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メシ喰うな!

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2015/05/13 >
(P) TOKUMA JAPAN COMMUNICATIONS

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フェイド アウト

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INU[アーティスト], 町田町蔵[作詞], 西川茂子[作曲], INU[編曲]

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つるつるの壷

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INU[アーティスト], 町田町蔵[作詞], 北田昌宏[作曲], INU[編曲]

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おっさんとおばはん

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INU[アーティスト], 町田町蔵[作詞], 西川茂子[作曲], INU[編曲]

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ダムダム弾

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INU[アーティスト], 町田町蔵[作詞], 町田町蔵[作曲], INU[編曲]

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夢の中へ

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INU[アーティスト], 町田町蔵[作詞], 町田町蔵[作曲], INU[編曲]

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メシ喰うな!

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INU[アーティスト], 町田町蔵[作詞], 町田町蔵[作曲], INU[編曲]

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ライト サイダーB(スカッと地獄)

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INU[アーティスト], 町田町蔵[作詞], 北田昌宏[作曲], INU[編曲]

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インロウタキン

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INU[アーティスト], 町田町蔵[作詞], 北田昌宏[作曲], INU[編曲]

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305

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INU[アーティスト], 町田町蔵[作詞], 北田昌宏[作曲], INU[編曲]

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メリーゴーラウンド

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INU[アーティスト], 町田町蔵[作詞], 町田町蔵[作曲], INU[編曲]

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11
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気い狂て

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INU[アーティスト], 町田町蔵[作詞], 北田昌宏[作曲], INU[編曲]

