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二人のオーディオ評論家による入魂のプロデュース作品となった情家みえのサード・アルバム『エトレーヌ』

2018/03/23
オーディオや映像を中心とした執筆活動で広く知られる評論家、麻倉怜士さんと潮 晴男さんが新レーベル“Ultra Art Records”を設立しました。その第一弾が、ジャズ・シンガーである情家(じょうけ)みえさんの3作目となる『エトレーヌ(ETRENNE)』です。ジャズ・スタンダードからポップスまで、多くの音楽ファンに馴染みのあるラインアップを通じて、麻倉さんと潮さんの音に対するこだわりを自らプロデュースする作品で表現した今回の注目作。e-onkyo musicでは録音現場のリポートから、その魅力に迫ります(本文中敬称略)。

取材・文・撮影◎山本 昇


『エトレーヌ』/情家みえ



■新レーベル“Ultra Art Records”の第一弾作品

 都内はもちろん、全国のジャズ・クラブで精力的にライヴを行っているジャズ・ヴォーカリスト、情家みえ。2014年に『MIE JOKE sings BALLADS and other love songs』でアルバム・デビューし、次いで2015年にはセカンド・アルバム『Goodbye today』をリリースしている。そしてこの度、3作目となる最新作『エトレーヌ』が届けられた。本作の話題は何と言っても、麻倉怜士・潮晴男というオーディオ&ヴィジュアルの評論家として知られる両氏がプロデューサーを務めていることだろう。普段はオーディオや映像機器の視聴を通じてさまざまな作品を俎上に載せ、健筆を振るってきた二人が一転、ここでは作品の送り手としてどんなアプローチをしているのか。
 このアルバムは実は、両氏が立ち上げた新レーベル“Ultra Art Records”の第一弾作品でもあり、「上質な音楽を極力加工せず生成りのままでリスナーに届けることを命題」に、「大人のための大人の音楽」を目指すというのだから、その本気度は相当なものと思われる。そして遂に、すでにCDで先行発売されている本作の本命と言えるハイレゾでの配信がいよいよスタートする。本稿では、2017年8月に行われたレコーディング現場の取材を基に、この時の写真と併せて、本作の聴きどころを探ってみたい。まずは麻倉プロデューサーに当プロダクトの概要について語っていただこう。
「Ultra Art Recordsの作品は、音楽もオーディオも最高を目指し、妥協を許すことなく製作していくつもりです。今回のアルバムは、楽曲としての特徴を出すため、ピアノをはじめ楽器にもこだわりました。そして、こだわりと言えばもう一つ、本作はCDやハイレゾに加えて、アナログ・レコードも出す予定があります。そこで、レコードのA面にあたる前半は、トリオ編成で情家さんが普段ライヴハウスで歌っているようなスタンダードを中心とした選曲に、後半のB面は彼女が初めてトライするような50年代~60年代のアメリカン・ポップスのジャズ・アレンジを含む選曲にしました。そんな二面性も楽しんでいただきたいですね」
 録音現場は、良い状態のスタインウェイ・フルコンサート・モデルがあることなどから、ポニーキャニオン代々木スタジオに決定。そのSTUDIO1で、昨年8月13日に麻倉怜士プロデュースによる“A面”が、同15日には潮晴男プロデュースによる“B面”のレコーディングが行われた。バックのミュージシャンは、“A面”が山本剛(Pf)、香川裕史(B)、大隅寿男(Ds)というベテラン勢によるトリオ、そして“B面”は後藤浩二(Pf)、楠井五月(B)、山田玲(Ds)、浜崎航(Sax、Fl)といった気鋭の若手が務めている。取材した15日は“B面”の録音が行われた日である。本作のコンセプトを、潮プロデューサーにも聞いてみよう。
「ちゃんとしたスタジオと機材を用意して、最高のミュージシャンと一流のエンジニアが一緒になって、音楽ファンもオーディオ・ファンも、一度聴いたら、また聴きたくなるものを作りたいと私たちは考えています。音質やオーディオ的な要素は、いい音楽があってこそのものですが、今回のレコーディング・エンジニアはそのあたりのこともよく分かっている塩澤利安さんにお願いしました」

