PC SP

ゲストさん

NEWS

【7/3更新】 印南敦史のルール無用のクラシック

2018/07/03
タイトル通り、ロック好きでもJ-POPファンでも楽しめるクラシック音楽を紹介する、ジャンル不問のクラシック・レヴュー。月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による新連載「印南敦史のルール無用のクラシック」!
リーラ・ジョセフォウィッツ『ジョン・アダムズ:ヴァイオリン協奏曲』
天才ヴァイオリニストが、ジョン・アダムスの世界観を理想的な形で再現した優秀作


とりたてて詳しいわけではないのですけれども、「スズキ・メソード」のことはこれまでにどこかで何度か目にし、耳にしてきました。ご存知の方も多いと思うのですが、1898年生まれのヴァイオリニストである鈴木鎮一氏が創始し、世界46か国で支持されていることでも有名な音楽教育理論です。

とはいえ、どんな特徴があるのかを理解していたとは言えないので改めて調べてみました。すると「音楽を通じて心豊かな人間を育てること」を目的としており、最大の特徴は「母語教育法」なのだとか。

母語(幼児が最初に覚える言語)が育つときと同じように、日常生活のなかにいい音楽があふれる環境をつくることからスタートし、そこから「自分も演奏してみたい」意欲を生み出し、達成感や向上心につなげていくということのようです。

思いっきり簡略化すれば、「ゆったりとした英才教育」という感じでしょうか? あたり前のことではありますけれど、だからこそ難しいことなのかもしれませんね。

とはいえ、あまりにも「自分には関係のない世界」だったことも事実なので、まさか自分が改めてこの教育法について調べたくなるとは思ってもいなかったのですが。

きっかけをつくってくれたのは、リーラ・ジョセフォウィッツの『ジョン・アダムズ:ヴァイオリン協奏曲』でした。2016年の前作『John Adams: Scheherazade.2』がとても好きだったので楽しみにしていたのですが、期待していた以上に完成度が高かったので最近よく聴いていたのです。

ただ考えてみると、有名な人だという認識こそあったものの、人に自慢できるほど、彼女のことを詳しく知っているわけではなかったんですよね。だからいまさらながら調べてみたら、豊富とは言えない情報のなかに「スズキ・メソード出身」という記述を見つけたというわけ。

1977年10月、物理学者の父と生物学者の母の間にカナダのトロント生まれたユダヤ系カナダ人。3歳からヴァイオリンを始め、8歳まではスズキ・メソードによる教育を受けたのだそうです。以後はニューヨークで育ち、9歳でデビュー。その時点で才覚を表し、天才少女として注目を集めることに。

さらに13歳でカーティス音楽院に入学し、ヤッシャ・ブロドスキー、ジェイミー・ラレードに師事。1994年にはカーネギー・ホールにデビューして以降、順調に歩みを進めてきたのだといいます。

と、プロフィールをなぞるだけでも家柄のよさがわかりますが、僕はそういうことよりも、現代音楽ヴァイオリン奏者としての豊かな表現力に惹かれたのでした。

いまは手元にないので確実なことが書けないのですが、たしか1994年のデビュー作ではチャイコフスキーやシベリウスのヴァイオリン協奏曲を披露していた気がします。しかしその後、現代音楽に傾倒していき、現在に至るという経緯だったはず。

そして本作は、1993年に書かれたジョン・アダムズのヴァイリン協奏曲を収録した、ノンサッチ・レーベルからの第2弾作品となります。

スズキ・メソードが培った基礎体力が、数十年後にこのような可能性を切り開くことになったのですね。

ちなみに同じノンサッチからは、ギドン・クレーメルとケント・ナガノによる初録音盤が1990年代にリリースされているので、それ以来の新録音だというのも、なんだか不思議な縁だという気がします。

「ヴァイオリン・コンチェルト」全3曲、33分程度の作品ですが、冒頭から最後までに心地よい緊張感が貫かれた、心地よくスリリングな仕上がり。現代音楽の良質なエッセンスを(このジャンルを聴きなれない人にとっても)わかりやすく表現した作品だといえます。

デイヴィッド・ロバートソン指揮、セントルイス交響楽団、そしてリーラ・ジョセフォウィッツというラインナップで、2016年9月にセントルイス、パウエル・ホールで録音。

音の透明感もさることながら、全体的な統一感が素晴らしく、ぴったりと組み上がった寄木細工のような緻密さが貫かれています。と思ったら、デイヴィッド・ロバートソン、作曲者のジョン・アダムズ、そして彼女は家族同士の友人だそうで、なんだか妙に納得できたのでした。

