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【6/26更新】 印南敦史のルール無用のクラシック

2018/06/26
タイトル通り、ロック好きでもJ-POPファンでも楽しめるクラシック音楽を紹介する、ジャンル不問のクラシック・レヴュー。月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による新連載「印南敦史のルール無用のクラシック」!
通崎睦美『スパイと踊子』
個性豊かな表現者が、“世界一の木琴奏者”から譲り受けた幻の名器を使用して生み出した個性的な作品


「もちろん過去に積み上げてきた蓄積も大切だと思いますけど、いつまでも同じ音楽ばっかり聴いていたくないんですよね。とにかく僕は、自分の知らない音楽がまだたくさんあることに興味があるんです。純粋にクラシックがおもしろくてたまらないのも、つまりはそんな理由があるからなんです」

先日、阿佐ヶ谷にあるおいしいトルコ料理店で知人と食事をした際、思わず饒舌に語ってしまいました。彼も同じようにいろんな音楽を発掘しているタイプなので、きっとわかってくれると思ったからです。

もちろんわかってくれましたが、彼のように「わかってくれる人」がなかなか少ないのも事実。まぁ、クラシックとヒップホップを同じ感覚で聴いていると言ってもわかってもらえないのは当然といえば当然かもしれませんけれど。

ただ、いずれにしても僕は「13歳のときの気持ち」を絶対に忘れたくはないのです。

思春期の入り口といえる13歳といえば、好奇心の塊です。たとえば、あのころはどんな音楽を聴いても新鮮に感じたはず。ところが知識がついてくると、みんな理屈っぽくなって、「あのころの気持ち」を忘れてしまいます。

でも、それではもったいないと思いませんか?

知識や理屈でその音楽を肯定したり否定したりするのはばかげているし、そんなことをするくらいなら、「13歳のときの気持ち」を判断基準にしたほうが、いい音楽と出会う機会も多くなるはず。

僕は、そう信じて疑わないのです。

今回ご紹介する『スパイと踊子』も、そんな気持ちがあるからこそ見つけることができた作品だと思っています。なぜって、なんの事前情報もない状態で、好奇心だけをよりどころにして探し出したものだから。京都出身のマリンバ奏者、通崎睦美さんの作品集ですが、いろいろな意味で衝撃的でした。

まず、ジャケットが印象的じゃないですか。おしゃれでかわいく、「いかにもクラシック・アルバム」というようなデザインではありません。

そればかりか、タイトルがインパクト抜群です。調べてみたところ、作曲家の伊左治直氏の曲の名前であり、つまり本作ではその曲も取り上げられているわけです。

そのことを僕は知らなかったのですが、聴いてみたら興味がわき、知りたくなって調べてみたら「へー!」と驚くことができたわけです。つまりはそういうことも、「13歳のときの気持ち」があるからこその楽しみ。

本作が誕生するきっかけとなったのは、2005年に木琴の巨匠である平岡養一氏の愛器を譲り受けたことだったのだそうです。しかもその発端は、1977年のリサイタルだったのだとか。71歳だった平岡氏が、当時10歳のマリンバ奏者だった通崎さんと共演したことに端を発しているというのです。

となるとマリンバと木琴の違いが気になってくるところですが、通崎さんのサイトには次のような説明があります。

「マリンバ(Marimba)」と「木琴(Xylophone)」は、異なるルーツ、異なる音色を持つ楽器です。
幼少からマリンバに親しみ、常に新たなレパートリーを開拓してきた通崎は、2005年、往年の名木琴奏者平岡養一の愛器を譲り受け、新しい語り口を手に入れました。1935年製の木琴での演奏は、忘れられた古き良き物を次の世代に語り継ぐ、通崎ならではの表現活動です。
(通崎睦美ウェブサイト「通崎好み製作所」より引用)


いずれにしてもそんな、時間軸を超えたスケールの大きな物語があったからこそ、マリンバ奏者の彼女は木琴に傾倒していき、2011年には木琴のみでのリサイタル・シリーズ「木琴文庫」をスタートさせたということ。そして、そんな活動の延長炎上に生まれたのがこのアルバム。

本作の最大のポイントは、さまざまなタイプの楽曲を、木琴という楽器の音色によって同一線上に無理なく並列させている点にあります。

なにしろモーツァルトの「ヴァイオリン・ソナタ イ長調K.305より第1楽章」で幕を開けたかと思えば、以後は現在活躍中の作曲家である当摩泰久氏、メンデルスゾーン、モンティ、日本を代表する作曲家/ピアニストである高橋悠治氏などなど、さまざまな作曲家によるさまざまな楽曲が登場するのです。

しかも、それでいて一貫性があり、とても聴きやすい。また木琴の音色には老若男女を納得させる魅力がありますから、知識の類がなかったとしても楽しめるのです。

そんなわけで、自信を持ってお勧めできる作品です。

◆今週の「ルール無用のクラシック」


『スパイと踊子』
/ 通崎睦美 , 西脇千花 , 本村睦幸







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印南敦史 プロフィール

印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。

ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」