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【5/1更新】 印南敦史のルール無用のクラシック

2018/05/01
タイトル通り、ロック好きでもJ-POPファンでも楽しめるクラシック音楽を紹介する、ジャンル不問のクラシック・レヴュー。月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による新連載「印南敦史のルール無用のクラシック」!
『マーラー 交響曲第4番 ピアノ四重奏曲(管弦楽版)』
/グスターボ・ヒメノ, ルクセンブルク・フィルハーモニー管弦楽団
アバドも認めた注目の指揮者による、現代的な解釈が新鮮なマーラー4番


「日本人はマーラー好き」

そんな話を、よく聞きますよね。でも、おかしいなと思うのは、しばしばそれが「マーラー好き=軽い=わかってない」みないな方向に捉えられることです。

全然そんなことないのに。

僕も昔、ちょっと偉そうな年上から「で、君は作曲家だと誰が好きなの?」と聞かれたので「マーラーが好きですね」と答えたところ、なんだか知らないけど笑われたことがあります。

「ははっ、マーラーかぁ。そうかそうか。日本人、マーラーが好きなんだよねぇ!」

すっげえ上から目線です。

カチンときたので、「だって俺、日本人だし! だいたい、アンタ日本人じゃないの? どう転がってもイタリア人には見えないけどねえ!」と強く反論しました(心のなかで、コッソリと)。

しかしまぁ、そういうヒネクレた考え方は無視するとしても、「日本人はマーラーが好き」ということは事実であるようです。では、なぜ人はマーラーに惹かれるのでしょう? このことについては、なかなか明確な答えが出ないので僕もずっとモヤモヤしていました。

が、何年か前に『小澤征爾さんと、音楽について話をする』(小澤征爾×村上春樹 新潮社)という対談を読んだとき、そのモヤモヤが晴れたような気がしたのです。というのも小澤征爾さんが、マーラー作品について興味深い発言をしているから。

「結局ね、マーラーってすごく複雑に書いてあるように見えるし、またたしかに実際にオーケストラにとってはずいぶん複雑に書いてあるんだけど、でもマーラーの音楽の本質っていうのはねーーこういうものの言い方をすると誤解されそうで怖いんだけどーー気持ちさえ入っていけば、相当に単純なものなんです。単純っていうか、フォークソングみたいな音楽性、みんなが口ずさめるような音楽性、そういうところをうんと優れた技術と音色をもって、気持ちを込めてやれば、ちゃんとうまくいくんじゃないかと、最近はそう考えるようになりました」(211ページ「マーラー演奏の歴史的な変遷」より)


「なるほど!」って感じじゃないですか? 専門家から見てもそうであるなら、一般のリスナーがマーラーに惹かれることも、充分に納得できるわけです。

ちなみに僕の場合、マーラーにハマる発端となったのは、1986年にズービン・メータがイスラエル・フィルと録音した交響曲第1番<巨人>でした。といってもこのアルバムを選んだことには、たいして意味があったわけでもないのですが。

たしか秋葉原の石丸電気で「あ、たしかメータの<巨人>って、中学生ぐらいのころに聴いたことがあるぞ」と思って購入したのでした。それだけの話。

なお調べてみると、メータがイスラエル・フィルと初めて<巨人>を録音したのは1974年なのだそうです。それは僕が12歳のときなので、なにげに線がつながることになります。

ともあれそれがきっかけとなり、以後何十年かにわたって、いろんな指揮者によるマーラー作品を集めてきたのです。

だけどここにきて、その意味が音を立てて崩れようとしています。なぜって、少なくとも僕にとっては、CDが“完全に終わったメディア”になってしまったから。

だから最近はハイレゾでまた集めなおしたりしており、「せっかくCDをたくさん集めたのに、この“収集の道”はいつまで続くんだろう?」という思いがあることも否定できないのですが、でもハイレゾはCDと違って場所をとらないし、音質の違いも圧倒的なので、「ま、いいかな」と思えたりもしているのです。

最近だと印象的だったのは、先ごろリリースされたばかりのグスターボ・ヒメノ(指揮)、ルクセンブルク・フィルハーモニー管弦楽団によるマーラー 交響曲第4番 ピアノ四重奏曲(管弦楽版)でした。

グスターボ・ヒメノといえば、スペイン・バレンシア生まれのイケメン若手指揮者です。近年ではロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団でマリス・ヤンソンスの副指揮を務めたほか、クラウディオ・アバドに招かれ多数の公演で副指揮を務めてもいます。

つまりは指揮者として脂の乗った時期にあるわけで、そんな彼がマーラー交響曲第4番とピアノ四重奏曲を指揮したとなると、好奇心を抑えきれないじゃないですか。しかも僕は<巨人>と並んで4番が好きなので、「ちょっと聴いてみよう」ということになったわけです。

で、その内容ですが、ありきたりな表現で恐縮ながら、とても若々しく感じました、テンポも速めで、いままで聴いてきたどの4番よりもフレッシュな印象なのです。

そんなオリジナリティは第1楽章の時点で明らかになっており、そのイメージは自然なかたちで第2楽章へと引き継がれていきます。そして、だからこそ、ゆったりとした第3楽章の落ち着きが際立つのです。

そして、スウェーデンのソプラノ歌手であるミア・パーションによる独唱がアクセントをつける第4楽章は、心地よい躍動感が最大のポイント。締めくくりにふさわしい、ヒメノのバランス感覚のよさを実感できるはずです。

同時収録されているピアノ四重奏曲 イ短調 断章(コリン・マシューズによる管弦楽編曲版)は、マーラーが10代のころに書いた作品。こちらは陰鬱とした印象があり、第4番とはまた違ったマーラーの世界観を垣間見ることができます



◆今週の「ルール無用のクラシック」


『マーラー 交響曲第4番 ピアノ四重奏曲(管弦楽版)』
/ グスターボ・ヒメノ, ルクセンブルク・フィルハーモニー管弦楽団





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印南敦史 プロフィール

印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。

ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」