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ガーシュウィンやバーンスタイン、サン=サーンスなどの有名クラシック曲を現代ジャズの感性で再構築した山中千尋の最新録音『ユートピア』

2018/06/20
ニューヨークを拠点に活動するジャズ・ピアニストの山中千尋さんから届いた新作は、クラシックを中心とした楽曲やオリジナル曲をレギュラー・トリオで演奏した『ユートピア』。「ブロードウェイの歌曲をベースにしたスタンダードよりも、さらに長く親しまれているクラシックはジャズの素材としてもうってつけ。折に触れてやっていきたいプロジェクトです」と語る山中さんが今回選んだのは、ガーシュウィン「愛しのポーギー」「ラプソディー・イン・ブルー〜ストライク・アップ・ザ・バンド」、バーンスタイン「マンボ -ウエスト・サイド・ストーリーより-」など。山中さんのアレンジによって、これらの有名曲はどのように再構築されたのでしょうか。

インタビュー・文◎原田和典


『ユートピア』/山中千尋



■現代的な手法でクラシックを時代にフィットしたものに

――『モルト・カンタービレ』から5年ぶりに、クラシック楽曲を中心に取りあげたアルバムの登場です。

山中 『モルト・カンタービレ』を作った時から、またこうした作品に取り組みたいと思っていました。かつては「クラシックのジャズ化」というと、ただ単にクラシックのメロディを持ってきて、和音もそのままで、アドリブを入れてみたとか、フィールを変えてみただけ、という時代もあったんですけど……。

――60年代からオイゲン・キケロ、ジャック・ルーシェなどのピアニストがそうした音楽に取り組んでいました。70年代にもてはやされたCTIレーベルのドン・セベスキーやボブ・ジェームスの作風は「前後はヴァイオリンなどを入れたクラシックのメロディ、中身は16ビートに乗ったワン・コードのアドリブ」という印象だったと記憶しています。

山中 当時はそれが「あぁ、面白いね。クラシックもジャズになるんだね」みたいな感じだったと思うんですけど、現代ジャズでは、よりいろんな手法を凝らして、単純にフィールを変えるだけではなくて、いろんな変拍子を取り入れたり、ハーモニーを展開させたり、より複雑で繊細な表現をするのがごく当たり前になりました。そこでいろんな手法を使って、「もう一回、私なりに自分の好きな楽曲を再構築してみたい。そのなかでアドリブをとることで、改めて楽曲に対する考察を深めたい」と思ったことが今回のアルバムにつながりました。

――バッハ、スクリャービン、シューベルトなどの曲に混じって、冒頭に収められた山中さんのオリジナル曲「ユートピア」が異彩を放ちます。

山中 これはフリードリヒ・グルダへのトリビュートでもあるんです。ベートーベンやモーツアルトの名手としても知られるピアニストであると同時に自分のジャズ・オーケストラを率いて、いろんなジャズ的な楽曲をたくさん残している。貪欲というか、あれだけ素晴らしいクラシック・ピアニストなのにそこに留まらず、さらに違う世界を行こうとするスピリッツがすごく素敵だと思います。そして、新しい政権になってからのアメリカは毎日いろんなことが起こって、非常に不安定でざわざわしている感じなんです。ふと「私のユートピアはどこなんだろう?」と思った時に、それは場所ではなくて音楽の中にあるんじゃないかと思って、このタイトルにしました。そうであってほしいというか、そういう願いも込めてなんですけど……。曲作りに関しては、尊敬するグルダに加えて子供の頃から好きだったバルトークやコダーイといった東ヨーロッパの作曲家の表現も意識しました。

――さらに、この2018年はジョージ・ガーシュウィンの生誕120周年、レナード・バーンスタインの生誕100周年でもありますね。

山中 ガーシュウィンとバーンスタイン、そして武満徹さんはジャズとクラシックの双方に精通した素晴らしい音楽家です。彼らの楽曲を取り上げるのと同時に、自分の好きな曲も一緒に演奏してみたいと考えました。バッハも毎日弾いたものをそのまま記譜して譜面に残していたと思うので、私はある意味当時の即興演奏家であったというふうに解釈しています。みんなミュージシャンとして音楽を表現することに全身全霊を傾けていたと思うんです。そういった有名な作曲家の有名な曲を、私が考えるジャズ的な、より現代的な手法でレコーディングすることで、いまの時代にフィットしたものにできればと思いました。それに今回は、とくにアレンジのしがいがありました。選んだ曲は音楽好きな皆さんにとって何度も聴いたことのある曲ばかりだと思います。それをアレンジするのに、(原曲から)どこまで遠くに行けるかということも一つの課題でした。



■アレンジに採り入れたのはかつて感じた音の風景

――でも、あまりにもニュアンスを変えてしまうと有名クラシック曲を選んだ意味が薄れてしまう。そのあたりのジレンマはどう解消しましたか?

