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DSDが拓く、新時代のハイエンド・レコーディング

2014/07/04
かつて科学者のアイザック・ニュートンは、先人達の積み重ねの上に得られた発見を「巨人の肩に乗っていた」と表現したが、これは最新のレコーディング環境にも同じ事が言えそうだ。DSDによる圧倒的な表現力は、果たして現代のジャズをどのように描写するのだろうか。
--新システムPyramixで実現した、ネイティヴDSD5.6MHzマルチトラック録音

キング関口台スタジオに新たに導入されたPyramixというシステムは、ネイティヴDSD5.6MHz環境でのマルチトラックレコーディングを実現したDAW(Digital Audio Workstation)だ。もちろんDSDフォーマットの性質上、PCMフォーマットのように細かな修正や編集はできない。しかし、今までであればDSDレコーダーを数台同期させて行っていた膨大な作業やテイク管理を、Pro ToolsのようにDAWの画面上で行う事ができる。プロの制作現場でのDSDフォーマットの運用という点において、これは大きな進化である。
しかしながらネイティヴDSDである以上、プラグインによるイコライザーやエフェクター等は使用出来ないため、外部のハード側(すべてアナログ機材)で対応する事になる。当然そこには、テープの時代から録音に携わったエンジニアの腕や現場での経験に裏打ちされた技術が求められる。ネイティヴDSD5.6MHzマルチトラックレコーディングという先進性を極めた現場は、古くからの技術の蓄積によって支えられいる。まさに“巨人の肩”に乗っているのである。

--より重要な要素となった「現場の音」

トップ・ジャズドラマー大坂昌彦率いるTokyo Cinema Jazz Trioによるアルバム「Jazz Cinema Paradise」は、キング関口台スタジオのPyramixの導入第1弾作品として、第1スタジオにて2日間で制作された。同社最大の広さと天井高を誇るこのスタジオの中央には、Steinway & SonsのコンサートグランドピアノD-274が置かれ、部屋はその響きを十分に活かす調音がされた。隣接するアイソレート・ブースには、それぞれ大坂昌彦のドラムセットと井上陽介のベースが入り、同時演奏で録音される。それぞれの楽器に数回のテストの末選ばれたマイクが設置され、エンジニアの吉越晋治氏の操るSSLのミキサーコンソールSL-9072Jで音色が作り込まれた。


写真上:Steinway & Sons D-274
コンサートホール等でお馴染みのフラッグシップ・フルコンサートグランドピアノ。明るく煌びやかな響きと、豊かな倍音成分は、10メートルの天井高を誇る第1スタジオで伸びやかに鳴り響く。「Jazz Cinema Paradise」では、片倉真由子が縦横無尽に美しい音のカーテンを紡ぎだした。



写真上:SSL SL-9072J
現代のハイファイなスタジオサウンドの代名詞となったミキサーコンソール。最大72chのインプットに対応。NEVEやSTUDER等ともキャラクターを異にする、ローノイズで繊細な音色は、同スタジオのSteinway & Sons D-274の響きとも相まり、関口台スタジオの顔とも言える存在。本作の録音&ミキシングを担当した吉越晋治によるフェーダーワークを経て、Pyramixにレコーディングされる。


【使用マイク】
・Drums[Hi-Hat]:AKG C451E
・Drums[Kick_Beater]:audio-technica ATM25
・Drums[Kick_Front]:audio-technica ATM25
・Drums[F.Tom]:JOSEPHSON e22s
・Drums[Tom]:JOSEPHSON e22s
・Drums[Snare]:SHURE SM57
・Drums[Snare]:JOSEPHSON e22s
・Drums[Top]:Earthworks QTC50×2
・Drums[Overhead]:Coles 4038

・Bass:NEUMANN U-47 Tube

・Piano[Main]:NEUMANN M-149 Tube×2
・Piano[Low]:PEAVY PA用フロアモニタ(型番不明)をマイクがわりにして、 DI(BSS AR-133)を使用。