本作のプロデューサー、麻倉怜士さん(左)と潮晴男さん

■さまざまなフォーマットでのレコーディング

 そして、今回の主役に抜擢されたのがジャズ・シンガーの情家みえ。実は麻倉・潮の両氏は、アマチュアながら評論家同士のバンド、その名も“THE CRITICS”を長く続けていることでも知られ、自らのステージに情家を招いたこともあるそうで、彼女のバックを自ら務めることでもシンガーとしての魅力を実感していたという。
「彼女の歌は表現のニュアンスというか、情感が非常に豊かなんですよ。テクニックとしてのニュアンスというよりは、音楽の表情がとても自然に出てくる。我々を含めて聴く側は彼女のそんなところにすごく感動するんです」(麻倉)
 その魅力は、多くのライヴをこなしてきた実績もさることながら、歌に向かう姿勢にもあると麻倉は言う。
「彼女のすごさは、よく歌詞を研究するところにも表れています。表面だけでなく、歌詞の深い部分まで探ったうえで歌うわけです。先ほどお話しした“ニュアンス”には、そういう部分も含まれているんですね。言葉を大事にして歌うと、言葉の持つ意味が音になって出てくる。そこをハイレゾで録れたらいいなと思っています」
 レコーディングのトピックについて尋ねると、潮プロデューサーはこう語ってくれた。
「僕は音楽のノリを出すにはリズムが欠かせないと思う質なので、今回はピアノはもちろん、音楽を下支えするベースやドラムにもかなりこだわって録音しました。例えば、ジャズの録音でバス・ドラムは大きくても24インチか26インチを使うのが普通なのですが、今回は曲によって30インチも踏んでもらいました。日本のジャズ作品の中でも、これだけのサイズを使ったアルバムは珍しいでしょうね」(潮)
 “潮サイド”では、曲によってエレキ・ベースとダブル・ベースを使い分けているので、そのあたりの兼ね合いもあるのだろう。音に対する良い意味での執着は、レコーディング・メディアの選択や録り方にも現れている。ProToolsでの32bit/192kHz(PCM)に加えて、24chアナログ・マルチSTUDER A800によるマルチトラック録音、さらにRME ADI-2 PROでの2ch一発録り(DSD 11.2MHz)が同時に行われている。コンソール・ルームで、アナログ・マルチが動いている様子を見るのは久々だが、2インチの大きなテープが巻き取られる際に発する音や風を感じるのは実に心地いい。
「ハイレゾは24bit/192kHzでの配信となります。また、後にアナログ・マルチからDSDに落としたものなども予定しています。先日録った音をここでプレイバックしたのですが、アナログの音は全身が熱くなるような感じにシビれましたね(笑)。とても音が厚いんです。こちらもいい形で届けたいなと思っています」(麻倉)

ポニーキャニオン代々木スタジオ「STUDIO1」で行われた本作のレコーディング

■修正無しの一発録りで狙うライヴと同様のグルーヴ感

 そして、いちばん注目すべきなのが録音のやり方で、このプログラムではいわゆる編集を一切しないことに決めたのだという。ヴォーカルとバンドの演奏はすべて一発録り。歌も楽器もオーヴァー・ダビング無しという潔さである。
「ジャズはライヴと同様のグルーヴ感が大事だから、“せーの”で録る。そのためにも、ミュージシャンは力量のある人を集めなければなりませんでした。今回は皆さん凄腕の方ばかりで、テイクも3か4くらいで録り進めることができています」(潮)
 エンジニアの塩澤利安は、今回のレコーディングで心掛けた点をこう語る。
「歌ものですから、やはりヴォーカルのニュアンスを大事にしたいですね。小さく歌っても大きく歌っても、前面にきちっと滑舌よく聞こえること。大きすぎず、小さすぎず、周りのサウンドを固めて、歌の存在感がきちんと出せるようにしたいです。全体としても寂しくはならないよう、バッキングが盛り上げつつ、ヴォーカルもしっかり聞こえているというサウンドを目指しています」
 レコーディングの合間、情家みえと後藤浩二からのコメントをもらうことができた。先ほども触れたように、ジャズ・スタンダードが並ぶA面に比べ、B面は「カラーに口紅」や「君の瞳に恋してる」といったポップ・チューンを含むヴァラエティ豊かな選曲となっている。B面全体のアレンジも担当した後藤は、それらをどう料理したのだろう。
「原曲のイメージに近いものもありますが、あえてガラッと変えた曲もあります。でも、基本的にはこねくり回すことはせず、どこかに原曲のテイストも残るようにしようかなと思っています。アレンジで心掛けたのは、情家さんが自然に歌えることです。ピアニストとしては緊張感のあるレコーディングを久々に楽しんでいます(笑)」
 ヴォーカルも含めて一発録りとするという方針が伝えられたのは、ほとんどレコーディング当日のことだったと明かした情家は、自身にとって大事な作業についてこう語る。
「ジャズ以外の曲を歌うことはあまりなかったので、選曲には少し驚きましたが、歌詞の内容に則って歌ってみて、後藤さんのアレンジに歌詞を乗せて物語を創っていきました。私は歌の情景が見えてこないと歌いづらいほうなので……」
 それでも1日で“片面”をすべて取り終えられたのは、日頃からライヴを共にしている仲でもあるからだろう。ファースト・アルバムからバッキングを務めている後藤に対して、「絶対的に信頼しています」と話す情家。その彼女のヴォーカルについて後藤は、「情感豊かに、素直に歌うのが魅力的」と言う。以下は、e-onkyo musicリスナーへのメッセージだ。
「ハイレゾなら、生のライヴに来ているような音を自宅で楽しんでもらえると思います。曲もヴァラエティに富んでいますので、ぜひたくさん聴いてほしいですね」(後藤)
「今回はやはり修正の利かない一発録音ということで、スタジオなのにライヴ・レコーディングのような緊張感があるので、そのあたりも聴いていただけたらと思います」(情家)