山中 例えばバッハの曲は非常にはっきりと、メロディのなかに古典和声が組み込まれている。ではベース音を軸にして、和音をずらしていく、フェイズしていくことで少し変化が出せないだろうかと考えました。あと、それぞれの曲に自分の感じた音の風景みたいなものがあるので、それをアレンジに取り入れました。例えば「管弦楽組曲第 2番からバディネリ」は私が幼い頃、父がよくその曲をフルートで練習していたんです。ところが、あるパートにさしかかると必ず、うちの猫がフルートに向かって頭をぶつけて、演奏を止めてしまう。そのパートは息をたくさん出すので、それが嫌いだったんでしょうね。父が指慣らしするふりをしてごまかして吹き出すと、また嫌がって止めるっていうので、曲が切れちゃう(笑)。それが子供心にすごくおかしくて、DJじゃないですけど、違う場所でカットして違うメロディを入れて、自分の作ったメロディ(「リコシェ」)を入れて、行ったり来たりと往復する、いつまでたってもたどり着けないみたいなアレンジにしました。

――猫がイマジネーションを与えてくれた。

山中 そうです。サン=サーンスの「白鳥」も、ホントは流麗な曲なんですけど、私が最初に思い出す白鳥の姿は母の実家がある福島の阿武隈川に来る怖い白鳥なんです。まるまる太って食い意地が張っていて、エサを持っていると向かってきて、ガンガンつついて、怖いというかふてぶてしい。子供心に恐怖を覚えました。このアルバムの構想を練りながら井の頭公園を散歩していたら、ちょうど公園が工事中で、スワンボートが並んで置いてあったんですけど、あの角ばった大きなシルエットが、私が子供の頃に見た怖い白鳥と一緒だなと思って、こういうアレンジになりました。右手の分散和音をひっくり返して左手にさせて、メロディが小節線をまたいでくるような感じにして。私が白鳥から感じる図々しさ、ふてぶてしいイヤな感じ、予期しない動きを表現するために、ちょっと予定調和でないハイブリッド・コードを入れたり、違うハーモニーを用いてアレンジして、自分の心象風景を出しました。

――先行配信されている「乙女の祈り」については?

山中 この曲は、新幹線の発着音でご存知の方も多いと思います。オルゴールにも使われていますよね。とてもきれいなメロディですけど、今、“乙女”と言われるような年代の女の子はすごく元気で、もっと闊達です。彼女たちの祈りを音楽にすると、小節線の中やありきたりのコード進行に収まらないと思う。もっと疾走感があって、どんどん遠くに行く感じというか。そこで私も、わざと解決させないで、どんどん先に行くようなハーモニーをつけました。

■表現したいものを引き出してくれる二人のミュージシャン

――この曲に限らず、アルバムを通してベースの脇義典さんとドラマーのジョン・デイヴィスさんが快演なさっています。この二人について山中さんから改めてご紹介いただけますか。

山中 ヨシさん(脇)とは、バークリー音大時代からの知り合いです。ベースは本当に音楽の柱の役割だと思うんですけども、無駄な音がなくて、非常に音楽を底から支えてくれる、そういう良さが彼の演奏にはあります。そしてベース・ラインがとてもメロディアスなんです。最近のジャズ・シーンではパーカッシブというか、縦の線の強いベース奏者が多くなっているような気がするんですけど、ヨシさんは横の線が強いというか、メロディアスです。グラミー賞を獲ったダン・ゼインズのアルバムにも参加しているんですよ(『Catch that Train!』)。  ジョンはベン・ストリートとかカサンドラ・ウィルソンとも共演していますね。彼がドラムを叩くと音楽に奥行きが現れる。ジャズの一番大事なスイング感とか古い伝統を押さえながらもすごく華やかで、でもちゃんと聴かせるところは聴かせる。すごく華のある役者のような感じですね。二人は、私の表現したいものを引き出してくれます。一緒に演奏すると、心から音楽に集中できます。

――11月のコンサート・ツアーも、このトリオで行われるんですか?

山中 そうです。今回はホール・ツアーなので、より生楽器の響きが気持ち良い状態で音楽を楽しんでいただけるんじゃないかと思います。このトリオはピアニシッシモからフォルテシッシモまでレンジが広いので、そこもホールで楽しんでいただけるはずです。

――では最後に、e-onkyo musicのリスナーへのメッセージをお願いします。

山中 『ユートピア』は聴けば聴くほどいろんな仕掛けがあるアルバムなので、そうした部分も聴いていただけければ嬉しいです。楽しいジャズのアドリブから、ちょっとオタクっぽく音を作っている部分まで(笑)、いろいろ入っています。音源を楽しんでいただけましたら、ぜひコンサートにもお越しいただけたら嬉しいです。

「クラシックでもジャズでも、音楽はいい音で聴くことで境界線が消えていくような気がします。このアルバムをぜひ、皆さんの好きな音で楽しんでいただきたいですね」



◎ライブ情報
「山中千尋ニューヨーク・トリオ 全国ホールツアー2018」
11月4日(日) 滋賀県 滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール 中ホール
11月6日(火) 富山県 新川文化ホール 小ホール
11月7日(水) 福井県 ハーモニーホールふくい 小ホール
11月9日(金) 群馬県 太田市民会館
11月10日(土) 東京都 すみだトリフォニーホール 大ホール
11月12日(月) 山口県 山口市民会館 大ホール
11月13日(火) 鹿児島県 宝山ホール(鹿児島県文化センター)※生協コープかごしま会員制公演
*詳細は!こちらをご覧ください
問い合わせ:プランクトン Tel.03-3498-2881(平日11時-19時)