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新世代の若手ピアニスト藤田真央が3rdアルバム『passage パッセージ』で聴かせる音色へのこだわり

2018/06/29
昨年のクララ・ハスキル国際ピアノ・コンクールで日本人として3人目の優勝を果たしたことも記憶に新しい藤田真央さん。いまもっとも期待される新世代の若手ピアニストがリリースした3枚目のアルバム『passage パッセージ』は、名匠・深田晃さんをエンジニアに迎え、アクトシティ浜松の中ホールでレコーディング。演奏者とエンジニアが、共に音にこだわって作り上げたという本作は、ぜひハイレゾの高音質でお楽しみいただきたい注目作です。インタビューでは、収録したショパンやモーツァルトなど楽曲に対する想い、ピアノの音色へのこだわりなどについて存分に語っていただきました。

インタビュー・文◎原 典子 写真◎山本 昇 取材協力◎ヤマハミュージックジャパン


『passage パッセージ - ショパン: ピアノ・ソナタ第3番』/藤田真央



 藤田真央がデビュー・アルバム『ラフマニノフ:楽興の時/三善晃:ピアノ・ソナタ 他』をリリースしたのは2013年、15歳を迎える年のことだった。はじめて彼の演奏に接したとき、聴き手をぱっと引き込む不思議な力を感じたことをよく憶えている。それから5年、その引力はますます強くなり、驚くべきスピードで進化を続けている藤田。2017年にはクララ・ハスキル国際ピアノ・コンクールで見事優勝を果たし、このたび待望の3rdアルバム『passage パッセージ』がリリースされた。無限の可能性を秘めた若きピアニストの現在・過去・未来について話を聞いた。

■苦手なショパンと得意なモーツァルト

――クララ・ハスキルで優勝されてから初のアルバムということで、コンクールでも演奏したリストの「19のハンガリー狂詩曲」第2番が冒頭に入っていますね。

藤田 このコンクールではなぜか演奏の順番がいちばん最後になることが多く、セミファイナルでも弾き終わったときは夜の12時を過ぎていました。まずモーツァルトのピアノ四重奏曲第2番、次にベートーヴェンのピアノ・ソナタ第32番、そして最後にリストの「19のハンガリー狂詩曲」第2番という順で弾いたのですが、ベートーヴェンで深く沈み込むように終わった後に、リストでいきなり華やかな曲に変わったので、お客さんの反応は素晴らしかったですね。終盤のカデンツァを、ジャズの要素が入ったラフマニノフ版で演奏したのも大きかったです。最後は爆発するように終わって、非常に盛り上がりました。もちろん、夜だったからというのもあります。朝だったら、あんなに熱狂しないでしょう(笑)。

――そのほかのアルバム収録曲は、どのように選ばれたのですか?

藤田 今回はまず、モーツァルトとショパンを録音したいという気持ちがありました。それを補うような形でリストや、シューマン(リスト編「ミルテの花」第1曲〈献呈〉)を入れた。そして最後に、アンコールピースのような感覚でアルカディ・ヴォロドスが編曲したモーツァルトの「トルコ行進曲」(コンサート・パラフレーズ)を入れました。

――なるほど、聴き応え満点のプログラムですね。

藤田 ありがとうございます。でもじつは、ショパンにはちょっと苦手意識を持っているんですよ。僕にとっては難しい作曲家。ショパンは女性的な音楽だとよく言われますが、ショパンこそ“男の音楽”だと思います。

――どんなところが男性的だと?

藤田 ショパンの音楽の根底にあるのは、非常に強い意志力です。病気がちで、どんなに身体が辛くても“この曲を書いてやろう”と歯を食いしばって書き上げた。ですから華やかな曲の中にも、芯の強さを感じます。ショパンのリズムを感情に任せて自由に弾く方もいらっしゃいますが、僕はショパンこそ楽譜をきちんと見て弾かなければならない作曲家だと思っています。楽譜に書かれた指示を守って弾きたい。でも、ただ守るだけではダメで、そのうえで楽譜に書かれていないニュアンスを出しながら動かさなければならない。そこがショパンの難しいところです。マズルカやワルツの民俗的なリズムを、どう表現すればいいのか。あの哀愁漂うメロディを、どう響かせればいいのか。あらゆる面において、ほかの作曲家とは全然違いますよね。

――たとえばショパンのピアノ・ソナタ第3番は、どうやって全体を構成していくのでしょう?

藤田 この曲は、いかに第4楽章のフィナーレでお客さんをぐっと引き込むかにかかっていますから、そこに向けて全体を作っていきます。情熱的な第4楽章との対比として、第3楽章はしっとりと心を沈め、浄化するような音楽にしなければなりません。いちばん難しいのは第1楽章ですね。この楽章をどう位置付けるかは悩みどころです。第3番のソナタは、ほかのソナタと比べても異質だと思うんです。ショパンが亡くなる5年ほど前、ちょうどお父さんが亡くなった頃に書かれたこのソナタでは、“死”が意識されています。ロ短調という調性もそうですし、第1楽章冒頭でいきなり下降するフレーズからも感じることができるでしょう。それに加えて、当時ショパンはバッハの「平均律クラヴィーア曲集」を熱心に勉強していたそうです。それもあってか、この曲にはフーガや半音階といったバロック的要素が多々盛り込まれていて、とても興味深いですね。

終始楽しげにインタビューに応えてくれた藤田真央さん

――苦手意識のあるショパンに今回はあえて取り組んだわけですが、モーツァルトに関してはいかがでしょう?

