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【4/24更新】 印南敦史のルール無用のクラシック

2018/04/24
タイトル通り、ロック好きでもJ-POPファンでも楽しめるクラシック音楽を紹介する、ジャンル不問のクラシック・レヴュー。月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による新連載「印南敦史のルール無用のクラシック」がスタート!
David Aaron Carpenter 『Motherland』
ヴィオラという楽器の可能性を最大限に引き出す、注目の若手奏者が見た「祖国」

「ヴィオラ」という楽器があります。クラシックに詳しい方なら、もちろんご存知ですよね。

英語で「viola」と表記されることからもわかるとおり、「ヴァイオリン属」に分類される弦楽器。実際、形状はヴァイオリンそのままですし、写真などで見ただけではヴァイオリンと区別がつかないかもしれません。

ところが大きさが、ヴァイオリンよりもちょっとばかり大きいのです。そして、これが「かなり大きく」なったものがチェロになるわけですが、かといってチェロほどメジャーでもありません。

そういう意味で、なんというか、とても微妙な立ち位置にある楽器だという気がしてならないのです。

たとえば楽器をやろうというとき、ヴィオラ奏者はなぜ、ヴァイオリンでもチェロでもなく、あえてヴィオラを選ぶのでしょうか?

めちゃめちゃ余計な話ですけど、どうも気になってしまいます。

ヴィオラを選ぶ感覚は、カレーライスがとてもおいしいと評判の洋食店でのチョイスに似ている気がします。そのお店の看板メニューはカレーライスなのですから、なにを食べようかという段になったら、大半の人はカレーライスを注文するはずです。

ところがそんななか、あえてメニューの端のほうにあるハヤシライスを頼む人がいるわけです。そういう人には、「みんなカレーを食べてるけれど、自分はハヤシライスが食べたいんだ」という確固たる意志を感じます。

つまり、それがヴィオラ奏者に対する僕のイメージ。デイヴィッド・アーロン・カーペンターというヴィオラ奏者の作品を聴いても、僕はついそんなことを考えてしまうのです。

1986年のニューヨークに生まれたというので、まだ32歳。2006年にナウムブルク・ヴィオラ・コンクールで優勝し、以後もアメリカの数多くのコンサートホールで演奏会を行ってきた注目の若手です。ピンカス・ズッカーマンユーリ・バシュメットに師事し、その才能はエッシェンバッハからも認められたのだとか。

僕はアストル・ピアソラの『ブエノスアイレスの四季』やヴィヴァルディ『協奏曲集「四季」』を取り上げた2016年作品『12の「四季」』で彼のことを知ったのですが、その時点でテクニックの確かさ、そして(正直なところ、それまでさほど注目していなかった)ヴィオラという楽器の可能性に気づかされたのでした。

ところで先ほどヴィオラについて、「ヴァイオリンよりも少し大きく、チェロよりは小さい弦楽器」だと書きました。ということは、ヴァイオリンとチェロの間の音域を出すことができるわけです。

フランス語で「alto」と呼ばれていることからも、その音域が想像できるはず。ヴァイオリンよりも、ちょっと低いわけです。

カーペンターは、そんなヴィオラの個性を見事に使いこなす奏者だと感じます。あえて選んだヴィオラのポテンシャルを最大限に活かし、“ヴィオラにしか出せない音”を“自分にしか出せない音”に昇華させているように思えるということ。

もちろん、それは今作も同じです。というより、個人的には前作よりも高みに到達したような印象を持ちました。

祖国(Motherland)』というタイトルがつけられています。そして副題は、「故郷のための憧...彼らの母国音楽、民族音楽と言語への敬意」。つまり、各作曲家の母国の音楽を取り入れた作品を収録しているのです。

特筆すべきは、ドヴォルザークの「チェロ協奏曲」をヴィオラで演奏している点。ヴィオラ版楽譜はニューヨーク・フィルのヴィオラ奏者であるジョセフ・ヴィーランドがすでに出しているそうですが、カーペンターは今作のためにさらなる改訂をし、演奏に臨んでいるのだとか。

ひたすら上品でありながら、この上なくエモーショナル。表情豊かな独自の世界観を生み出せているのは、そんな背景があるからこそ、なのかもしれません。

バルトーク「ヴィオラ協奏曲Sz.120」に顕著な繊細さと大胆さ、アレクセイ・ショー「ヴィオラと管弦楽のための『海景』」に映し出される情景など、他の楽曲もおしなべて個性的、そして説得力抜群。

ヴィオラという楽器、そしてカーペンターという演奏家の底力を、これでもかというほど実感させてくれる作品です。

ちなみにハイレゾで聴くと音の立体感を楽しめますし、できるだけ大きな音で聴きたいところでもあります。





◆今週の「ルール無用のクラシック」


『Motherland』
/ David Aaron Carpenter


『The 12 Seasons』
/ David Aaron Carpenter





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印南敦史 プロフィール

印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。

ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」