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【5/22更新】 印南敦史のルール無用のクラシック

2018/05/22
タイトル通り、ロック好きでもJ-POPファンでも楽しめるクラシック音楽を紹介する、ジャンル不問のクラシック・レヴュー。月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による新連載「印南敦史のルール無用のクラシック」!
ジェフ・ミルズ『Planets』
デトロイト・テクノの重鎮が手がけた、圧倒的な完成度を誇るオーケストラ作品


たとえば人間関係においては、特定の相手との距離感を知らず知らずのうちに“決めつけて”しまうことがよくあります。

つまり、こういうことです。

仮にAさんという人が近くにいたとしましょう。見る限りAさんは、自分とはまったく違うタイプの人間です。

性格、価値観、考え方、社交性、趣味など、どれを確認してみても共通点がないので、「ああ、自分とは無縁の人なんだな」と思わざるを得ません。だから無理して近づくでもなく、ましてや好き嫌いの問題でもなく、でも交流を持とうとはしないわけです。

ところがあるとき、ひょんなことから言葉を交わすことになりました。その結果、以前の考えがまったくの勘違いだったことに気づくことに……。

たしかに趣味趣向は違うようにも思えるけれど、話し込んでみると、いろんなところに接点があるのです。それはこちらの固定概念を覆すものでもあったので、逆に新鮮で、どんどん距離感が縮まっていくことになったということ。

イメージや限定された情報だけを頼りに、相手を一方的に否定するのは簡単なこと。でも、少しだけ視野を広げてみれば、このように新たな発見もあるわけです。

どうしてそんな話をし出したかといえば、テクノやハウス、ヒップホップなどのクラブ・ミュージックとクラシックとの関係にも、同じことが言える気がするから。

当然のことながら、クラシックを聴くクラブ・ミュージック・ファンは少ないでしょうし、クラブ・ミュージックを肯定するクラシック・リスナーもあまりいないのではないかと思います。

でも、どちらも聴くタイプである僕は、実のところ両者はまったく違う音楽ではないと感じています。それどころか、共通する部分が少なくないのです。

たとえば、バッハの「平均律クラヴィーア」あたりに顕著なリフレイン(連続性)。あの構造はスティーヴ・ライヒなどのミニマル・ミュージックはもとより、テクノやハウスにも通じるものがあります。

なのに距離感が縮まらないのは、やはり両者ともに「(相手は)自分とは違う世界に生きて、違う音楽をやっている人だから」というような偏見を抱いているからなのではないでしょうか?

特に、「クラブ・ミュージックなんか受け入れる気にならない」というクラシック・リスナーの気持ちもわかります。たしかに、住む世界が違うようにも感じられますものね。

でも、もしそのようなことを感じているのであれば、それを偏見だと認める必要はあるかもしれません。実際のところ、フランチェスコ・トリスターノのように、クラシックとクラブ・ミュージックとの間を器用に行き来している人もいるわけですし。

だからこそ、そこまで視野を広げることができれば、クラシック以外の音楽をも受け入れられるようになり、その結果、よりクラシックが好きになれるかもしれないのです。

そこで今回は、クラシック・リスナーとクラブ・ミュージック・リスナーとを無理なく結びつけてくれる作品をご紹介したいと思います。ジェフ・ミルズの『Planets』がそれ。

アメリカ・デトロイトのテクノ・アーティストであるミルズは、テクノ・シーンでは知らない人がいないというほどの重鎮です。しかし、そんな彼が手がけた本作は、このコーナーでクラシック作品としてご紹介してもまったく違和感がないのです。

つまりは、クラシック作品としての完成度がしっかりと保たれているということ。しかもそれでいて、テクノ作品としても成立しているということ。この絶妙なバランス感覚には、ただただ驚かされるばかりです。

タイトルからもわかるとおり「宇宙」をテーマに、ミルズがオーケストラのために書き下ろしたもの。2017年2月にはアンドレア・バッティストーニ(指揮)、東京フィルハーモニー交響楽団とのコラボレーションにより、渋谷Bunkamura オーチャードホールで『ジェフ・ミルズ×東京フィルハーモ二ー交響楽団×バッティストーニ クラシック体感系II -宇宙と時間編-』という公演も開催されたので、ご存知の方もいらっしゃるかもしれません。

いずれにしても、オープニング「Introduction」を耳にした時点で、ミルズのスコアの完成度の高さを実感できることになるでしょう。

以後もインタールードを挟みながら「Mercury(水星)」「Venus(金星)」「Earth(地球)」「Mars(火星)」「Jupiter(木星)」「Saturn(土星)」「Uranus(天王星)」「Nepture(海王星)」「Pluto(冥王星)」と曲が進んでいくのですが、作曲に際しては各惑星のサイズ、質量、密度、構造などのデータを参考にしたのだとか。

そんなことも影響してか、各楽曲の粒立ちがとてもよく、またトータル・アルバムとしての「連続性」もしっかりと考慮されています。そのため長さを意識させることもなく、一気に聴かせてしまうのです。

なおCDは、楽曲をポルト・カサダムジカ交響楽団と実際に演奏した「Orchestra Version」と、楽曲のアイデア・スケッチである「Electronic Version」との2枚組になっていたのですが、ハイレゾではメインの「Orchestra Version」が配信されています。

しかも「Stereo Version」と「5.1ch Version」が用意されており、特に後者のクオリティは絶妙。オーケストラ作品としてのパースペクティヴがより引き立っており、聴いているだけでゾクゾクしてくるようなリアリティがあります。

精度の高いオーケストラ作品であり、緻密なミニマル作品であり、広義のクラブ・ミュージックでもある、他に類を見ない傑作。「クラブなんて興味ないよー」という方も、騙されたつもりでぜひ聴いてみてください。目の前の景色が、少し違って見えてくるかもしれませんから。



◆今週の「ルール無用のクラシック」


『Planets (Orchestra Version) 5.1ch Version』
/ Jeff Mills




『Planets (Orchestra Version) Stereo Version』
/ Jeff Mills







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印南敦史 プロフィール

印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。

ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」