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【5/29更新】 印南敦史のルール無用のクラシック

2018/05/29
タイトル通り、ロック好きでもJ-POPファンでも楽しめるクラシック音楽を紹介する、ジャンル不問のクラシック・レヴュー。月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による新連載「印南敦史のルール無用のクラシック」!
クリスティーナ・プルハー『Handel goes wild』
古楽のラルペッジャータアンサンブルとともに、ヘンデル作品を大胆にリコンストラクト


「これは、こうでなくてはいけない」というような“謎の決まり”は、どこの世界にもあるものです。しかし、知識や情報量、理屈を盾にしたそのような考え方は、文化の本質を覆い隠してしまうように思います。

ロックやヒップホップの世界でも、過去にそういう「理屈偏重」の流れがあり、それによってシーンが衰退してきたことも目の当たりにしているので、なおさらそう実感せずにはいられません。

のっけから真面目な話をしちゃってますけど、要は「頭の固い人」のそういう考え方は、あまりよろしくないと考えるのです。

なぜって音楽は理屈で聴くものではなく、究極的には「好きか嫌いか」を自分の感覚で判断するべきものであるはずだから、そしてそれは、ロックであろうとジャズであろうとヒップホップであろうとクラシックであろうと、まったく同じ。

逆に「こうでなくてはいけない」というところにしがみついていると、本当にいいものをいいと思えなくなってしまうし、そういう作品を見逃してしまう可能性すらあるということです。

去年の夏の終わりにクリスティーナ・プルハーの『Handel goes wild』を聴いて以来、ときどきそのことを考えています。

なぜってこのアルバムには、自然な笑顔を浮かべつつ、“「こうでなくてはいけない」派”の人たちを軽く一蹴してしまうような「余裕」と「パワー」、そして「創造性」がみなぎっているからです。

なにしろタイトルが『Handel goes wild』(邦題は「ヘンデルはワイルドでいこう!」)ですぜ。しかもジャケットには、荒々しい馬をバックにイキッてるヘンデル(らしき人物)の姿。どう考えたって普通じゃないですよね。

オーストリア出身のクリスティーナ・プルハーは、2000年に結成されたラルペッジャータという古楽アンサンブルとともに、きわめて創造的な活動を続けている人物。

実をいうと僕は2016年の前作『Orfeo Chaman』で初めて彼女を知ったので偉そうなことを言えないのですが、でもこの作品の、オルフェウスの神話と南米〜シチリア島の民謡をミックスさせてしまうセンスに魅了されてしまったのです。

そんなこと、「こうでなくてはいけない」派の人たちが多いクラシックの世界では、なかなかできることではないはずです。にもかかわらず、それを堂々とやっている。しかもその結果、他の誰にも真似できないような世界観を生み出している。

だから強く共感し、2015年の『Cavalli: “L’amore innamorato”』、2014年の『Music for a While – improvisations on Purcell』など過去の諸作品も遡って聴いてみたのです。

そしてその結果、クリスティーナ・プルハーとラルペッジャータの目指すところが、僕個人の感性を強烈に刺激してくれることがわかったのでした。

最大の功績は、古楽器アンサンブルの魅力を理解できたこと。それまで僕は古楽器自体にさほど関心を持っていなかったのですが、彼らの作品に触れ、「古楽器って、こんなにクリエイティヴだったのか!」と感じずにはいられなかったのです。。

だから、このヘンなジャケットの新作を目にしたときにも、大きな期待感を抱いてしまったのでした。

タイトルからもわかるとおり、今回モチーフになっているのはヘンデル作品。上記のように、彼らはこれまでパーセル、モンテヴェルディ、カヴァッリの作品をモチーフにした作品を送り出してきただけに、この方向性には納得できます。

といっても一筋縄でいかないのは当然で、ヘンデルによるオペラ、アリアのパートを、独自の感性によってリコンストラクトした作品になっているのです。

ソプラノのヌリア・リアル、カウンターテナーのヴァラー・サバドゥスに加え、ジャズ・クラリネット奏者のジャンルイージ・トロヴェシが参加しているところからも、その自由度をイメージできるかもしれません。

ちなみにタイトルとコンセプトは、オペラ「オットーネ」のリハーサルでソプラノ歌手のフランチェスカ・クッツォーニが、アリア「偽りの肖像」を歌うのを拒否した際、ヘンデルが彼女を窓から放り投げようとしたというエピソードに基づいているのだそうです。

それが実話であるかどうかは別としても、そういうところに着目したプルハーの感覚はやはりユニーク。しかもバロック、ジャズ、ロマ音楽などを絶妙なバランスでミックスさせているのです。

最大の魅力は、クラシック・ファンを納得させるだけのしっかりとした基盤を感じさせつつも、間口をしっかりと広げている点。つまりクラシックをよく知らない人が聴いたとしても、充分に納得できる作品になっているのです。

だからこそ、より多くの方々に聴いていただきたいと強く思います。



◆今週の「ルール無用のクラシック」


『Handel goes Wild』
/ Christina Pluhar




『Pluhar: Orfeo Chaman』
/ Christina Pluhar



『Cavalli: "L'amore innamorato"』
/ Christina Pluhar



『Music for a While - Improvisations on Purcell』
/ Christina Pluhar 他







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印南敦史 プロフィール

印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。

ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」