藤田 モーツァルトは今、自分がいちばん得意としている作曲家です。モーツァルトのキャラクターが、自分に合っていると思うんです。僕もわりといたずらっ子なので(笑)。

――そう言われれば、ちょっと雰囲気も似ているような……。

藤田 モーツァルトの音楽は、あの時代からすでに先を見据えているところがすごいと思うんです。たとえばイ短調で書かれたピアノ・ソナタ第9番(K.310)にしても、のちにベートーヴェンが自分の感情を作品の中で表出したと同じことを、先取りしてやっているわけですよね。また、“初心者のための小さなクラヴィーア・ソナタ”と名付けられた有名な第16番(K.545)のピアノ・ソナタでは、その当時としてはあり得ないような進行の仕方をしています。第1楽章はハ長調で始まり、属調に行って、展開部で転調を繰り返し、再現部はふたたびハ長調に戻らなければいけないところが、ヘ長調になっている。絶対に意図的だと思うのですが、遊び心でそういうことをやってしまうところがモーツァルトですよね。

■野島先生に教えられた音色へのこだわり

――アルバムにはピアノ・ソナタ第18番(K.576)が収められていますが、モーツァルトでは磨き抜かれた音色がひときわ印象的です。美しい音色のために意識していることは?

藤田 モーツァルトは音数が限られているだけに、音色が重要になってきます。2年ほど前から野島稔先生に教えていただいているのですが、それからですね、音色にこだわるようになったのは。和音ひとつを弾くにしても、先生は「まずバスがしっかりと響いていなければならない。そして上の音はきらびやかに、中の音はバスに調和するように」と、すべての要素が備わっていることを要求されます。以前、用事があって先生の部屋を訪ねたとき、ピアノの前に座ってひとつの音をずーーっと弾いていらしたんです。「練習しているから2時間後に来て」と言われ、ふたたび訪ねたところ、まだ同じ音を弾いていらっしゃいました。ひとつの音色にこだわるとは、こういうことなんだと衝撃を受けましたね。もう先生は、生きている次元が違います。滅多に褒めない先生なのですが、求めていた音を僕が一発で出すことができたとき、微笑むんです。その顔が見たくて頑張っている日々です(笑)。



――野島先生との出会いは大きかったわけですね。

藤田 はい、それまでの自分とはまったく違うと思います。歴然としていますね。じつはクララ・ハスキルのファイナルで、モーツァルトのピアノ協奏曲第24番を弾くよう勧めてくださったのも先生なんです。僕はシューマンの協奏曲を考えていたのですが、「うーん、君は違う。やっぱりクララ・ハスキルなんだから、モーツァルトのハ短調の協奏曲にしたら?」と。そのときはファイナルまで残るなんて思ってもいなかったので、「ああ、そうしましょう」と軽く返事していました(笑)。クララ・ハスキルはほかのコンクールとは違い、課題曲に古典的なレパートリーが非常に多いんです。ハイドンやモーツァルト、ベートーヴェン、それからスカルラッティのソナタとか。珍しいですよね。技巧的な部分よりも、響きを重視するということなのでしょう。そういった意味で、スケジュールの都合でたまたま受けたコンクールがクララ・ハスキルで本当によかったと、今になって思います。

■アクトシティ浜松でのレコーディング

――今回のアルバムのレコーディングはいかがでしたか? アクトシティ浜松の中ホールでのセッション録音。世界的なレコーディング・エンジニアとして知られる深田晃氏が手がけられたとのことですが。

藤田 アクトシティ浜松は、浜松国際ピアノアカデミーで中村紘子先生にレッスンをしていただいた非常に思い出深い場所です。キャパシティが1,000人くらいの中ホールは、レコーディング会場としてはかなり大きい方ですよね。深田さんは本当に温厚な、菩薩様のような方で、すべて僕の自由にさせてくださいました。3日間のレコーディングだったのですが、日が経つにつれピアノもだんだんと会場になじんできて、自分の求める音が出せたと思います。

――すごく臨場感があって、コンサートを聴いているような感覚でした。

藤田 それは嬉しいです。高いクオリティで録音されると、ピアノはすべてが浮き彫りになりますからちょっと怖いことでもありますが、深田さんの手によって自分のピアノが虹色になったような感じがします。キャンバスに色が増えたといいますか。

――藤田さんの今後のますますのご活躍を楽しみにしています。ありがとうございました。

「聴きどころはやはり、この充実した“音”でしょうか。楽曲については、例えばショパンのピアノ・ソナタは1楽章から4楽章でいろんなキャラクターが見られると思いますので、そのあたりもぜひお楽しみください」



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