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【7/10更新】 印南敦史のルール無用のクラシック

2018/07/10
タイトル通り、ロック好きでもJ-POPファンでも楽しめるクラシック音楽を紹介する、ジャンル不問のクラシック・レヴュー。月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による新連載「印南敦史のルール無用のクラシック」!
高橋悠治『余韻と手移り』
J.S.バッハから自作曲まで、さまざまな楽曲をひとつの“線”として表現してみせたライヴ・アルバム


きょうだいで同じような価値観を共有できるのだとしたら、それってどんな感じなんだろう?

たとえばそれは、「美しいもの」をともに「美しい」と感じることができるということです。作品なり表現が刺激的だという感覚を、共有できるということです。

だとすれば、どう考えても素晴らしいことですよね。

実の弟と価値観も考え方もまったく違い、接点と呼べる部分を持たない僕にとって、きょうだいでそういった感覚を共有できるということはうらやましい限り。

「血の通ったきょうだいなんだから、本来なら同じものに感動できたり、少なからず考え方を共有できたりするものなんだろうなぁ」

そう思わずにはいられないわけです。いや、別に愚痴を言いたいわけではないんですが、純粋に「すごいことだなぁ」と感じずにはいられないのです。

そんなことを思うとき、いつも頭に浮かぶきょうだいがいます。ピアニストの高橋悠治さんと、妹で、同じくピアニストの高橋アキさん。(非常に大ざっぱな言い方をすれば)前者はクセナキス作品、後者は武満徹作品の名手として知られていますが、現代音楽という、ある意味において限定的な領域において感覚を共有できるということに、大きな憧れを感じるのです。

また、それに加えてすごいと感じずにはいられないのは「年齢」です。1944年9月6日生まれのアキさんは現時点ではまだ73歳ですが、悠治さんは1938年9月21日生まれなので現在79歳。もうすぐ80歳におなりになるわけです。

なのに現在も精力的に活躍中で、しかも作品を耳にする限り、その感覚はまったく衰えを感じさせません。

1960年代からコンピュータによる作曲を実践するなど、かつてから“新しいこと”に意欲的でしたが、その流れをくみ、2000年代初頭からはコンピュータによる音響作品の制作をスタートさせてもいます。

その一方で、2004年にはCDつき絵本(画家の富山妙子さんとの共作「けろけろころろ」(福音館)を発表するなど、その時々において自分が「したいこと」「すべきこと」を無理なく行っているような印象があるのです。

つまり自然で無理を感じさせないからこそ、その諸作品は聴く側を刺激するのかもしれません。

『余韻と手移り』は、2018年3月2日に浜離宮朝日ホールで開催された「高橋悠治ピアノリサイタル 余韻と手移り」を収録したライヴ・アルバム。

注目すべきは、そのプログラムです。

J.S. バッハの「パルティータ ハ短調」で幕を開け、オリヴァー・ナッセン「祈りの鐘素描(武満徹追悼)」?増本伎共子「連歌」?この日が初演となった自身の新作「荒地花笠」?クロード・ヴィヴィエ:ピアノフォルテ?石田秀実の「ミュージック・オブ・グラス」と「フローズン・シティII」へ続き、ドメニコ・チマローザ「ソナタ イ短調」で幕を閉じるという構成。

その流れが見事に、高橋悠治さんというピアニストの多様性を言い表しているのです。

J.S. バッハから、決して有名とは言えない現代音楽家の作品、そして自作曲と続いていくのであれば、統一感が失われ、バラつきが生じたとしても不思議ではありません。しかしここでは、タイプの異なる楽曲群が、一本の線のようなひとつの“流れ”を生み出している。

その線は細く繊細で、けれど、ぷつりと切れてしまうようなことは決してなく、むしろ力強いもの。

また、J.S. バッハの「パルティータ ハ短調」から現代音楽へとつながっていく流れは、それが一本の線であるようなものであるからこそ、現代音楽に詳しくない人をも自然に巻き込んでいきます。だから聴いている僕たちは知らず知らずのうちに、高橋悠治的世界のなかに組み込まれていくわけです。

そして全曲が終了したときには、深い余韻に包まれることになります。

なお当然のことながら、シンプルで、ひとかけらの無駄もない演奏は、ハイレゾで聴くのにも最適。ぜひとも体験していただきたいと思います。

◆今週の「ルール無用のクラシック」


『余韻と手移り』
/ 高橋悠治







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印南敦史 プロフィール

印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。

ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」