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【4/10更新】 印南敦史のルール無用のクラシック

2018/04/10
タイトル通り、ロック好きでもJ-POPファンでも楽しめるクラシック音楽を紹介する、ジャンル不問のクラシック・レヴュー。月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による新連載「印南敦史のルール無用のクラシック」がスタート!
チョン・キョンファ『Beau Soir – Violin Works by Fauré, Franck & Debussy』
韓国を代表するヴァイオリニストが、70歳の節目に発表したフランス・ソナタ集


あたり前の話ですが、長く生きていると、知識やスキルのみならず人生経験が身につくことになります。それは、その人の仕事にもなんらかの形で反映されるものでもあるでしょう。

サラリーマンの場合であれば、経験の蓄積が力となり、音楽家の場合であれば、それが表現に影響を与えていくわけです。

なぜ、いきなりそんなことを書きはじめたのかといえば、チョン・キョンファの最新作であるソナタ集『Beau Soir – Violin Works by Fauré, Franck & Debussy』に圧倒されてしまったから。

その豊かな表現力を確認するにつけ、「やっぱり、経験の裏づけって重要だよなぁ」と実感するしかなかったわけです。

ご存知の方も少なくないとは思いますが、ソウル生まれのチョン・キョンファは韓国クラシック界を代表するヴァイオリニスト。幼少期から音楽教育を受け、その才能を開花させた人物です。

ちなみに姉のチョン・ミョンファはチェリストで、弟のチョン・ミョンフンが指揮者・ピアニストだということを考えても、音楽的に恵まれた環境に育ったことがわかります。

とはいえ家系のおかげで成功したというわけではなく、そのベースにあるのは小学生時代に顕著になったという才能。

「レッスンを2度受けただけでヴァイオリンを弾けるようになった」とか「ヴァイオリンを始めて8ヶ月目にしてコンクールで優勝」とか、活動の初期段階からすでに華々しい実績を打ち立てていたことからも、それがはっきりとわかります。

12歳でジュリアード音楽院に留学し、19歳のときには、ピアニストとヴァイオリニストを対象としたコンクールである「レーヴェントリット国際コンクール」で優勝。アンドレ・プレヴィンからもその才能を認められたといいますが、実際に音を聴いてみれば、そういったエピソードが決して大げさではないことを認めざるを得ないのです。

その魅力はといえば、いい意味での自信に裏づけられた表現力と存在感ではないかと個人的には感じています。「ヴァイオリンの音って、ここまで振り幅が広かったっけ?」と思わずにはいられないほど、表情豊かで説得力にあふれているのは、おそらくそのせい。

彼女は1702年につくられたストラディヴァリウス“キング・マキシミリアン(バイエルン大公の名にちなんで命名されたもの)”を使用しているそうなので、もちろん楽器のポテンシャルも大きく影響しているでしょう。

しかし、そこに本人の人生観や経験、スキルが加わるからこそ、ここまでの音が出るのではないかと思えてならないのです。

しかも、驕りのようなものを感じさせることはなく、それどころか常にリスナーの目線を意識していることが音の端々からわかります。

聴いていて「えッ?」と驚かずにはいられないような超絶スキルをさりげなく披露したりもするのですが、決してテクニックだけに偏ることなく、多くのリスナーのために間口を大きく広げているような印象があるのです。

今年で70歳という節目にリリースされた本作も、まさにそういった方向性やスキル、そして冒頭で触れた人生経験がはっきりと、最良の形で反映された作品だといえるでしょう。

彼女は2016年に、バッハ作品を取り上げた『Bach: Complete Sonatas & Partitas for Violin Solo』をリリースしていますが、今回は、力強さと繊細さをかね備えた前作とはまた異なった印象。

というのも、フォーレ、フランク、ドビュッシーと、フランスの作曲家によるソナタ集めた、繊細かつ艶やかな印象のある作品なのです。

特に注目すべきは、彼女にとっての初録音となるフォーレのヴァイオリン・ソナタ。ピアノとの相性も抜群で、その演奏からは楽曲に対する深い愛情を感じることができます。

そのため、曲がスタートした時点でぐいぐい心を引っぱられることになるでしょう。聴きやすいのに深みがあり、これを聴くためだけに本作を購入したとしても絶対に損はしないと思います。

もちろんフランクとドビュッシーの解釈も文句なしの仕上がり。というよりも、3作曲家による全曲を通じ、アルバムとしてのバランスが保たれているような気がします。それぞれタイプは異なるのですが、それらが絶妙に噛み合って、ひとつの世界観を生み出しているようにも思えるのです。

僕がこの数週間、仕事中にこれをよく聴いているのも、そのあたりがとても心地よいから。聴きやすいので邪魔にならず、飽きさせず、それでいて、いい具合に脳を刺激してくれるような気がするからです。





◆今週の「ルール無用のクラシック」


『Beau Soir - Violin Works by Fauré, Franck & Debussy』
/ チョン・キョンファ



『Bach: Complete Sonatas & Partitas for Violin Solo』
/ チョン・キョンファ





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印南敦史 プロフィール

印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。

ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」