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【8/7更新】 印南敦史のルール無用のクラシック

2018/08/07
タイトル通り、ロック好きでもJ-POPファンでも楽しめるクラシック音楽を紹介する、ジャンル不問のクラシック・レヴュー。月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による新連載「印南敦史のルール無用のクラシック」!
4つの街〜チェロ・ソナタ集/ファジル・サイ、ニコラ・アルトシュテット
ピアノとチェロの2大鬼才が、真正面からガッチリと向き合ったスリリングな作品


トルコの超絶ピアニスト、ファジル・サイを知ったのはいつだったかな?

そう思って調べてみたところ、なんといまから11年前、2007年のことでした。時の流れの速さには驚くしかありませんが、そのときの出会いはいまでもはっきり覚えています。

新宿タワーレコードのクラシック・フロアをぶらついているとき、試聴機に入っていた『ブラック・アース』というアルバムをなんとなく聴いてみたのです。そして、その想定外のかっこよさにぶっ飛んだのです。

それは、2004年作『ブラック・アース~スーパー・コンポーザーピアニスト!』から4曲をセレクトし、ボーナス・トラックを1曲加えたミニ・アルバムでした。早い話が、彼のことを手っ取り早く知ってもらおうというメーカーが考案した“企画モノ”だったわけです。

が、少なくとも、それまで彼のことを知らなかった(1996年には初来日してNHKの『芸術劇場』で紹介されたらしいのですが……)僕にとって、それはものすごい衝撃でした。

モーツァルトの「トルコ行進曲」を大胆にアレンジした「トルコ行進曲“ジャズ”」がそうであるように、発想が大胆で、テクニックも“ありえない”レベル。聴き流しているだけでワクワクしてきたので、以後は彼のCDを懸命に買い集めたものです。

音楽とは縁のない家庭に生まれ育ったというサイは、アンカラ国立音楽学院でピアノと作曲を学んだのち、17歳で奨学金を得てデュッセルドルフのシューマン音楽院に留学しています。

そしてデイヴィッド・レヴァインに師事し、1992年から1995年までベルリン音楽院へ。1994年にニューヨーク・ヤング・コンサート・アーティスト国際オーディションで優勝したことをきっかけに、国際的な活動をスタートしたのでした。

いろんな意味でぶっ飛んでいるのは、一般的なクラシック・エリートとはちょっと違う、そんなバックグラウンドの影響かもしれません。

とはいえ、別に奇想天外なアイデアだけで勝負しているわけではありません。それどころか、むしろ「トルコ行進曲“ジャズ”」のような楽曲はほんのお遊び。

本来はきちんとした基盤を感じさせる名演奏家であり、たとえばそんな彼の実力は、『ベートーヴェン:ソナタ集』(2014年)、『モーツァルト:ピアノ・ソナタ全集』(2016年)『ショパン:ノクターン集』(2017年)などで確認することができます。

ただ、なにしろ僕の場合は入り口が『ブラック・アース』だったので、どうしても破壊力のある“弾けたファジル・サイ”に期待してしまうわけです。そんなの、本人の望むところではないかもしれませんけれど。

そういう意味で僕の欲求を満たしてくれたのは、『ショパン:ノクターン集』と同時発売された『4つの街〜チェロ・ソナタ集』でした。世界的に注目されている若手チェリスト、ニコラ・アルトシュテットとのコラボレーション作品。

2010年にクレディ・スイス・ヤング・アーティスト賞を受賞したアルトシュテットは1982年生まれなので、本作の時点では35歳。まさに脂の乗り切った時期であり、楽器こそ違えど、ダイアナミックでアグレッシヴな表現にはサイとの共通点を見い出すことができます。

サイのオリジナル楽曲である「チェロ・ソナタ《4つの街》」では、弾けるサイのピアノを堂々と支えつつ、ときに大胆な表現を披露します。なかでも特筆すべきは、「第2曲 ホパ」の破壊力。また、「第4曲 ボドルム」に顕著な自由度も、このふたりにしか表現できないものだという気がします。

その他、ドビュッシー「チェロ・ソナタ ニ短調」での表現力、ヤナーチェク「おとぎ話」での叙情性、ヤナーチェク「プレスト(チェロとピアノのための)」の奥行き、ショスタコーヴィチ「チェロ・ソナタ ニ短調 作品40」でのコンビネーションのよさなど、聴きどころ満載。

アクティヴでありながら非常にバランスがとれているので、何度聴いても飽きることがありません。というわけで、ぜひこのコンビであと何枚か出してほしいところだなぁと思ったりもしています。


◆今週の「ルール無用のクラシック」


『4つの街~チェロ・ソナタ集』
/ ファジル・サイ, ニコラ・アルトシュテット




『Beethoven: Piano Concerto No. 3 - Piano Sonatas Nos. 14 & 32』
/ Fazil Say, Frankfurt Radio Symphony Orchestra, Gianandrea Noseda





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印南敦史 プロフィール

印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。

ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」