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【インタビュー】先駆者バーニー・グランドマンが語るマスタリングの本質とは

2014/09/04
アーティストの熱い演奏のポテンシャルをフルに伝えるべく、リスナーが聴くCDやBDなどのメディアに最適な状態に整える重要なマスタリング。ハイレゾ音源の高まりなど、ますます音楽メディア化に欠かせない存在となっている。このマスタリングエンジニアリングの先駆者として世界的に知られるのが、バーニー・グランドマン氏だ。1983年に自らの名を冠して創設したマスタリングスタジオ「バーニー・グランドマン・マスタリング」と氏は、グラミー賞ノミネートをはじめ数々の権威ある賞を受賞。高品位なマスタリングは、日本では松任谷由実の作品でもファンにおなじみとなっている。そのバーニー氏が来日。日本で展開するバーニー・グランドマン・マスタリング TOKYO」のスタジオで、同所代表の前田康二氏とともに、お話を聞くことができた。前田氏もバーニー・グランドマン氏の音作りに魅せられて渡米、スタジオの門を叩きマスタリングエンジニアとして活躍した方だ。
------- バーニーさんがアメリカで手がけた作品は日本でも多くのオーディオファイルに、高音質な音楽として人気があります。日本の松任谷由実や、マイケル・ジャクソン、スティーリー・ダン、ジョニ・ミッチェル、キャロル・キング、メロディ・ガルドーといった、たくさんのアーティスト作品を手がけていらっしゃいますね。

「バーニー・グランドマン・マスタリングの音はハイエンドなオーディオファイルを大いに意識して作っています。なぜかというと、私自身がハイクオリティーなサウンドに感銘を受けてこの仕事を始めたからです」(バーニー・グランドマン氏。以下、B・Gと表記)

------- いつ頃からマスタリングというお仕事を始められたのでしょうか。

「私が音楽制作に関わるようになったのは、1965年にアリゾナのレコーディングスタジオで、マイクやラインのケーブルを巻くといった仕事からです。そして、1966年にハリウッドのコンテンポラリー・レコードで本格的な仕事をするようになったのです。レコードのカッティングエンジニアとして、でした。当時は特に音を調整したりはせずに、どのテイクがマイクのバランスが良かったか、パフォーマンスがよかったか、それを判断してどのテイクをマスターにするか決めて、カッティングするというのが役割でした。

その後、EQやパンを調整するシステムが使われ始めました。それまではプロデューサーが、もっと高域の音が欲しいといったら、もう一度ミックスの作業に戻って、高域の音を足さないといけませんでした。しかし、EQ調整システムが登場したことで、ミックスまで戻らなくても音の調整ができるようになり、音を何度もトランスファーすることによる音質劣化が避けられるようになりました。この方法であればジェネレーション(世代)を下げることなくマスターを作ることができます。この作業が現在の”マスタリング”の始まりになります。



当時、全米各地のスタジオで、それぞれの方法で現在の”マスタリング”と呼ばれる方法が始められていたのではないでしょうか。いずれにしても、レコーディングされた音をリスナーに届ける上で、よりポテンシャルを引き出すのがマスタリングという作業なのです」(B・G)

------- ポップミュージックとジャズでは音作りに違いがありますか?

「ポップミュージックの場合はリスナーの興味を惹く音作りが重要視されます。一方でジャズとクラシックは、楽器の音がナチュラルに”そのまま”聴こえることが大切です。つまり二つアプローチがあるということですね。

どういったエンジニアと仕事をするのか、どういったマーケットに向けて仕事をするのかによって、アプローチが変わってくるわけですが、ポップミュージックの場合でも、“そのまま”を大切にしたオーディオファイル向けのナチュラルな音作りをするためにはプロセッサーを使わないこともあります。また、最近のアナログやハイレゾ音源を作る時には、プロセッサーを極力使わずに、オリジナルの音を最大限引き出せるようにします」(B・G)

------- 最近はハイレゾ音源も手がけていらしゃるのですね。そこで感じておられることは何でしょう。

「ハイレゾ音源には、ひとつ別の問題があると思います。それは、たくさんの人がハイレゾ音源を聴くようになりましたが、中にはその音源を解析して96kHzや192kHzならばそれだけで絶対にいい音だ、と考えている人たちがいることです。

世の中には新しい録音でも、デジタル44.1kHzや48kHzでしかマスターがないものがあります。ポップミュージックでは、数百のトラックを使うので膨大なデータになるため、96kHzで録音できるとしても、44.1や48kHzで製作していることがあります。デジタル音源は録音でも編集でもデータが大きくなるほど、コンピューターのパワーが必要だからです。そういう作品は、彼らにしてみれば『96kHzや192kHzでないといい音であるはずがない』と思われてしまうんですね。

また、96kHzや192kHzの作品が、音を解析してみたら20kHzまでしか周波数が出ていないと『サンプリングレートが96kHzや192kHz(ハイレゾ)なのにこれは何だ! なぜ20kHz以上が出ていないんだ!』と言う人もいます。