◆今週の「ルール無用のクラシック」


『John Adams: Violin Concerto』
/ Leila Josefowicz, St. Louis Symphony, David Robertson




『John Adams: Scheherazade.2』
/ Leila Josefowicz, St. Louis Symphony & David Robertson







◆バックナンバー
【6/26更新】通崎睦美『スパイと踊子』
個性豊かな表現者が、“世界一の木琴奏者”から譲り受けた幻の名器を使用して生み出した個性的な作品

【6/19更新】シェク・カネー=メイソン『Inspiration』
ショスタコーヴィチのチェロ協奏曲第1番で話題を独占した、若き黒人チェロ奏者

【6/12更新】ダニエル・ロザコヴィッチ『バッハ:ヴァイオリン協奏曲第1番・第2番、無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2集』
「いまどきの若い子」のすごさを実感せざるを得ない、衝撃的なデビュー・アルバム

【6/7更新】タンブッコ『大地のにおい』 あらゆる音楽を吸収する打楽器グループが、二十絃箏や尺八と共演するなど、さらなる意欲を見せる充実作
【5/29更新】クリスティーナ・プルハー『Handel goes wild』
古楽のラルペッジャータアンサンブルとともに、ヘンデル作品を大胆にリコンストラクト

【5/22更新】ジェフ・ミルズ『Planets』 デトロイト・テクノの重鎮が手がけた、圧倒的な完成度を誇るなオーケストラ作品
【5/15更新】ゾフィー・パチーニ『In Between ? Schumann & Mendelssohn』 若手の実力派女性ピアニストが、リスト、シューマン、メンデルスゾーンを並列させ、心地よい空気感を表現
【5/8更新】ピエール=ロラン・エマール『オリヴィエ・メシアン(1908-92):鳥のカタログ』
現代音楽の巨匠メシアンが不協和音で表現した「鳥」を、巨匠エマールが見事に再現した傑作

【5/1更新】『マーラー 交響曲第4番 ピアノ四重奏曲(管弦楽版)』
/グスターボ・ヒメノ, ルクセンブルク・フィルハーモニー管弦楽団
アバドも認めた注目の指揮者による、現代的な解釈が新鮮なマーラー4番

【4/24更新】David Aaron Carpenter 『Motherland』
ヴィオラという楽器の可能性を最大限に引き出す、注目の若手奏者が見た「祖国」

【4/17更新】朝比奈隆, 大阪フィルハーモニー交響楽団『ブルックナー:交響曲 第8番 (ハース版)』
「ブルックナーの巨匠」にしか表現できない、洗練されているのに人間味にあふれた“グルーヴ感”

【4/10更新】チョン・キョンファ『Beau Soir ? Violin Works by Faure, Franck & Debussy』
韓国を代表するヴァイオリニストが、70歳の節目に発表したフランス・ソナタ集

【4/3更新】 新垣隆『交響曲《連祷(れんとう)》 - Litany-』
“あの騒動”が過去のものとなったいまだからこそ、再確認してみたいその才能

【2/27更新】 モニク・アース『Debussy: Preludes I & II & Etudes』
ドビュッシー楽曲を独自のスキルと感性で弾きこなす、フランスの名ピアニスト

【2/20更新】 須関裕子『ラ・カンパネッラ』
注目の若手ピアニストによる、真摯な姿勢が明確に伝わってくる秀作

【2/13更新】 スティーヴ・ライヒ『パルス/カルテット』
ミニマル・ミュージック界の重鎮、ライヒの才能を実感できる心地よい作品

【2/6更新】 フルートに対する“常識”を打ち破る、画期的でスリリングなアルバム
【1/30更新】 ラフマニノフとフィリップ・グラスを無理なく共存させてみせた、聴きやすく高密度な作品
【1/23更新】 声の力と存在感で、リスナーをぐいぐい引き込む才女によるグラミー・ノミネート作品
【1/18更新】 イギリスのリコーダー・カルテットによる結成20周年作のモチーフは、現代作曲家作品
【1/11更新】 ワルツやポルカの楽しさを存分に味わえる、年に一度のお楽しみ
【12/26更新】 現代音楽界のトップ・グループが、トラッド・ミュージックを再現した快作
【12/22更新】 年末だから「第九」を聴こう
【12/15更新】 マリンバという楽器に注目したことはあるでしょうか?
【12/8更新】 はじめまして。


印南敦史 プロフィール

印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。

ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」