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【4/3更新】 印南敦史のルール無用のクラシック

2018/04/03
タイトル通り、ロック好きでもJ-POPファンでも楽しめるクラシック音楽を紹介する、ジャンル不問のクラシック・レヴュー。月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による新連載「印南敦史のルール無用のクラシック」がスタート!
新垣隆『交響曲《連祷(れんとう)》 - Litany-』
“あの騒動”が過去のものとなったいまだからこそ、再確認してみたいその才能


改めて確認してビックリしちゃったんですけど、全聾だという“自称作曲家”が世間を賑わせたのは、もう4年も前の話なんですね。と書きながら「勘違いしてるんじゃないか?」と感じてしまうほど、時の流れは速いわけです。

あの怪しいおじさんのことはあえて書きませんが、そんなことより注目すべきは、彼のゴーストライターを務めていたことを告白して時の人となった作曲家の新垣隆さんではないでしょうか?

くだんの『交響曲第1番 HIROSHIMA』については、少なくとも僕はあまりピンとこなかったのですが、それは自称作曲家氏のうさんくささの影響かもしれません。そういう意味では、いま聴きなおせばまた違ったなにかを発見できる可能性もあるのでしょうが、反面、そこまでする必要もないだろうと感じてもいるのです。

なぜって、むしろ注目すべきは、あの騒動から2年半後の2016年にリリースされた『交響曲《連祷(れんとう)》 - Litany-』で明らかになった“作曲家・新垣隆”の仕事だから。

当時とても感動し、音楽欄を担当している女性誌で紹介した記憶が、いまでも鮮明に残っています。

ただ、そうはいっても「いま聴きなおしたらどうなんだろうな」という思いも多少はあったのです。当時の自分が世間の盛り上がりに流されていて、つまりは過大評価していたという可能性だって、ないわけではないのですから。

そこで今回、「リリースから1年半後」という非常に中途半端なタイミングで、あえてこの作品をきちんと聴いてみようと思ったわけです。

2016年8月15日に広島で世界初演され、9月15日に福島市音楽堂でライヴ・レコーディングされた作品。というあたりからも明確な意図が感じられますが、そのことについてはご本人がサイトに次のような一文を寄せています。

「ヒロシマ」から「フクシマ」のあいだ―自分の生と関わる私にとって大事なこの時間の「記憶」を留めるためのひとつの装置として、今回の作品を構想した。

それは氏のみならず、すべての日本人が今後も向き合っていかなければならない問題であり、そう考えるとこの作品の存在感はさらに大きくなるような気もします。

ちなみに第一楽章の後半には、過去に戦争体制に協力したことへの悔恨から帝国主義に抵抗する姿勢をとった作曲家、大木正夫(1901-1971)の交響曲第五番「ヒロシマ」(1953)へのオマージュが込められているのだそうです。

また、《連祷-Litany-》というタイトルは、2014年に公開されたドキュメンタリー映画「日本と原発」に寄せた音楽からの引用なのだとか。そういったエピソードからも、本作にかける新垣氏の情熱が伝わってくるようです。

しかしリスナーとしては、むしろその“聴感”を意識すべきなのではないでしょうか? 作曲者の意図を文字情報としてなぞるより、「どう聴こえたか」に意識を集中させたほうが、より作品の本質に近くことができるような気がするからです。

そのような観点から捉えてみると、印象的だったのは「バランス」です。正直なところ、『交響曲第1番 HIROSHIMA』がよくも悪くも聴きやすい作品だったので、今回はもっと「意図的な破綻」が全面に押し出されるのではないかと予想していました。

ところがそんなことはなく、拍子抜けするほど聴きやすいのです。そこが評価を分かつところだと考えることもできるでしょうが、しっかり聴き込んでいくと、音のレイヤーに対して過剰なほど神経が注がれていることがわかります。単に聴きやすいだけでなく、それが明確な裏づけになっているのです。

だからこそ、小さな音で聴き流せば邪魔にならないし、大きな音で聴いてみると、また違った表情が浮き上がってくる。そこがこの作品のすごいところ。そういう意味でも個人的には、できる限り大音量で聴いてみることをおすすめします。

ところで、そのこととも関連するのですが、『交響曲《連祷(れんとう)》 - Litany-』が世に出て以降、僕自身のライフスタイルも変化しました。それは、ハイレゾ環境が整ったこと。

このアルバムを新譜として聴いていた当時はハイレゾとは無縁で、まさか自分がその世界に足を踏み入れるとは思ってもいなかったのですが、気がついたらこうなっていたわけです。つまり今回は、「ハイレゾで聴いたらどうか?」ということも検証できたということ。

結論からいえば、本作はとてもハイレゾとの親和性が高いと思いました。当時耳にしたCDとは明らかに、音の粒立ち、奥行き、そして重厚感が違うのです。新垣氏がそのあたりを意識したかどうかは定かではありませんけれど、これほどデジタル時代にフィットした交響曲は珍しいのではないかとも感じました。そういう意味でも、いま改めて聴いてみる価値は十分にあると思います。

なお、同時収録された「ピアノ協奏曲《新生》」も強い説得力を投げかけてくる楽曲なので、こちらもしっかりとチェックしていただければと思います。

ゴーストライターだったことを明かしてからの新垣氏には一気に注目が集まり、テレビのバラエティ番組などにも頻繁に顔を出すようになりました。それは「断れない性格」によるものだったと聞いたこともありますが、いまはもう騒動も落ち着いたわけですから、今後はこれに続く作品をぜひとも書いてほしいと思っています。

なぜって当然のことながら、マスコミに顔出しをすることよりも、後世に残る作品を書き続けるべき人だから。そして僕も、早く新しい作品を聴いてみたいから。

ひさしぶりにこのアルバムを聴いて、強くそう感じたのでした。



◆今週の「ルール無用のクラシック」


『新垣 隆:交響曲 《連祷》 -Litany-[2016年 福島市音楽堂、ライヴ]』
/ 新垣 隆, 東京室内管弦楽団





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印南敦史 プロフィール

印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。

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