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【6/19更新】 印南敦史のルール無用のクラシック

2018/06/19
タイトル通り、ロック好きでもJ-POPファンでも楽しめるクラシック音楽を紹介する、ジャンル不問のクラシック・レヴュー。月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による新連載「印南敦史のルール無用のクラシック」!
シェク・カネー=メイソン 『インスピレーション』
ショスタコーヴィチのチェロ協奏曲第1番で話題を独占した、若き黒人チェロ奏者


多くの人がなんとなく感じている疑問のひとつに、「クラシックの世界って、黒人が少ないんじゃないかな」ということがあるのではないでしょうか。

ジャズなら多くの黒人ミュージシャンが存在しますが、たしかに黒人のクラシック演奏者は少ないような気がします。

それに、どれだけ調べてみても、「経済的な理由」「(クラシックは)黒人の好みではない」「イメージ的に合わない」など、漠然とした考え方ばかりで、決定打に欠けます。

これは、なかなか答えが出そうにない問題だな。

とはいえもちろん、まったくいないわけではありません。たとえば1700年代のフランスで活躍したヴァイオリニスト、作曲家のジョセフ・ブローニュ・シュヴァリエ・ド・サン=ジョルジュは、白人の地主と黒人奴隷の女性の間に生まれた人物でした。

現在も活躍している人だと、80年代に一世を風靡したソプラノ歌手のキャスリーン・バトルなどを思い出すこともできます。

そして最近だと印象的なのは、今年の初めにデビューしたノッティンガム出身のチェロ奏者、シェク・カネー=メイソンということになるかな。

デビュー・アルバム『インスピレーション』のニッコリ笑うジャケット写真が印象的で、その表情にはどこか惹きつけられるものがありました。だから最初はそれだけの理由で聴いてみたにすぎないのですが、予想以上に“聴かせる”力を持っていたので、春のころにはよく聴いていました。

デビューのきっかけは、17歳だった2016年5月に、英BBCが主催する「BBCヤング・ミュージシャン(18歳以下を対象としたコンクール)」に出演したこと。その結果、ショスタコーヴィチのチェロ協奏曲第1番を演奏して優勝し、2016年11月にDECCAと専属契約することになったというのです。

同レーベルで契約をしたチェリストとしては史上最年少だったといいますが、考えてみると前回ご紹介したヴァイオロニストのダニエル・ロザコヴィッチも、デビュー当時は17歳。

スポーツのみならずクラシックの世界でも、才能ある若手がどんどん出てきているという証拠なのかもしれません。

ちなみに5月19日に行われた英王室のヘンリー王子とメーガン・マークルの結婚式におけるセレモニーで、演奏を披露したのだとか。しかもメーガン・マークルから直接参加を依頼されたというのですから、大きな期待を寄せられていることがわかります。

いずれにしても、そうした経緯を経て今年の初めにリリースされたのが、このデビュー・アルバム『インスピレーション』だということ。

サン=サーンス:組曲《動物の謝肉祭》から「白鳥」、カタルーニャ民謡の「鳥の歌」、ショスタコーヴィチ:映画音楽《馬あぶ》組曲 作品97a「夜想曲」、そして自作曲とヴァラエティに富んだ内容。

なかでも説得力を感じさせるのは、BBCヤング・ミュージシャンのコンクールの優勝曲である「ショスタコーヴィチ:チェロ協奏曲 第1番 変ホ長調 作品107」。これはミルガ・グラジニーテ=ティーラ指揮バーミンガム市立交響楽団と共演したライヴ録音が収録されているのですが、新人らしからぬ堂々とした演奏からは、リスナーをぐいぐいと引っぱって行く力を感じることができます。

ただ、個人的にはひとつだけ違和感も。

アルバムに先駆けて先行配信されたシングル・トラックがSpotifyで2017年12月までに計100万回のストリーミング記憶を達成したという話は、たしかにすごいなぁと思います。

が、そのなかのトピックがボブ・マーリー「ノー・ウーマン、ノー・クライ」のカヴァーだったことにどうしても抵抗を感じてしまうのです。

いや、そうはいってもわずか3日で17万回という再生回数を記録したということなので、僕とは違う意見の人のほうが多いのでしょう。

それに、クラシックとボブ・マーリーを同一線上で受け止められるというのは、若い世代ならではの感覚として評価されるべきものだと考えることもできます。

けれど、もともとクラシック奏者のポップスやロックのカヴァーは好きじゃないし、そもそも僕は彼のショスタコーヴィチに共感したので。

あくまで好みの問題なのですが、アルバム全体として捉えた場合、僕の耳にはボブ・マーリーやレナード・コーエンのカヴァー(「ハレルヤ」)よりもショスタコーヴィチのチェロ協奏曲のほうがしっくりくるんだよなぁ。

とはいえ、テクニック的にも感覚的にも、彼型のチェリストとはちょっと違う才能を持っていることだけは事実(だから紹介しようと思ったわけですし)。そういう意味では、間違いなくこれからの期待株だと言えるでしょう。



◆今週の「ルール無用のクラシック」


『Inspiration』
/ シェク・カネー=メイソン







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印南敦史 プロフィール

印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。

ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」