倒的に多いと思います。所謂、一発録りですね。しかし、今回私は始めから一発録りをするつもりはありませんでした。なぜかと云うと、そういった録音物は、既にミャンマーで沢山作られているからです。どうせ日本人の自分が参加するんだから、ミャンマーの音楽家たちが驚くような高音質で録音してやろうと思っていました。機材の選定はこのような理由からです。




―その現地で録音した素材がこうして作品になるまでの流れをお教えください。

井口:録音は全てヤンゴンです。録音したデータを一度日本に持ち帰り、ラフミックスを作りました。そして、もう一度ヤンゴンに渡って演奏家立ち会いのもと、バランスを確認しながらトラックダウンをしています。


―40日もの間ミャンマーに滞在して収録されたとの事ですが、一日のスケジュールはどういったものでしたか?

井口:録音がある日は、ほぼ決まったスケジュールで動いていました。朝は6時~6時半に起床、8時~8時半にスタジオに到着、9時から録音開始、録音が終わったら帰るという内容です。終了時刻は、ほとんどが20~21時でしたが、夕方に終わる時もあれば深夜3時にまで録音を続ける演奏家もいました。自分の中で、「9時には録音が開始できるように準備をして、演奏家が終わりと言ったら帰る」と云うルールを決めて、常に自分のペースを崩さないようにつとめました。と云うのは、時間の感覚がミャンマー人の演奏家と日本人の私とでは、だいぶかけ離れていて、彼らのペースに自分が振り回されていると、段々頭が混乱してくるんじゃないかと思ったからです。結果、彼らのペースで録音は進みましたが、そういう意識を持って毎日過ごしていた事は正解だったんじゃないかと思っています。常に平常心でいる事ができました。


―ミャンマーの伝統音楽がこれだけの曲数レコーディングされることは非常に珍しいと思いますが、実際に演奏を行ったミャンマーのミュージシャンたちもレコーディング経験は少ないのでは?ミュージシャンたちの反応はどのようなものでしたか?

井口:意外に思われるかも知れませんが、ほとんどの演奏家たちが録音経験者でした。と云うのも、ミャンマーでは伝統音楽を日常生活の中で耳にする機会が頻繁にあります。テレビやラジオはもちろん、ホテルのロビーや町中のイベント、お店のBGMなどなど、要するにCDのような作品以外に録音物が意外とあるんだと思います。また、歌謡曲に伝統音楽の要素を取り入れている音楽家が多くいるんですよ。

―実際にレコーディングを行う上で苦労した点は?

井口:一番苦労したのは、やっぱりコミュニケーションですね。当然、私はミャンマー語が、演奏家は日本語が話せません。だから英語で会話をする訳ですが、もうほとんどがシンプルな単語のやり取りでした。「スタート、ストップ、ワンモア」という具合です。あとは、身振り手振りのボディーラングウェージです(笑)。今回は何度もダビングを繰り返しながら録音を進めたので、「もう一度、○○から○○まで録音したい」というリクエストをメロディーを伴って指示を受ける訳ですが、その時はもう大変です。曲は長いし、演奏はフリーのように聴こえるし、どこの事を言っているのかさっぱり解らないんですよ。だから、1テイク、1テイクとにかく演奏を集中して聴いて、曲を覚えるように勤めました。

あとは、停電です。ミャンマーは電源環境が非常に悪く、停電が頻発するんです。ヤンゴン市内でもエリアによるんですが、スタジオがあるタウンダゴン地区は、酷いもんです。酷い時だと、一日5~6時間くらい停電していました。当然、電気が止まれば、録音も止まります。そうすると電気が戻るのを、ただ待つのみなんですよ。そんな事を一日に何度も繰り返す訳ですが、録音当時は4~5月とミャンマーの夏にあたる時期で、空調が止まった室内はサウナ状態です、段々意識がもうろうとしてきて集中力が途切れるんですね。サウナ録音ですよ!本当に修行をしているようでした(笑)。でも、一つ楽しかったのは、電気が戻るとみんなで拍手をするんです、「This is our country!」とか言って!私も一緒になって拍手する訳ですが、電気が戻ってきた時は本当に嬉しいんですよね。