最近、マスタリングを手がけたメロディ・ガルドーの”アブセンス”では、曲間に街の雑踏が入っていますが、この部分は48kHzで録音しています。もちろん曲は192kHzや96kHzで録音しています。それをハイレゾでリリースした時に、アルバムの中の曲の冒頭15秒、わずか2%をアップサンプリングしただけなのに、周波数を解析したユーザーから「これはハイレゾ音源じゃない!」と言われてしまいましたよ。たとえビット数が24ビットでCDよりもハイクオリティーな音源でもそう言われてしまうのでしょうね。でも、私が思うに、それでも十分いい音なんですよ。

44.1や48kHzのマスターを、アナログコンソールを通してエフェクトを行い、ハーモニクス(倍音)を足すこともありますが、これも96kHzや192kHzとして問題ない音源にすることもできるのです。だから、それが48kHzで録音されていたとしても、それがその作品においては最高のマスターなのです。ただし、それもセールスするときは「これは96kHzでマスタリングしているけれど、オリジナルの録音は48kHzで行っている」という場合は、それは明記してあったほうがいいでしょうね。

私がマスタリングするとき、マスターが44.1kHzか48kHzか、あるいは96kHzなのか、といったことにはこだわりません。常に一度アナログ機材を通してマスタリングしているからです。マスタリング作業の多くのプロセッシングはアナログで行っています。アナログ卓を通してイコライジングやコンプレッサーをかけて、別のコンピューターにクライアントの希望に応じた96kHzや192kHzなどの形式で保存します。 

マスターが44.1kHzや48kHzのデジタルデータだったとしても、イコライジングなどの作業はアナログ領域で行っています。これはただ単にコンピューター上でデジタルデータをアップサンプリングするのとは違います」(B・G)



------- レコード、CD、ハイレゾではマスタリングのアプローチは違いますか。

「まずレコードではコンプレッサーは使いません。なぜならレコードは1枚の再生ごとにボリュームを調整するし、他のアルバムと混ざって再生されることがないからです。ところが、今、CDなどデジタルの音源は、たとえばiTunesのプレイリストに入れられて他の曲と一緒に再生されることも多い。だから他の曲に合わせる、あるいは対応するために、リミッターをかけたり、コンプレッサーをかけたりして、音もどんどん大きくなってきています。

レコードとCDではイコライザーのレベルは同じです。でも、レコードの方がすべて音量レベルは低くなっていて、CDの方が音が大きい。音のピークも最大まで上げています。ローレベルを上げているので、ダイナミックレンジが狭くなってしまいます。しかし、一方、安いレコードではCDのマスターをそのまま使ってレコードを作っているものもあって、それはCDよりも悪いくらいです。

また、完璧なクリアさがデジタルの音にはあるので、マスタリングではほぼピークレベルを気にするだけですが、一方、レコードでは気をつけなければいけないことがいろいろあります。

レコードでは、プレス行程で音質が低下したり、再生するとき完全にトレースすることがむずしかったりと、なかなか完璧な音を再現するのは非常に困難です。ただ、人々がレコードを好きなのはそういった完璧に再生するのがむずかしいということも含めて、デジタルよりもソフトで温かい音がして過度にシャープでない、だから聴いていて心地いいということが理由としてあるでしょう。この「温かい音」、よく言うでしょ? アナログ好きな人はみんなそういう音が好きなんだと思います。もちろん、音が歪んでしまったらそれはダメなんですけれど。

でも、レコードのラッカー盤の音は、非常にアキュレートなんですよ。45回転のオーディオファイル向けのレコードのラッカー盤をオーディオショウなどでオーディオファイルのために再生すると「こんなクリアな音は聴いたことがない!」とみんな大興奮です。そして、それがデジタルではなくて、アナログのラッカー盤であることが分かると、さらにとても驚きますよ」(B・G)

------- マスタリング作業は具体的にはどのような形でおこなわれているのでしょうか。

「ロスアンゼルスのマスタリングスタジオにも、東京のスタジオと同じ機材があります。スピーカーはユニットがタンノイでキャビネットは我々のオリジナル、クロスオーバー周波数も変えたりして音を調整しています。コンソールもすべて我々のスタジオ独自にカスタマイズしています。フリクエンシーデバイス、回路、コンプレッサー、スペクトル、イコライザー、ディレイ…。ひとつひとつの機材を比較試聴して、より良いものを選択、そしてさらに我々の手で調整しているのです。ケーブルも10種類くらい試聴してその中からベストのものを採用しました。また、スタジオに置くコンピューターも音を聴きながら改造しています」(B・G)

<すべてのスタジオ機器は、カスタムメイドであったり、エンジニアの手を経て、なんらかのチューンが施されているとのこと。写真は、コンソールに組み込むイコライザーモジュール。>

