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【6/12更新】 印南敦史のルール無用のクラシック

2018/06/12
タイトル通り、ロック好きでもJ-POPファンでも楽しめるクラシック音楽を紹介する、ジャンル不問のクラシック・レヴュー。月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による新連載「印南敦史のルール無用のクラシック」!
ダニエル・ロザコヴィッチ
『バッハ:ヴァイオリン協奏曲第1番・第2番、無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2集』
「いまどきの若い子」のすごさを実感せざるを得ない、衝撃的なデビュー・アルバム


少し前、知り合いと飲み屋で若い世代の子たちについて話していたら、そのお店で働いている人が割り込んできたのです。

それは別にかまわないのですが、その主張がちょっと……。「あー、いまの若いやつはダメですよねー」とか否定的なことばかりいうので、ちょっとカチンときて反論してしまったのでした。

「そうかなぁ。俺はむしろ、若い子のほうが有能だと思うけどな。たとえば、決して恵まれているとはいえない環境をバネにしてがんばってる子とか、知り合いにも多いし」

そしたら黙っちゃいましたけど、むしろ、そうやって「若いやつ=ダメ」みたいに捉えることのほうがよっぽどダメ。「だったら40代でアルバイト店員の君はどうなの?」ってことには触れないでおきましたが、そういう視野の狭さを目の当たりにすると、頭にくるというよりも悲しい気分にもなってきたのでした。

いや実際のところ、いまの若い世代、特に「さとり世代」といわれている子たちなどを見ていると、本当にクレバーだなと感じるんですよね。「さめている」みたいに言われることが多いけど、たださめているだけでなく、きちんと状況判断ができていて、「では、そんななか、自分にはなにができるか」ということを判断できる子が多いように思うので。

ところで最近、いつものように新譜チェックをしていて、とても印象に残った作品と出会いました。今回ご紹介する、ダニエル・ロザコヴィッチの『バッハ:ヴァイオリン協奏曲第1番・第2番、無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2集』がそれ。

ゆったりとした余裕が感じられ、それでいて堂々としている。そんな表現が、文句なしに響いたのです。恥ずかしながらこの人のことはよく知らなかったのですが、そんなわけなのでダウンロードしてからはほとんど毎日聴いていました。

ただ当然のことながら、そうなると彼が「どんな人なのか」がどんどん気になってくるじゃないですか。そこで調べた結果、ビックリ仰天(死語)することに。その経緯は、こんな感じでした。

「ふーん、2001年、スウェーデン・ストックホルム生まれか。うちの息子(24歳)と同じくらい?……え、いやちょっと待て。 あいつは何年生まれだったっけ? で、今年は何年だったっけ? 2018年だよね。ってことは17歳? 息子と同じどころか、もっと年下じゃん!」

自分の瞬間的な計算能力の低さを実感することにもなったわけですが、それにしてもたまげました。正直、ここまでの演奏ができるということは、それ相応の年齢だろうなと思っていたので。

ヴァイオリンを習いはじめたのが2007年で、その2年後にはウラディーミル・スピヴァコフ指揮モスクワ・ヴィルトゥオーゾ室内管弦楽団との共演により協奏曲デビュー。と、サラッと書くのは簡単ですが、この時点で8歳だったということになるわけです。

そして2012年12月には、イスラエルの巨匠ヴァイオリニスト、イヴリー・ギトリスの招きを受けて、テルアヴィヴで開催された「3つのかけ橋・国際室内楽音楽祭」に出演。その後、ロイヤル・ストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団、モスクワ・フィルハーモニー管弦楽団、ロイヤル・リヴァプール管弦楽団、フランス国立管弦楽団、スウェーデン放送交響楽団とも共演。

さらに14歳だった2015年、第15回モスクワ・イースター音楽祭において、大トリのワレリー・ゲルギエフ指揮マリインスキー劇場管弦楽団のソリストとして登場。その後も同楽団のソリストとして活躍し、ミュンヘン・フィル360°音楽祭のオープニングでは、ゲルギエフ指揮ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団と共演しているそうです。

という説明は断片的なものであり、その功績をすべて列記したら、それだけでかなりの文字数を使ってしまうことになるでしょうが、早い話が驚くべき才能の持ち主だということ。

僕はアーティストや演奏家などを褒めるときに、「天才」という表現をあまり使いたくないのですが(だって、なんだか安っぽい表現になっちゃうでしょ)、それでも彼がその領域に入ることは認めざるを得ないのかもしれません。

そんなロザコヴィッチは、15歳の誕生日を迎えた直後の2016年6月にドイツ・グラモフォンと専属契約。かくして誕生したのが、この『バッハ:ヴァイオリン協奏曲第1番・第2番、無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2集』だというわけです。

室内楽を好むというだけあって、その演奏はこなれており、迷いのようなものを感じさせません。室内楽の表現方法を熟知していて、しかも演奏することを自分自身でも楽しんでいることがわかる。だからこそ、聴く側を納得させるのです。

「ヴァイオリン協奏曲第1番・第2番」では爽やかな世界観を生み出し、「無伴奏ヴァイオリン・パルティータ」では、ずっしりとした深みをも感じさせてくれる。この視野の広さには、特筆すべきものがあります。

「若いからダメ」どころか、「若いのにすごい」子は間違いなく存在する。本作を通じ、彼が身をもってそんなことを証明してくれているように感じたわけです。



◆今週の「ルール無用のクラシック」


『バッハ:ヴァイオリン協奏曲第1番・第2番、無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番』
/ ダニエル・ロザコヴィッチ







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印南敦史 プロフィール

印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。

ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」