◆オリジナル・アナログマスターからのリマスター音源となります。

町田町蔵(町田康)は62年1月15日大阪府堺市生まれのパンク歌手。作詞作曲も行なうし作家でもあり俳優でもあるが、ここでは町田が自称するパンク歌手と言い切りたい。
 それまではPINK FLOYD(特にシド・バレットが好きだったようだ)やROLLING STONESを聴いていた町田は、「SEX PISTOLSとかのパンク・ロックに触発されてバンドみたいなのをやりだした」と言う一方で、「SEX PISTOLSなんか糞バンドで、なんとも思わなかった」とも語る。音楽を始めるきっかけが「周りにあるものの中で一番かっこえかったからかな」という言葉も含めて、すべてプリミティヴな真実で本音だろう。
 町田の音楽キャリアは、77年の夏から78年末まで活動したバンドの腐れおめこから始まる。当時世界的に見ても猥褻度が突出したバンド名で米国のANAL CUNT(AxCx)の10年先を行っており、町田のクレイジーな言語感覚の原点でもあるネーミングであり、自分の高校の文化祭に出演するために付けたバンド名というところもまさにパンクである。
 78年の末にはINUを結成。バンド名はリーダーの町田が犬好きということに由来する。町田以外はメンバー・チェンジが激しかったが、関西パンク・シーンの台風の目になりつつその枠を越えた支持を集めていき、81年の3月1日にジャパン・レコード(現・徳間ジャパン)からファースト&ラスト・アルバム『メシ喰うな!』を発表。インターネット無き時代は影響力が大きかったメジャー配給という点も大きく、先鋭的なロックにアンテナを張っている様々な層の人たちに衝撃を与える。だが東北ツアーを経て同年の8月には解散してしまう。町田によれば、ライヴが単なる欲求不満の解消にしかなってないことが嫌になったのも止めた一因だったという。
 その後の町田は多彩な活動を展開していく。まず音楽の方を簡単にまとめてみる。
 INUの後に生き物つながりのバンド名でFUNAを82年初頭に結成し、末期INUのドラマーの東浦真一らと共に1年弱活動。元AUNT SALLYで90年代初頭以降はLOVEJOYのフロント・ウーマンとしてステージに立つBIKKEがギターを弾いていた。
 東京に移住した83年にはオムニバス・アルバム『REBEL STREET』に、当時・連続射殺魔というバンドを率いていた和田哲郎(琴桃川凛)とのコラボレーションで参加。84年の春から86年の夏にかけては人民オリンピックショウで歌う。後にILL BONEなどで叩く箕輪政博(ds)、後にCANIS LUPUSなどで弾く川上(g)、A-MUSIKのメンバーとして知られる小山哲人もメンバーだった。
 その後、ガセネタやTACOで音楽活動をしていた山崎春美や末期INUのギタリストの北田昌宏らと至福団を組み、86年にカセット・ブック『どてらい男又(奴)ら』を作ってJICC出版局(現・宝島社)から発表。87年には4曲入りの12”EPながらソロ名義でのデビュー盤と言える『ほな、どないせぇゆぅね』をリリースするも、インディーズ・ブーム~バンド・ブームが過熱し始めた頃で、今は表立って動く時期ではないとも思っていた町田はしばらく作詞・作曲に専念する。
 90年にライヴ活動を再開し、町田のオフィシャル・サイトによれば91年に町田町蔵+北澤組を結成し、『腹ふり』(92年)と『駐車場のヨハネ』(94年)をリリース。メンバーの都合で北澤組が動けなくなり、その中心メンバーだった北澤孝一(ds)を町田は引き連れ、元FRICTION~E.D.P.S.の恒松正敏(g)や近藤達郎(kbd)らと共に町田康+THE GLORYを結成し、アルバム『どうにかなる』(95年)を出す。今度は町田康+THE GLORYがメンバーの都合で動けなくなり、再編した北澤組と一緒に作った『脳内シャッフル革命』(97年)を町田康名義でリリースする。
 ただその頃には、96年に発表した処女小説「くっすん大黒」が第19回野間文芸新人賞受賞に選出されたことも影響したのか、作家中心の活動になり、2000年には「きれぎれ」で第123回芥川賞を受賞する。話は前後するが、デビュー作である82年の映画『爆裂都市』をはじめとして町田は役者としての顔も持ってきていたが、主演映画『エンドレスワルツ』(95年)あたりから俳優業も多忙になったことも、しばらく表立った音楽活動が行なわれなかった一因だろう。
 そんな中、2000年にミラクルヤングを始め、その結成メンバーだったTHEATRE BROOKの佐藤タイジとは2002年に連名でCD『心のユニット』を出す。2005年には町田康グループ名義でINUの曲も含むタイトルどおりのCD『machida kou group live 2004 oct 6 th』をリリース。2006年にはAxSxE(g他)、石橋英子(kbd他)、赤坂ミチル(b)、Hi-STANDARDの恒岡章(ds)とソロ作のレコーディングを行ない、『犬とチャーハンのすきま』というタイトルで2010年に発表した。