「多くの回路やデバイスを通れば、それだけ音質が落ちてしまいます。だから、できるだけシンプルにシステムアップしています。このスタジオは、実はすべてアンバランス接続なんですよ。通常のバランス接続にすると、それぞれの機材の間で抵抗値をそろえるためにトランスを介さないといけません。それによる音質の劣化をさけるために、エンジニアがすべての機材を改造して、アンバランス接続でシステム構築しています」(前田康二氏。以下、M・Y)

------- スタジオにある機材はどんな形でテクニカルエンジニアリングを行っているのでしょうか。

「バーニー・グランドマン・マスタリングには2人のテクニカルエンジニアがいます。ひとりはアナログが得意で、もうひとりはコンピューターが得意。それぞれ専門の立場から、お互い協力し合って作っています。また、数字だけで善し悪しを判断するようなテクニカルエンジニアも世の中にはいますが、それだけでは良い音は引き出せません。我々のテクニカルエンジニア達は、数値的な良さだけでなく、音でもしっかり判断できるエンジニアなんですよ」(B・G)

「本国のスタジオにいたカールというエンジニアは、すごい男でした。バーニー・グランドマン・トーキョーは1994年にオープンしたんですが、彼がそのスタジオ作りで最も気にしていたのは何かというと、”エレベーターのサイズ”。まずはエレベーターのサイズを測れっていうんです(笑)
東京のスタジオにセットするすべての機材は、まず2週間かけてそっくりロサンゼルスのスタジオで一度組み上げます。そして、それを各パーツに分解してまた東京で組み立てるのですが、それぞれのパーツが東京のスタジオのエレベーターにピッタリ収まるサイズになっているのには驚きましたね(笑)。アメージングな男でした」(M・Y)

「カールは残念ながら約10年前に亡くなってしまい、現在のチーフテクニカルエンジニアはベノ・メイ。彼はカールとA&Mスタジオで一緒に仕事をしていました。もう一人のエンジニアはコンピュータが得意なスコット・セディオです。ベノが長い間大学でオーディオアーツを教えていて、その時に一番優秀だった生徒がスコットというつながりです。現在はバーニーのスタジオで一緒に働いています」(B・G)

------- 前田さんが考えるバーニーさんの音の魅力はどんなところですか?

「レコードでボブ・ラドウィッグなどいろいろなエンジニアの音を聴く中で、バーニー・グランドマンのマスタリングした音を聴いて”なんでこんな音ができるんだ!”と感動しました。こんな音は聴いたことがありませんでした。当時、日本ではそんなマスタリングをしているところもなかったし、それでアメリカのバーニーのところに行きました。それが僕のスタートです」(M・Y)

<Bernie Grundman MASTERING TOKYOの前田康二氏(左)とともに記念撮影。>

「私は、15年間A&Mスタジオで働いた後、A&Mのメイン・テクニカルエンジニアのカール・ビショップと一緒に1984年にバーニー・グランドマン・マスタリングをオープンしました。で、それまで『マスタリングエンジニアになりたい』なんて言ってくる人はいなかったんですよ。やはり、ミキシング・エンジニアなどミュージシャンと一緒に作業する方が人気はあるし、ミキシングは何も無いところからスタートするとてもクリエイティブな作業に思えるのでしょう。それに比べてマスタリングエンジニアはできることも限られているように見えるしね(笑)」(B・G)

------- バーニーさんはこれまでにどのくらいの数の作品を手がけて来られましたか?

「現在も1年間200タイトルくらいのマスタリングを手がけています。年によって数は前後するけど、それを50年続けて来ましたよ。アメリカだけでなく、フランス、イタリアなどから依頼された作品もあり、特にクレジットが記載されていないものもあります。だから今までにざっと1万タイトルくらい? とにかく“ものすごい量”だといったらいいんじゃないかな(笑)」(B・G)

------- これまでで特に印象深い作品はありますか?

「とても印象深い作品はマイケル・ジャクソンのアルバム『オフ・ザ・ウォール』ですね。あまりの音の良さに驚きました。あとは、スティーリー・ダンの『aja』。これを聴いたとき、これまでの音楽とまったく違うものだと思ったね。あと、フィル・ラモーンがまだミックスをやっていた頃のバート・バカラックの作品とかもね」(B・G)

------- きょうは貴重なお話をうかがうことができました。長時間、どうもありがとうございました。


ひとつひとつの質問に、たいへんていねいにかつ熱心に答えていただいたバーニー氏。その様子は、まるで音楽、音好きの少年が語るかのように尽きることがなかった。(事実、予定の時間を大きく超過)。その端々に、良い音で聴き手に届けるという強い意志とこだわりがあふれていた。CDからBD、ハイレゾ音源へと高音質メディアが広がりを魅せる現在、バーニー・グランドマン氏や前田氏、そしてバーニー・グランドマン・マスタリングの位置と役割が、ますます重要になってくることだろう。

インタビュー・文:Gaudio+PCオーディオfan編集部
協力:e-onkyo music