仕事の進め方の違いもあります。昨日言っていた事と、今日言っている事がかなりの頻度で違うんですが、「あれ?」と聴くと、「こっちの方がさらに良いよ」って言うんです。確かにそうなんだけど、最初は戸惑いました。それと時間についても、予定通りには動きません。9時集合でも1~2時間は来ない事が多いですし、突然「今日は疲れたから終わり」と言って帰ってしまったりします。さらに、録音中に私語が多かったり、休憩中の演奏家が楽器のチューニングを始めてしまったり。酷い時は、知らない間に演奏家の友達がブースに入って食事を始めていた事がありました。その都度毎回、「ダメダメ」と言いに行く訳ですが、彼らからしてみたら「何で、ダメなの?静かにするから大丈夫だ」という具合で、録音環境を整えるのに、だいぶ苦労しました。

あとは食事です。初めてミャンマーを訪れた時に、酷くおなかを壊してしまい、約2週間ほど苦しんだんです。結局、病院に駆け込んで直りましたが、その時の教訓から「今回は休めないから安全なモノだけを食べよう」と決めていました。そしてたどり着いたのが、「トミンチョー」。日本語で言うところの焼き飯です。油の量も少ないですし、食材も細かく切れているので火が確実に通っているだろうと。結局40日間、ほとんど同じモノを食べ続けました。選択は間違っていなかったと思いますが、おかげでだいぶ太りましたけど(笑)。




―今作では、日本ではほとんど見かけない楽器が多く使用されていますが、それらの特徴的な楽器を録音する上で気を遣った点、難しかった点などあればお教え下さい。

井口:その場で実際に鳴っている音を、そのまま鳴っている通りに記録する事は意識しました。なので、マイクの選択、マイキングにはかなり毎回気を配ったつもりです。とくに、これが難しかったという事はありません。それ以外に難しい問題が沢山ありましたから(笑)。


―アルバムの冒頭曲『パッワインの独奏~コタナンジーによる演奏』は、演奏家をぐるりと取り囲む「パッワイン(サインワイン)」の音場感が非常によく再現されていますが、具体的にどのような方法で録音~ミックスされていますか?

井口:マイクは6本使いました。Schoepsのコンデンサーマイク2本を演奏者の頭の上くらいから1ポイントステレオで、Shureのダイナミックマイク4本を楽器に近い位置から等間隔でアレンジしました。そして、実際に自分で適当に楽器を叩いてみて、一番生音に近いと感じたポイントに配置を微調整しています。ミックスで気を使ったのは「レンジ」です。元々の演奏ではもの凄いダイナミクスがあるんですが、その抑揚を残しつつ迫力のある音で全体を通して聴いてもらえるように、工夫したつもりです。


―このハイレゾ版で楽しむ際の聴きどころは?

井口:ミャンマーでCD屋に行ってみると、沢山の伝統音楽の音源を手にする事ができます。しかし、どれも録音の状態はあまり良いものではありません。もちろん、それが味わいを深めている要素の一つでもあるんですが、今回の音源は全く違う意識の元で制作された音源なんです。ミャンマー国内で探しても、このような、所謂“高音質”な音源は無いと思います。ありのままに記録された楽器の音色、奏者の作り出すダイナミクスや不思議なグルーヴを是非聴いて頂きたいです。


―貴重なお話大変ありがとうございました。



井口寛 プロフィール

1977年東京生まれ。2001年から、青山CAY(東京)で音楽イベントの制作業務に従事。趣味の音楽鑑賞、DJ、機材収集がこうじて、2003年からサウンドエンジニアを志す。音響会社に拾ってもらい、レコーディングとPAを学ぶ。2008年からフリーに。携わった近作は、Quentin Sirjacq『PIANO MEMORIES』(Rec/Mix), Antonio Loureiro『In Tokyo』(Rec/Mix), Akira Kosemura『最後の命 O.S.T』(Rec/Mix)など。




◆『Beauty of Tradition - ミャンマーの伝統音楽その深淵への旅』に登場するミャンマーの民族楽器と演奏家たち

(上)楽器名/(下)演奏家名






◆ドキュメンタリー映像 公開予告

『Beauty of Tradition』_Under The Sky of YANGON_
(邦題 : Beauty of Tradition_ミャンマー民族音楽への旅_)

1時間45分
カラー
長岡アジア映画祭にて上映(2014年11月3日)
その後公開 順次上映予定

撮影:万琳 はるえ
監督&プロデューサー:川端 潤

上演についての詳しい情報は公式ホームページにて。


『Beauty of Tradition - ミャンマーの伝統音楽その深淵への旅』
/Various Artists