 『メシ喰うな!』は80年の10~11月に東京でレコーディングされたINUの唯一のオリジナル・アルバムである。INUが集約されたアルバムと言いたいところだが、初期からこういうサウンドをやっていたわけではない。
 84年にアルケミー・レコードからリリースされたLP『牛若丸なめとったらどついたるぞ!』には、東京・渋谷における79年3月のライヴで初期のINUのサウンドが記録されている。裏ジャケットが隅から隅まで『メシ喰うな!』のLPのデザインにならっているのも面白いが、LIZARDのモモヨに対する攻撃的な言葉をはじめとするアジテーションのようなヴォーカルも含めて、どこまでもフリーキーなのである。そのライヴ盤の曲で『メシ喰うな!』に入っているのは、「メシ喰うな!」だけだ。腐れおめこ時代からやっていた曲という話もあるから、PUBLIC IMAGE Ltd.の78年のファーストの曲「Theme」の先を行っていた曲とも言える。そういう自由形のスタイルはオリジナル・ギタリストの林直人(後にAUSCHWITZ結成)の影響が大きいかと思いきや、『パンク天国4』掲載の西村明執筆の原稿によれば、町田の指示で初期は反復主体の曲が多かったようである。
 その渋谷でのライヴのあと町田以外の全メンバーが次々と変わっていくうちに音が整理されていったらしく、80年の2月にリリースされたオムニバスLP『DOKKIRI RECORD』の参加曲のレコーディングの時点で、INUのメンバーが固まる。町田町蔵(vo)、北田昌宏(g~元・変身キリン)、西川成子(b~元ブランク・ジェネレーション)、東浦真一(ds)という、『メシ喰うな!』の4人だ。
 当時の関西アンダーグラウンド・シーンの貴重な記録になったそのレコードは、町田が中心になって作り、置いてもらえるように東京のレコード屋も自分で周っている。その“営業”で行った東京でのライヴの時、『メシ喰うな!』をプロデュースするロック評論家の鳥井ガクと知り合ったという。鳥井はINUのライヴのミキシング・エンジニアを行なうこともあったらしいが、『メシ喰うな!』はライヴ感とは一味違う作りだ。前述の『DOKKIRI RECORD』に提供した4曲のうち「メシ喰うな!」「フェイド・アウト」「インロウタキン」を再録音しているが、ある種のポップ感が際立つ仕上がりになっている。それはメジャーのレコード会社の要求というよりは、後期INUの魅力を引き出した結果だろう。
 これほどフリーキーなポップ感がハジけていて諧謔と挑発が炸裂した音と曲と詞のアルバムは、今も当時も過去も世界中のどこにもない。ポスト・パンクもパワー・ポップもどつきまわした80年代初頭のパンク・サウンドである。キャッチーとも言えるソングライティングも光るが、そもそもパンク・ソングはキャッチーなのだ。初期INUのミニマルな反復ナンバーの名残の町田が作った曲と、パンチの効いたサビのある構成がクールな他のメンバーが書いた曲とのバランス感も、当時のINUのチャーム・ポイントである。
 ポップとも言える音と頓智を効かせた厳しい攻めと責めの歌詞のコントラストも後期INUの魅力だ。いくらでも深読みができるシビアな歌詞ばかりだが、ナンセンスもちりばめている。たとえば曲名にもなっている“インロウタキン”は、大阪の家庭用品会社の商標である“金太郎印”を“印郎太金”と逆さ読みしたものだという。“印籠多金”という当て字“も作れるし、略すと“インキン”だったりもする。「おっさんとおばはん」の歌詞に登場する“たにし”も気になる言葉だ。町田は97年のソロ作『脳内シャッフル革命』で「田螺(たにし)」という曲をやっており、そのリリースの際、「たにしは自分にとってある種“とるに足らぬもの”、自分自身の中では卑小なもの、誰にも顧みられぬようなものの一つで、わりと侮蔑的に言う場合もあるし、共感を込めて言う場合もありですが、そういうものだと思います」と語ってくれた。
 録音当時18歳の町田康のパンクと言い切れる精神的潔癖症スレスレの蒼さもたまらない。反権力云々というよりリスナーに対して、さらに人間に対しての憤怒や憎悪すら感じる。“俺たち”とかいう共同幻想的な一人称複数形も、“奴ら”とかいうその場にいない第三者が対象の三人称もない。“俺”と“おまえ”のタイマン勝負だ。挑発性は初期とまったく変わってないし、より深化している。いらだちに司られた深いフラストレイションが喉を震わせる歌い方にわざとらしさがまったくなく、演技もなく、針が完全に振り切れっぱなしだ。
 音も曲も歌詞も遊び心がハジけているにもかかわらず甘えがない。同時代の英国のバンドThe POP GROUPとの接点も見えてくる触発のためのロックだ。というわけで日本のロック/パンク云々の括りなんか百万光年突き抜け、世界規模でも永遠の名盤なのである。
     2015年3月14日 行川和彦

【メシ喰うな!/INU/ハイレゾ】