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【5/8更新】 印南敦史のルール無用のクラシック

2018/05/08
タイトル通り、ロック好きでもJ-POPファンでも楽しめるクラシック音楽を紹介する、ジャンル不問のクラシック・レヴュー。月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による新連載「印南敦史のルール無用のクラシック」!
ピエール=ロラン・エマール『オリヴィエ・メシアン(1908-92):鳥のカタログ』
現代音楽の巨匠メシアンが不協和音で表現した「鳥」を、巨匠エマールが見事に再現した傑作


「現代音楽の定義ってなんなんですか?」

あるとき、ブラック・ミュージックの熱心なファンである友人に聞かれたのでした。

僕はクラシック・リスナーである一方、20数年前からヒップホップ/R&BのDJとしても活動してきたのですが、そちら方面の知り合いです。神戸でのイヴェントにゲストDJとして呼んでもらったことが交流のきっかけで、以来、20年近くのつきあいになります。

つまり彼にとって僕は「ブラック・ミュージックの人」なので、「ブラック・ミュージックの人」がクラシックを聴くことには少なからず抵抗感があったようなのです。

しかも僕はブログに現代音楽の動画を貼ったりもしていましたから、彼としてはますます混乱した様子。そう考えれば、彼が「現代音楽ってなんなんですか?」という疑問を投げかけてくるのは、ある意味で当然のことでもあるのでした。

とはいえ僕にとっては、R&Bもヒップホップもロックもクラシックも、同等に大切な音楽なんですけどね。「ジャンル」が好きなわけではなく、「音楽」が好きなのだから。とはいえまぁ、そういう人間が少数派であることもわかってはいますけれど。

それはともかく、大阪なんばの大衆酒場でそんな質問をされたとき、僕は大失敗をしてしまったのでした。かなり酔っていたのでね、そのせいだという言い訳をすることは不可能ではありません。でも、その返答はあまりにも雑だったのです。

「教えてくださいよ、現代音楽の定義を」
「不協和音」

ほらね、雑でしょ。

たしかに不協和音は、現代音楽を言い表す「記号のひとつ」ではあります。でも、もし不協和音が現代音楽の定義なのだとしたら、すべての現代音楽が不協和音で成り立っていなければいけないことになります。

でもそんなはずはなく、そもそも「不協和音も現代音楽の一要素」ではあるけれど、「不協和音こそが現代音楽」というわけではないわけです。「鳩は鳥だが、鳥=鳩ではない」ということと同じ。

だから「現代音楽ってなんですか?」と聞かれて「不協和音」と答えってしまうなんて、「雑にもほどがあらあ!」って感じなのです。

不協和音も、リフレインも、あるいは無音も、それが作曲家の表現なのだとしたら、すべてが現代音楽と言えるはずなのですからね。

いいかえれば、ひとことやふたことで、ましてや「不協和音」なんて一語で現代音楽を言い尽くせるはずもないのです。ただし個人的には、知識や理屈ではなく「感じる」ことがいちばん重要だとも思っているのですけれど。

さて、そんなことを思い出したのは、フランスのピアニスト、ピエール=ロラン・エマールの新作『オリヴィエ・メシアン(1908-92):鳥のカタログ』を聴いたことがきっかけでした。

なぜってこのアルバムには、不協和音的な現代音楽の側面が、わかりやすく提示されているからです。

イギリス文学者の父と、詩人の母のもとにフランスで生まれたメシアンは、現代音楽の作曲家として多大な功績を残した人物。7歳にして、独学で作曲したというのですから驚きです。以後、11歳だった1919年にパリ音楽院に入学し、オルガンをマルセル・デュプレに、作曲をポール・デュカスに師事。12年間にわたり、同学で学んでいます。

そんなメシアンの楽曲の特徴は、複雑に入り組んだリズム、オリジナリティ豊かな旋法、鳥の鳴き声や森林、川や滝の音などの自然音を独自に解釈した旋律。またカトリック教徒であったため、キリスト教を題材にした作品も少なくありません。

注目すべきは、1942年に教授として就任したパリ音楽院で、ピエール・ブーレーズ、ヤニス・クセナキスなど現代音楽における重要人物を輩出したこと。カールハインツ・シュトックハウゼンも彼に師事したといいますから、その功績の大きさは容易に想像できるのではないでしょうか?

なお1953年の管弦楽曲「鳥たちの目覚め」から「鳥好き」(という言い方もナンですが)としての側面を際立たせることになったわけですが、そのバックグラウンドにあるのは、「自然界のすべてに絶対者の造化の妙を見る」というカトリックの世界観。

そして、その流れをくんで発表されたのが、鳥の鳴き声を基盤とした『鳥のカタログ』(1956-58)だったのです。

なお、そんなメシアンにとっての重要曲に挑んでいるピエール=ロラン・エマールは、現代音楽から古典作品までをこなすピアニスト。

12歳のときにメシアンと直接の交流を持ち、16歳だった1973年にはオリヴィエ・メシアン国際コンクールで優勝。メシアンとともに過ごすことも多かったため、メシアン作品の表現力において高い評価を得ているのです。

つまり本作は、そんなエマールの本領が発揮された作品。ちなみにエマールは、2008年にメシアン生誕100周年記念盤で『鳥のカタログ』内の「もりひばり」と「ヨーロッパうぐいす」の2曲を録音しているのですが、2017年8月に録音された本作は、そのワンランク上をいく仕上がり。なぜなら今回は、『鳥のカタログ』全13曲を手がけているからです。

でも、不協和音的な側面が強く打ち出された現代音楽に慣れていない方は、これを聴いて「これのどこが鳥なのか?」と思われるかもしれません。いや、本音を言えば、不協和音が大好きな僕でさえ、同じようなことを感じないわけではありません。

「いくらなんでも、不協和音で鳴く鳥はいないんじゃないかなぁ?」ってね。

でも、それが現代音楽家・メシアンの表現。彼が自由な発想のもとで鳥を表現した結果、こういう音楽になったのだということ。そして、それこそが現代音楽の可能性なのです。別な表現を用いるなら、決まりはないのです。

それに心をフラットにして聴いてみると、やがて鳥の姿をイメージすることができるでしょう。たとえば「第1巻:第2番こうらいうぐいす」には、この鳥が動き回っているかのような躍動感があります。

「第3巻:第5番もりふくろう」は、深い森のなかから、じっとこちらを見つめるもりふくろうを連想させます。そんな感じで、それぞれの鳥の名前は知らなかったとしても、どことなく、そこに鳥がいるような雰囲気を味わうことができるのです。

ちなみにハイレゾで聴いた場合、奥行き感が際立つので、さらにリアリティを実感できるはず。

「不協和音こそが現代音楽」ではないけれど、「不協和音も現代音楽の一要素」であり、そこに楽しみを見出すこともできる。本作は、そんなことを実感させてくれることでしょう。

[追記]
上記でも少し触れたように、エマールは現代音楽楽曲だけでなく、古典作品もお手のもの。バッハの「フーガの技法」「平均律クラヴィーア曲集第1巻」においては、メシアン作品とは異なる彩り豊かな表現を味わうことができるので、これらもぜひ聴いてみていただきたいと思います。

◆今週の「ルール無用のクラシック」


『オリヴィエ・メシアン:鳥のカタログ』
/ ピエール=ロラン・エマール




『Bach: The Art Of The Fugue』
/ ピエール=ロラン・エマール




『Bach: The Well-Tempered Clavier I』
/ ピエール=ロラン・エマール







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印南敦史 プロフィール

印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。

ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」