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映画のようなストーリーを感じさせる、キーボーディスト重実徹の最新作『Melodies & Tales』

2018/05/23
MISIAツアーのアレンジャー/キーボード・プレイヤーとしての活動でも知られる重実徹さんが、2016年の『Sensual Piano』に次ぐ最新ソロ・アルバム『Melodies & Tales』を発表。今回は、ゲストにギラ・ジルカさん(Vo)、鈴木明男さん(Sax)、村中敏之さん(Vc)を迎え、オリジナル曲のほか、「やさしく歌って」や「哀愁のヨーロッパ」といったカバーも収録。e-onkyo musicではその魅力を余すところなく伝えるハイレゾでお届けします。前作同様、音楽評論家の平山雄一さんに、本作の魅力と聴きどころを掘り下げていただきました。

インタビュー・文◎平山雄一 写真◎山本 昇


『Melodies & Tales (PCM 96kHz/24bit)』重実 徹


 『Sensual Piano』から2年。キーボード・プレイヤー重実徹の新作『Melodies & Tales』は、前作が絵画的なアルバムだったのに対して、映画のようなアルバムになっている。どの曲も音の景色の中に人の動きが感じられ、そこで展開されるストーリーを想像させてくれる。エキゾティックな雰囲気を持つ曲や、ワイルドなアクション映画のような曲が収められていて、通常のインスト・アルバムとは一線を画す豊富なバリエーションを楽しめる。

■リスナーの心を遠くに運ぶ聴き応えある楽曲群

「1曲目の〈Le Soleil(ル・ソレイユ)〉の舞台は、沖縄です。那覇から車で北上して古座(沖縄市)を過ぎると、海岸沿いの道に出る。読谷村から残波岬にたどり着くまでに、凄まじくきれいな場所があるんですよ。その光景を思い浮かべながら、なぜかスウィング・ビートの曲を書きました(笑)。僕は沖縄生まれじゃないですけど、中3の時に喜納昌吉&チャンプルーズを聴いて以来、沖縄のメロディが自分の中にあるように思う」と、重実は楽しそうに曲の成り立ちを語る。いろいろなアーティストのツアーで全国各地を周る中で、気に入った風景に出会う。それをスムーズにメロディとリズムに変換できるのは、重実が真に音楽家だからだろう。
 このロードムービーのような曲を皮切りに、重実はリスナーの心を遥か遠くに運んでいく。続く「French Airport(フレンチ・エアポート)」はフランスのサスペンス映画のサントラのような曲だ。スリリングなレゲトンのリズムに乗って、バリトンサックスが奔放なソロを取る。サックスを吹くのは、前作でもゲスト参加した鈴木明男。重実がバンマスを務めるMISIAのライブバンドに在籍する盟友だ。
「60年代の映画『黄金の七人』のイメージ。金塊泥棒の話で、ヨーロッパ映画なのに、音楽はいなたいジャズ・ブルースなんですよ。なので、明男ちゃんにはガトー・バルビエリみたいな感じで暴れてもらいました」
 ガトー・バルビエリは『ラストタンゴ・イン・パリ』の映画音楽で有名なサックス奏者で、重実は明男のパワフルなプレイをエレピ、オルガン、シンセでしっかりとバックアップする。特にテーマを弾くハモンドの演奏は、第一人者の風格がある。ハモンドオルガンの音色は80年以上にわたって音楽ファンを魅了し続けてきたが、このアルバムで聴くハモンドは、重実自身の手と耳によってハイレゾならではのサウンドに仕上げられていることも特筆に価する。
 さらに3曲目はロバータ・フラックのカバー「Killing me softly with his song/やさしく歌って」で、このアルバム唯一のボーカル入りトラックとなっている。シンガーはギラ・ジルカで、彼女もMISIAバンドのメンバーだ。
「エンジニアの観点からすると、ギラさんの声の帯域は、日本人女性シンガーの倍はある。その声と僕のピアノが合わさると、きっといい音楽が生まれると思ってお願いしました。この曲には最初はイントロがあったんですが、あまりにもギラさんの声が素晴らしいので、いきなりそれを聴かせた方がインパクトがあると考えて、最終的にはイントロをカットしました」
 重実が言うように、この名曲でのギラのボーカルは極上だ。そしてボーカルのバッキングに定評のある重実ならではのオブリガードが、歌を見事に引き立てている。面白いのは、この曲のピアノ・ソロだ。歌を活かすオブリガードがそのまま流れ出したようなソロのアイデアが秀逸で、重実ならではの聴きごたえのあるトラックとなっている。