レコーディングの合間、取材に応えてくれた情家みえさんと後藤浩二さん
                  

 コンソール・ルームでは、モニターを聴きながら全体のバランスから英詞の発音といった細かな点にまで気を配り、より良い歌唱や演奏を引き出そうとするプロデューサー両氏の姿も印象的だった本作『エトレーヌ』。ベテラン勢ならではの貫禄ある演奏が味わい深いA面、ジャズだけにこだわることなく攻めの姿勢も楽しめるB面と、二つの情景の中に身を置くことができるのも本作の面白さ。スタジオの音がそのまま生かされたように感じさせるミックスも素晴らしく、それらはやはり情景描写力のより高いハイレゾで聴くことをお勧めしたい。

スタジオ・フロアの全景。「このスタジオは鳴りが良くて、音が素直にパーンと入ってくるという傾向です。アコースティックな音が生かされる音響空間なので、昔から気に入っています」とエンジニアの塩澤利安さん。*写真は、但し書きがあるものを除き、全て207年8月15日のレコーディング・セッションから

本作の主役、ジャズ・シンガーの情家みえさん

“B面”のアレンジも務めたピアニストで作曲家の後藤浩二さん

曲によって、ダブル・ベースとエレキ・ベースを使い分けて演奏していたベーシストの楠井五月さん

ドラマーの山田玲さんはプロデューサーのリクエストにより、24インチ(この写真)と30インチと口径の異なる二つのバス・ドラムを踏み分けた

サックスとフルートで“B面”に花を添えた浜崎航さん

ヴォーカル・マイクはボディの形状がユニークなSONY C-800G

ピアノにはB&K 4011を3本使用

ダブル・ベースはNEUMANN M-49B(写真) + DPA 4011

エレキ・ベースのアンプで使用したSHURE SM57とSENNHEISER MD421

サックスとフルートにはNEUMANN U-47 Tube

ドラム用のマイキングは、DPA 4011(トップ)、NEUMANN U-47 FET + AUDIO TECHNICA ATM25(キック)、SHURE SM57(スネア)、AKG C-451(ハイハット)、AKG C-414 EB(タム)、NEUMANN KM84(オーヴァーヘッド)という組み合わせ。ちなみにこれが30インチの大口径バス・ドラム

コンソール・ルームの様子

レコーディングを取り仕切るプロデューサーのお二人

レコーディング・エンジニアの塩澤利安さん(日本コロムビア)

録音テイクを聴きながら打ち合わせをするメンバー

AVID ProTools | HDでは32bit/192kHz(PCM)の高スペックでマルチトラック・レコーディング

RME ADI-2 Pro(オーディオ・インターフェース)によるDSD 11.2MHzでの2ch一発録りも同時に行われた

アナログ・マルチSTUDER A800も稼働! アナログ・レコードやハイレゾに生かされる予定とのこと

コンソール・ルームのアウトボード類。ヴォーカル用のヘッド・アンプGML 8300(左の上から2つ目)をはじめ、NEVE 33609、GML 8900(コンプ/リミッター)やGML 9500(パラメトリック・イコライザー)などが並ぶ

録音2日目(2017年8月15日)のセッション・メンバー

こちらは録音初日(2017年8月13日)のセッションから。右から麻倉さん、大隅寿男さん(Ds)、山本剛さん(Pf)、香川裕史さん(B)、潮さん、手前に情家さん[写真提供:Ultra Art Records]















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