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【5/15更新】 印南敦史のルール無用のクラシック

2018/05/15
タイトル通り、ロック好きでもJ-POPファンでも楽しめるクラシック音楽を紹介する、ジャンル不問のクラシック・レヴュー。月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による新連載「印南敦史のルール無用のクラシック」!
ゾフィー・パチーニ『In Between – Schumann & Mendelssohn』
若手の実力派女性ピアニストが、リスト、シューマン、メンデルスゾーンを並列させ、心地よい空気感を表現


デザインやアート・ディレクションって、とても大事ですよね。

クラシックのアルバム・ジャケットにしてもそうで、デザインがよければ、それだけでなんとなく「聴いてみたいなぁ」という気分にさせられたりもするわけです。

そういう意味でアルバム・ジャケットは、アーティストや演奏者にとって、リスナーに向けた最初のプレゼンテーションの機会だと解釈することもできるかもしれません。

最近だと個人的には、前にここでも取り上げたバーバラ・ハニガンの『Crazy Girl Crazy』やアンリ・ドマルケットとヴァネッサ・ベネッリ・モーゼルの『Echoes』あたりは、まずジャケットが気になって聴いてみた作品。つまり聴きたい作品をチョイスするにあたっては、ヴィジュアル面も少なからず意味を持つということです。

でも、逆の場合はどうでしょう? いわばジャケット・デザインがよろしくないため、その時点で聴く気をそがれてしまうようなケースです。いや、そこまでひどくはないにしても、第一印象で「うっ……」となってしまうことは“ないわけでもない”ということで。

別に否定したいわけじゃないんで、なんだか表現に気を使っちゃいますけどね。

というのもつい最近、そう感じたことがあったのです。ゾフィー・パチーニの、『In Between – Schumann & Mendelssohn』がそれ。

2016年に、ベートーヴェンとリストの作品を取り上げた『Beethoven, Liszt : Solo Piano』で注目を集めた若手の女性ピアニスト。1991年ミュンヘン生まれだというので、このアルバムの時点では25歳だったことになります。

これは、なかなか印象的な作品でした。内容のみならず、こちらを見つめるジャケット写真や、そのマフラーの色とフォントの色調を合わせたアート・ディレクションも秀逸。だから、とても印象に残っていたのです。

ところが今回の『In Between – Schumann & Mendelssohn』は、ちょっと戸惑ってしまうようなデザインだったのでした。もちろんデザインには好みがありますから、僕の価値観だけを押しつけるのは違うと思います。しかし、前作とあまりにテイストが違うので、名前を確認するまで同じ人の作品だと気づかなかったほど。

一瞬、クラシックではなく、怪しいスピリチュアル系なのかなと感じてしまったくらいです。非常に失礼な話ですが、それほどデザインは大切だなと痛感したということです。

だから、「ちょっと(ジャケットの)見た目で損してるかもなぁ」という印象が否めません。なぜってこのアルバム、内容的には前作に負けず劣らず、いや、むしろ大きく勝っているのではないかと思うほどすばらしいからです。

“押し”と“引き”のバランスが絶妙だった『Beethoven, Liszt : Solo Piano』は、ピアニストとしての力量の確かさをわかりやすく提示した作品でもありました。

しかしリスト、シューマン、メンデルスゾーンの作品を取り上げた今回は、スキルというよりも楽曲そのものの魅力をクローズアップしているように思えます。

具体的には、リストの「シューマンの「献呈」S.566a」で幕をあける本作においては、以後、シューマンと妻のクララ、メンデルスゾーンと妻のファニーの作品が意識的に並べられているのです。

つまり、1810年前後のロマン派の時代に交流を持ってインスパイアしあった彼らの個性を、深い解釈を軸に、しかし聴きやすいかたちで提示しているわけです。

だからこそ結果的には、たとえば自分の本質に目を向けるようなシューマンの姿勢と、メンデルスゾーンの開放的なアプローチを対比させるような構図が生まれており、そこに新鮮な印象があります。

異なった作風の楽曲を並列させることにより、心地よい空気感を生み出しているのです。

これは、音楽家としてのしっかりとしたバックグラウンドがないと実現できないことではないかという気がします。アルバム・ジャケットは強烈すぎたけれど、そこで二の足を踏むことなく、聴いてみてよかった。そう、強く実感させてくれる作品だったのでした。



◆今週の「ルール無用のクラシック」


『In Between』
/ Sophie Pacini




『Solo Piano - Beethoven & Liszt』
/ Sophie Pacini







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印南敦史 プロフィール

印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。

ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」