--マスターテープの鮮度を、ダイレクトに届けられる時代の到来

Blue NoteやCTI等の名門レーベルに残されたレコードを聴ききながら「この作品のマスターテープはどんな音なのだろう?」と考えた経験は誰しもあるはず。現在e-onkyo musicで配信されている「Jazz Cinema Paradise」のDSD5.6MHzの楽曲ファイルは、Pyramixでレコーディング&ミキシングした音源データそのものであり、そこには一切のギミックも存在しない。(ちなみにCD用のマスター作製時には、このDSDファイルをマスタリング作業でPCM44.1kHz/16bitにコンバートしている。)


--本当の意味でのHigh-Resolutionとは何か

ハイレゾ配信という言葉が世間の耳目を集めるようになったが、その真価は、制作の現場でアーティストとエンジニアが作り上げた音を、一切クオリティを損なう事無く聴き手に届けられる点だと思う。数字としてのスペックの高さだけが一人歩きしがちたが、本当に高音質・高品質なものはまだまだ多くない。 優れたミュージシャンと優れた環境、それらを支える確かな技術によってこそ生まれたこの「Jazz Cinema Paradise」は、ジャズファンや映画ファンは勿論のこと、本物のDSD音源を求める人にこそ届いて欲しい会心作である。


写真:大坂昌彦(Drums)


--「Jazz Cinema Paradise」に寄せて

スタジオからハードディスクで届けられた「Jazz Cinema Paradise」を自宅で再生するいなや、その小編成ならではの綿密でスリリングなアレンジと、澄み切ったサウンドプロダクションの臨場感に圧倒された。もちろん本作の発売前だったが、以後自宅でもヘヴィ・ローテーション状態が続いている。

もっぱらハードロック/ヘヴィ・メタルをこよなく愛する私は、正直に言ってジャズの門外漢にすらなれず、憧れながらも近付けない峻峰を見上げるような心持ちで普段からこのジャズという音楽を聴いている。そんな私が聴くこの『Jazz Cinema Paradise』は、スネアを撫でるブラシとハイハットでキラキラとビートを彩る大坂昌彦のドラム、理知的な和音とモードワークでウネる井上陽介のベース、背筋が凍る程にドラマティックでハードタッチな片倉真由子のピアノ…。この3つの楽器だけで描かれた珠玉の映画音楽たちが、むしろ原曲で聴ける(あるいは映画の作中で流れる)スケール感を大きく上回っている事の驚きでいっぱいだった。個人的には“The Summer Knows”の叙情的なアレンジで涙腺を直撃された後の“Samba de Orfeu”への流れが大変気に入っている。この3ピースで聴くサンバのなんと爽快なことよ!
どの曲も冒頭のカウントの掛け声がそのまま収録されており、完全一発録りならではの臨場感に溢れている。2回として同じフレーズは無く、インタープレイは本当にその場のインタープレイを真空パックしたかのようだ。胸が躍るようなインプロヴィゼーション、恐らくはジャズの本質がそこには存在している。

写真:井上陽介(Bass)


本作でのアレンジや演奏自体は、いわゆる正統派でスタンダードなジャズのそれだと思う。それでも「恐ろしく透明でいて綿密な」と繰り返し表現したくなる、他では体感した事の無いこの作品のサウンドスケープは、ソリッドで無駄の無い3人の卓越したミュージシャンシップの賜物であるのは言うまでもなく、それに加えて現代的な録音環境+DSD5.6MHzネイティヴ録音で実現した「極上の空間描写力とスーパーローノイズ」なプロダクションによるものだろう。

写真:片倉真由子(Piano)


もちろんDSDというのはまだまだ扱いにくいフォーマットであるが、アナログからCDになって失われた「音の濃厚さ」のようなものを、このDSDは遥かに高い次元でもう一度実現できる事をこの作品は証明している。安易な差し替えや修正の効かないフォーマットだからこそ、一流のミュージシャンにしか到達できない世界がそこに広がっているのだ。ネイティヴDSDレコーディングという制作スタイルが、音楽がもう一度本質に回帰する契機となる事を心から願う。

【文章:長田 渓】



『Jazz Cinema Paradise』
/Tokyo Cinema Jazz Trio