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【6/7更新】 印南敦史のルール無用のクラシック

2018/06/07
タイトル通り、ロック好きでもJ-POPファンでも楽しめるクラシック音楽を紹介する、ジャンル不問のクラシック・レヴュー。月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による新連載「印南敦史のルール無用のクラシック」!
タンブッコ『大地のにおい』
あらゆる音楽を吸収する打楽器グループが、二十絃箏や尺八と共演するなど、さらなる意欲を見せる充実作


ここでも何度か書いてきたように、僕はクラシックからヒップホップまで、ジャンル不問で聴いている人間です。「感性に引っかかるか」どうかが大切で、なにかを感じることができるのであれば、そちらのほうがジャンル以上の価値を持つと考えているから。

そして、こういう聴き方をしていることには、もうひとつ大きな理由があります。知らない音楽があって、それが“引っかかる”ものであったら、(もちろんジャンル不問で)「気になって気になって、いても立ってもいられなくなってしまう」ということ。

考えてみると中学1年生のころすでに、ソウルやロックやフォークと並行して日本の民謡も聴いていたので、当時から素地はできあがっていたのかもしれません(そんなやつ、絶対に浮いてたでしょうけどね)。

なぜそんな話をしたかといえば、またもや“引っかかる”音楽と出会ってしまったから。今回ご紹介する、タンブッコというヘンな名前のグループがそれです。

今回の『大地のにおい』で彼らのことを初めて知ったのですが、調べてみたら結成は1993年。しかもメキシコの大学で打楽器を学んでいた4人のメンバーは、それ以前から演奏活動をしていたというので、かなりの実績の持ち主です。

それどころか、これまでに8枚もアルバムをリリースしていて、過去には最優秀クラシック・アルバム賞を含むグラミー賞に4回もノミネートされたことも。その他、国内外から多数の栄誉を授与されているというのです。

また、2015年公開の映画「007スペクター」には、サウンドトラックに参加しているだけでなく、映像にも参加しているのだとか。僕はまだこの作品を観ていないのですが、どんな感じで登場するのか、ちょっと興味が湧いてきました。近いうちにチェックしてみようと思います。

さらにはメキシコ国内のみならず、世界各地で精力的に公演を行なっている点も見逃し難いところ。いまや世界屈指の打楽器アンサンブルとして高い評価を確立しているという話にも、十分納得できます。

さて、そんなタンブッコの魅力は、そのテクニックを軸として、打楽器の可能性を極限まで突き詰めている点にあります。いくつかのパターンで満足してしまうことなく、「次はこれ、その次はこれ」といった具合に、地球上に存在するさまざまな音楽との“異種格闘技”を実現してみせるのです。

たとえばいい例が、2016年作『カフェ・ジェゴッグ』。『大地のにおい』に衝撃を受けたので聴いてみたのですが、ここではメンバーのひとりであるリカルド・ガヤルドが、ガムラン・アンサンブル「スカルサクラ」との共演した「カフェ・ジェゴッグ」を世界初録音しているのです。

つまりは打楽器という接点を軸に、さまざまな音楽を結びつけようとしているということ。しかも、それがきちんと形になっている。だから、聴いていると脳を心地よく刺激され、ワクワクしてくるのです。

もちろんそれは、『大地のにおい』にしても同じです。とにかく素晴らしく、冒頭の「夜の訪れ」を耳にした時点で、このアルバムの成功をはっきりと確信できました。

スティーヴ・ライヒの名作『六重奏曲,6台のマリンバ』にも通じるこのミニマリズム的表現は、情報を詰め込みすぎた音楽が氾濫する現状へのアンチテーゼだとすら表現できるかもしれません。

いや、でも重要なのはそういった理屈じゃないかもしれないな。なぜならもっと注目すべきは、その音楽の快適性にあるからです。続く「マレット・クァルテット」にも同じことが言えますが、日々の疲れを癒してくれるような、何時間でも聴き続けていたくなるような心地よさがあるのです。

だとすればそれは理屈以前に、現代人に求められるべき音楽だといえるのではないかと感じるのですが、いかがでしょう?

ところで本作最大のトピックは「サウンド サウンド IV 尺八、二重絃箏、打楽器群のために」です。というのもこの曲には、2005年からコラボレーションを開始していたという二十絃箏奏者の吉村七恵氏、そして尺八奏者の三橋貴風氏が参加しているのです。

真っ白いキャンバスに少しずつ色を重ねていくかのようなミニマルな表現が素晴らしく、そこには現代音楽に通じるニュアンスも。きわめて創造性が豊かであるだけに、お世辞抜きでため息が出てしまいます。

そして同じく無視できないのが、ラストを締めくくるタイトル・トラック。オーストラリアの作曲家、トリスタン・コーエリョの楽曲で、従来の楽器を使っていないユニークな楽曲です。

と言われてもピンとこないかもしれませんが、従来の楽器の代わりに、土でできた植木鉢、金属のパイプ、磁器のうつわ、ワイン・グラス、ワイン・ボトルなどを楽器として使用し、豊かな世界観を生み出しているのです。

タンブッコの音楽を聴くとき、余計な知識やうんちくは不要。もちろん多くの音楽を知っていれば、そのぶんだけ楽しみは増えるでしょう。しかし、なんの知識も持たない“まっさら”な状態だったとしても、間違いなくリスナーを刺激してくれるはずだから。

早いもので2018年の半分が終わろうとしていますが、個人的には今年のベスト5のなかにこのアルバムが入ることは間違いないとすら感じています。ぜひ、聴いてみてください。



◆今週の「ルール無用のクラシック」


『大地のにおい』
/ タンブッコ




『カフェ・ジェゴッグ』
/ タンブッコ, スカルサクラ







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印南敦史 プロフィール

印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。

ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」