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【4/17更新】 印南敦史のルール無用のクラシック

2018/04/17
タイトル通り、ロック好きでもJ-POPファンでも楽しめるクラシック音楽を紹介する、ジャンル不問のクラシック・レヴュー。月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による新連載「印南敦史のルール無用のクラシック」がスタート!
朝比奈隆, 大阪フィルハーモニー交響楽団『ブルックナー:交響曲 第8番 (ハース版)』
「ブルックナーの巨匠」にしか表現できない、洗練されているのに人間味にあふれた“グルーヴ感”

クラシック音楽の世界では有名な、とある音楽評論家と話をしたときのことです。

僕にソウル・ミュージックの基盤があることをご存知だったこともあり、たしかそのときはヒップホップやR&Bのことにまで話が及んだのでした。

クラシック一筋の専門家と、多少なりともヒップホップの話をするということ、それ自体がなんだか新鮮でした。のですが、やがてその人が口にしたひとことだけは、どうにも解せなかったのです。

「僕、“グルーヴ”っていうのがわからないんです(ニッコリ)」

正直なところ言葉を失ってしまい、「……え……ああ……へへへ……」と曖昧に笑ってごまかすことしかできませんでした(なんだよその中途半端さは?)。

たしかに“グルーヴ”は、ヒップホップ、ソウル、R&B、ブルースなどのブラック・ミュージックに欠かせない要素です。だから彼はおそらく、「自分はそういう音楽に縁がないし、興味もない」ということを伝えたかったのだろうと思うのです。それはわかります。

でも、クラシックにも“グルーヴ”はあるのではないでしょうか? いや、確実にあります。

“グルーヴ(groove)”を適切なことばに置き換えるのはなかなか難しいのですが、僕は端的にいって「うねり」だと解釈しています。

魂や体を震わせるような、音符には落としにくい、隠そうとしても露わになってしまうような「うねり」。もちろんそれは少なからず「リズム」や「ビート」とも関係してくるでしょうが、そんな“グルーヴ”は、クラシックにも欠かせないものであるはずです。

だとしたら、“グルーヴ”を感じさせてくれるものとしては、誰のなんという作品があるだろう? そう考えたとき、まず最初に頭に浮かんだのは朝比奈隆指揮、大阪フィルハーモニー交響楽団の『ブルックナー:交響曲 第8番(ハース)版』でした。

というよりも僕にとっては、朝比奈隆という指揮者自体が“グルーヴ”そのものなのです。

ご存知のとおり、93歳まで大阪フィルを率いた巨匠中の巨匠。ですからある意味では、そんな人の指揮から“グルーヴ”が感じられたとしても、まったく不思議はありません。

だからその“グルーヴ”を耳にしたとき、多くの人は「さすがは巨匠だ」と感心することになるのでしょう。“グルーヴ”が貫かれた彼の指揮は、さまざまな意味においての「情熱」であふれているからです。

ただし、重要なポイントがあります。その「情熱」は、必ずしも美しいだけのものではないということ。そう思えてならないのです。

2008年に、『オーケストラ、それは我なり 朝比奈隆 四つの試練』(中丸美繪著、文藝春秋)という本が出版されました。本人と、80人以上の関係者へのインタビューをもとに、朝比奈氏の人間像を浮き彫りにしたドキュメンタリーです。

非常におもしろいのでぜひ読んでいただきたいのですが、当然のことながら、そのおもしろさの根底にあるのは氏の人間くささ。

たとえば長男の千足氏が指揮者になったとき、応援しながらもライバル意識を隠し通すことができなかったりとか(相手は息子なのに!)、ぶっちゃけ、やることがどこか洗練されていなくて、非常に泥くさいわけです。人間っぽいのです。それがたまらなく素敵なのです。

おそらく、それこそが朝比奈隆という人の魅力。だからこそ、指揮をするとその人間性が現れ、彼にしか表現できない“グルーヴ”が生み出されるのではないか? 僕はそう考えるわけです。

少なくとも個人的にはそう感じながら彼の作品を聴いてきたし、なかでも得意とするブルックナー作品では、そんなキャラクターがより明確になっていたように思えるのです。

この交響曲第8番は、2001年7月23、25日の両日に東京・サントリーホール で収録されたもの。2002年度のレコード・アカデミー大賞交響曲部門を受賞(銅賞も同時受賞)した名演です。

ちなみに「ハース版」と書かれているのは、ブルックナー作品が、ブルックナー研究の権威として知られるロベルト・ハースが主幹編集者を務めた「ハース版」、アルフレート・オーレルによる「オーレル版」などに分けられているから。

つまりは複数の楽譜が存在しており、しばしば問題になってきたのですが、朝比奈氏は基本的にハース版を使用していたことで知られているのです。

それはともかく、ここで強調したいのは本作の強烈な“グルーヴ”感です。まず最初にその片鱗が現れるのは第二楽章ですが、圧巻なのは第四楽章。第一楽章から聴き進めた結果としてここに行き着くと、そのパワーと深み、先述したような人間くささに圧倒されるしかないわけです。

そればかりか本作は録音状態がとてもよく、ハイレゾで(しかもなるべく大きな音で)聴いてみると、そのポテンシャルがはっきりとわかります。朝比奈作品に触れたことがある人もない人も、ぜひ体験してみていただきたいと思います。きっと、“グルーヴ”に圧倒されることになるので。





◆今週の「ルール無用のクラシック」


『ブルックナー:交響曲 第8番 (ハース版)』
/ 朝比奈隆, 大阪フィルハーモニー交響楽団





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印南敦史 プロフィール

印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。

ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」