■厳選された音色で奏でる重実のメロディ

 このように『Melodies & Tales』はコンポーザー、キーボード奏者、エンジニア、プロデューサーである重実徹の、多角的な才能が存分に発揮されている。ではこのアルバムは、どのように制作されたのだろう。
「アルバム全体のコンセプトを決めて、計画的に曲を作っていったのではなく、曲が浮かんだ時点でコンピューターをメモ代わりにして録ったり、録れないときはメモ帳に譜面を書いていった。甲州街道で信号待ちの間にメモを取ってたら、後ろの車にクラクションを鳴らされたこともありましたね(笑)。何より大事にしたのは、インストなのでメロディが浮かんだ瞬間に、どの楽器のどんな音色で演奏するのかを決めることでした」
 重実は、メロディと同じくらい、楽器の音色そのものが大切だという。重実がアルバムタイトルにした“tale”は、“story”と同じ意味のおくゆかしい言葉で、「お話」といった感じのニュアンスを持つ。その「お話」をするにあたっては、主役の楽器の音色が重要な役割を果たす。音色そのものが話し手のキャラクターになる。コンピューターでの音楽作りが全盛の今、重実の音楽家としての本能は、生楽器の音色に細心の注意を払うように命じたのだった。
 その典型はサンタナのカバー「Europe/哀愁のヨーロッパ」だろう。サンタナの作り出したギターの「お話」を、ピアノとチェロで語り直す。物語の大筋は同じでも、主役のキャラクターを替えるとまったく違うニュアンスが生まれる。重実は「出だしのメロディを試しにピアノで弾いてみたら、“これはいいぞ!”と思った」と、大きな手応えがあったことを語る。そこでチェロ奏者の村中俊之に共演をオファー。
「天才ですね。音色が素晴らしい。彼と突き詰めたことをやってみたかった。その題材としてこの曲はピッタリで、ピアノとチェロで“郷愁の物語”をやってみたというわけです」
 意外とも思える選曲だが、実際に聴いてみると重実の言うとおり、ノスタルジアを掻きたてられて、とても心地よい。子供時代からサンタナを聴いてきたという重実のピアノは、カバーとは思えないほど自然にメロディをトレースする。また天才・村中のチェロが醸し出す“郷愁”はウィットに富んでいて、「お話」をハートウォームに包み込む。重実の狙いは見事に当たって、意外という言葉をはるかに超えるロマンティックな仕上がりになった。余談だが、前述のガトーがサックスでこの曲をカバーして大ヒットしたことも、重実の頭の中にあったのかもしれない。
 その他、アフリカの楽器カリンバの音色をフィーチャーした「via Cairo/ヴィア・カイロ」や、ギターのフレーズをキーボードで弾いてみせる「Tears for No Reason/ティアーズ・フォー・ノー・リーズン」など、アイデアを惜しみなくちりばめながら、真正面から鍵盤を楽しむ重実の姿が目に浮かぶ。
 
「音楽そのものも好きなんだけど、中でも“情景のある音楽”が好きですね」と語るように、重実はメロディを厳選された音色で奏でることで、人の心の動きや、人々の紡ぎ出す物語を丁寧にすくい取る。その際、音楽テクノロジーを極めているからこそ、ディレイなどの音の細部の処理を自ら行ない、音楽と人間の感性の接点の快適さにこだわる。『Melodies & Tales』は、重実だからこそ作ることのできた、ハイレゾ・インスト・ミュージックの最高峰のひとつだ。


メインのピアノはソフト音源Ivory II Grand Pianosを使用。また今回は、WAVESのGreg Wells Signature Seriesというプラグイン・エフェクターをプロダクトの様々な場面で多用したそう。「これ以上のピアノ音源はないというほど気に入っているのがSYNTHOGY のIvory II Grand Pianosで、ライヴでも使用しています。EQやコンプレッサー、リヴァーブなどをバンドルしたGreg Wells Signature Seriesは、グレッグ・ウェルズというエンジニアが監修したエフェクターですが、彼はピアニストでもあるためか、非常に相性が良かったですね」

「自宅のシステムでハイレゾと通常音質を聴き比べてみると、明らかにハイレゾは僕らが子供の頃から聴き馴染んだ音に近く、言ってみれば自然なアナログっぽい感触がありました。皆さんもぜひ、24bit/96kHzの音をお楽しみください」